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The World EP.FIN:WILL 世界観


【A.INTRO】


広場の風景は数か月前にATEEZがパフォーマンスをした時とはずいぶん変わった。感情誘発者たちが刻んだ「Wake Up」「Be Free」などを象徴するグラフィティが街のあちこちに描かれているが、またそれを防ごうとする勢力が設置した隠ぺいスクリーンに覆われていたりする。
世の中はシステム化された人々とシステムから外れた人々に分かれ、お互いがお互いを制し止めようと戦いがより激しくなった。
一人一人の顔を把握することはできない。黒いフェドラの男たちを拘束した政府はこれらを“黒い海賊団テロリスト“として発表し、糾弾し出頭を促すだけでなく、“感情誘発を試みる者は廃人場への追放ではなく黒い海賊団とみなし市民の安全のために即刻処刑する“と宣言している。
街中にATEEZメンバーたちの顔が描かれた懸賞指名手配ポスターが貼られた。

荒廃した広場を横切る一台の車が中央で止まった。
車から降りたガーディアンたちは一糸乱れずに動いた。
彼らは慣れた手つきで広場の中央に置かれた展示台に何かを巧みに設置した。
ロープを下ろし縛って引っ張った。
ガーディアンたちは手を軽く振りながら展示台から少し退いて、自分たちが設置したものを一度見て、この程度ならいいというように再び車に乗り込んだ。ガーディアンたちの車が消えると静けさが漂ってきた。静寂の中で小さな足音が聞こえ始めた。
路地に隠れていた感情誘発者たち数人がゆっくりと歩いて出てきた。
その中には展示台に近づくことができず、その場に座り込んで泣き出す者もいた。
四角い展示台のフレームの下に人々の足がゆらゆらと宙に浮いていた。誰かの家族、誰かの恋人、誰かの友人だった感情誘発者たち。グラフィティを描いて遮断機を撒いていた感情誘発者がガーディアンに捕まると、政府の発表どおりに今や彼らは廃人場ではなく速やかに処刑された。そして、広場に吊るされて晒し者にされる。
世の中を変えようと怠ることのない努力を続けてきた増え続ける感情誘発者たちに向けた宣布であり、一種の模範だった。
抵抗し続ければ、あなたもこのようになるであろうという。

広場は静寂に包まれるどころか、悲しみと怒りのすすり泣きに包まれた。
一時は美しく輝いていた彼らにしがみつき(その犠牲を無駄にはしない)と誓うだけだった。
これ以上こんな世の中ではいけない。
愛する人をすでに失ったが、これ以上失う事はできない。
これ以上こんな世の中で私たちの子供たちを住まわせることはできない。
皆が同じ気持ちで涙を流し、赤くなった瞳で決心した。
黒い海賊団とATEEZに知らせなければならない。私たちの存在を。

プレステージ・アカデミー襲撃事件は、この世界において小さいが意味のある亀裂を生みだした。この一度のパフォーマンスは徹底した統制のもとに隠されたが口コミや感情誘発者たちを通じて広がっていき、世界は次第に半分に分かれた。
話は再びプレステージ・アカデミー襲撃事件の直後、黒い海賊団がバンカーに戻った時に戻る。

【1】


黒い海賊団のバンカーに集まったメンバーたちは、目標を達成しながらも、落ち込んでいる雰囲気だ。 少年の兄はバンカーの片隅で泣き疲れて眠っていた。
「ソンファは力ずくで連れ去られたのではない。僕は確かに見たんだ。彼は自分で歩いて行った。でも何故・・?」
サンのつぶやきにヨサンは不思議そうに答えた。
「ソンファ兄さんが学校のトイレで初めて彼女を見た途端すごく驚いた表情をしていたんだ。理解し難い表情というか?そして広場で彼女の手を掴んで歩き去る時のソンファ兄さんの顔にはなんか懐かしがっていた人を見つけた感じ?ソンファ兄さんの表情がとても奇妙でずっと考えていたんだけど、たぶんソンファ兄さんが僕らが住んでいた次元でずっと探し回ってた“Be Free“のブレスレットをつけた女の子の話をする時と同じ表情のようだった。」
唖然したメンバーたちは意味が分からないとヨサンに叫んだ。
ヨサンは何か言いたげに話し始めたが、突然バンカーの外のCCTVを指さした。
「あれ?ソンファ兄さんだ!」
メンバーの心配とは裏腹に明るい表情でバンカーに入ってきたソンファに、メンバーは捕まった少年に対する心配と彼がリーダーの少女*サンダーについて行った苛立ちを吐き出した。
メンバーの興奮を鎮めホンジュンはソンファに尋ねた。

*サンダー この世界の予備支配層を養成するエリート階級のうち、学生たちを監視、統制する学生自治会、A次元の学校の指導部のようなもの

「どうしたんだ?本当に自分の意志でついて行ったの?あの子に似ているから?違うよね?」

ソンファはやっとメンバーたちがどんな誤解をしているのか気づいた。
メンバーたちは失望に満ちた目でソンファを見つめた。

「そういうことじゃないんだ」

皆がまるで次の言葉を聞きたくないようにソンファの視線を避けた。
ソンファはしばらく立ち止まり、メンバーの後ろの隅に少年の弟が横たわっているのを見た。疲れた顔ですやすやと眠る彼を見て、ソンファはメンバーの動揺を理解した。
落ち着いて息を整え、ソンファは慎重な声で続けた。

「結論から言うと、あの子は救える」

【2】


一人、また一人と半信半疑ながらソンファを見始めた。
ソンファはコートの内ポケットから紙を取り出しテーブルに広げた。
見慣れない地図だった。
「サンダーはこの世界の予備支配階層候補者であるエリートたちが集まった僕たちのような組織だった。レジスタンスだ。
ガーディアンに連れ去られる前、少女は少年のポケットにGPSを入れておいたんだって。彼は廃人場に連れて行かれたようだ。そしてこれが廃人場の地図だ」

みんなテーブルの上に置かれた地図を調べた。偽物にしてはあまりにも詳細で具体的な図面だった。
「黒い海賊団の活動が始まったのはずいぶん前からだけど黒い海賊団に入らずあえてサンダーという組織を別に作り、それに黒い海賊団にも知らせずに秘密裏に活動したのはどうして?そして君はエリート中のエリートであるサンダーが実はレジスタンスだという根拠は?」
ホンジュンは彼女への疑念を晴らす事ができないでいた。
ソンファは確信に満ちた声で答えた。
「上流階級しか知らない『Z』の居場所を見つけるためだよ」
皆の短いため息のあと、しばらく沈黙が続いた。
先ほどまでソンファに積極的に質問をぶつけていたホンジュンはもちろん、メンバー全員の表情が目に見えて変わった。
黒い海賊団が長い間探し出そうとしても分からなかったのがZの居場所だったからだ。
Zは映像と音声をはじめとする統制放送、すなわちオンラインだけでZ世界の市民と接触していた。
政府の補佐官や下級役人は広く配置され、時には一般市民の中にもいる。
黒い海賊団は容疑者を数人確保し、感情を誘発するブレーカーを通じて彼らを懐柔しZの隠れ家を見つけようと試みたが、彼らから得た情報はZはこの世界の上流階級が主に勤める中央都市付近に隠家を作り外部出入りしないという事実だけだった。
Zの隠れ家で勤務する人はエリート階級の中から選抜され、選抜後は外界への出入りが制限される。
親衛隊のアンドロイドガーディアンは感情を持っている人間ではないため感情を誘発するブレーカーは彼らには役に立たずZの隠れ家を見つける事はほとんど不可能に近いと推測されていた。
エリート階級だけを集めたプレステージアカデミーなだけに感情を自ら目覚めさせ、そしてその感情を平然と隠せる人も他階級に比べて確率的に高く、その数も多かったという。
サンダーの誕生の背景、目的はこのようなものだ。
政府公認の学校組織を装う事でこの世界の内部情報を何なく収集することができ、現在の安全性と成功確率を高める事ができる。そして何よりもZの隠れ家の情報、つまり革命に必要な情報を確保することだった。
そもそもこの世界の感情を誘発するすべてのものを統制し始めたのもサイオンサルバールという疑似科学宗教団体のリーダーに過ぎなかったZと彼の組織のAIシュミレーションから始まった。『感情統制を通じて宗教紛争やテロ、戦争のない世界平和追求』というキャッチフレーズで政党を作り、その規模を大きくしながら感情規制法をを成立させ、その結果、Zは事実上この世界を掌握した。
彼の支配の下、世界の階級制度は強固なものとなり人間が不良品区分されるようになり不良とみなされた人間の廃棄処分が始まった。
Zの隠れ家は全ての政治的文化が集まるコントロールタワーとして機能し、この世界の根本的空間である。
そのため黒い海賊団にとっては必ず排除すべき場所でありプレステージアカデミーよりさらに重要な意味でこの世界の象徴的空間でもあった。
どこまでサンダー、つまり彼女の言葉を信用できるかはまだわからないがメンバーは現在一番急を要する問題、つまり少年を救うために廃人場へ向かう決意を固めていた。

【3】


Zの親衛隊のヘッドガーディアンは足元に流れてきた血を目でたどりプレステージアカデミーの校長の冷たい顔を眺めた。
いつかは自分にもこのような処分が下されるかもしれないという思いが頭をよぎったが、特別な感情もなくその光景を見つめていた。

Z 餌を仕掛けたので黒い海賊団はその子を救うために廃人場へ向かうだろう。廃人場ではこのような失敗を繰り返さないように気をつけろ。
そうでなければ今度はその代価がお前に入れ替わるだろう。

「はい、問題なく処理します」
何の感情も感じられない声でヘッドガーディアンは答えた。


ヘッドガーディアンが100人余りのアンドロイドガーディアンを率いて廃人場の中に入ってくる。ひらひらと飛んできた青い蝶の群れが閉まるドアの隙間から入ってきてガーディアンの通り道を飛んでいく。
廃人場で働く赤い人間たちがガーディアンたちに頭を下げながら挨拶する風景が通り過ぎる。
ボロ布のような服に身を包み、溶鉱炉の熱気を含んだ赤い肌の“赤い人間“の姿はもはや人間というより鬼のように醜悪している。
十字路でガーディアンたちが左へ歩くと蝶が散っていく。そのうちの一匹が右側の廊下に飛ぶ。
その廊下の突き当りには鉄格子で塞がれた小部屋が並んでいる。
各部屋は人で埋め尽くされ、その空間は実際よりも狭く見える。
間もなく廃人処理をされる人々であり、絶望的な空気が部屋中に充満している。不良品だとマークされた人たちは感情を持った人たちと身体に障害があったりする人たちだ。なすすべもなく座っていた人たちが突然飛んできた蝶に視線を離すことができず、何人かは立ち上がり鉄格子を掴んで廊下を舞う蝶を眺める。希望がもたらした幻覚だろうか。蝶は廊下の端に出た。
熱風を噴出する沸騰した溶鉱炉の中で、廃棄された人間の死体が表面に浮かび上がっては再び沈んで溶鉱炉の中に溶けていく。
赤い人間たちはその上の橋に立って、溶けない棒で内部をぐるぐるさせている。蝶はその光景を見下ろしながら、他の廊下と連結された処刑場へと昇っていく。飛び込み台のような処刑場に蝶がそっと座る。羽を何度もバタバタさせていた蝶の体は奇妙に見える。
よく見るとそれは生きた生物ではなく機械で作られた胴体だ。
そして胴体の先にはカメラがついている。

【4】


「GPS信号はここなのに、なんで見えないんだろう?」
廃人場近くの路地の闇の中に建てられたワゴン車の中で蝶の形のドローンを操作していたヨサンが話した。
モニターの画面にはバタフライ型のドローンが映している廃人場の内部が映し出され、メンバーたちが集まってサンダーから受け取った地図と共に内部をチェックしていた。
「いずれにせよ、彼の居場所はどこかにある。中に入ればきっと見つかるだろう。Zの親衛隊に属さないガーディアンは、個別の武器を持っていない。迅速に行動すれば勝算がある。廃人処理される前に手に入れるには一刻を争うから計画通りに動こう。」
ホンジュンの言葉にうなずいたメンバーは覚悟を決めた顔でシートベルトを締めた。力強いエンジン音とともにヘッドライトが光り、暗闇を照らした。
ハンドルを握ったミンギは、アクセルを激しく踏み込むと路地を離れ、廃人場近くの駐車場を駆け抜けた。躊躇することなくスピードを上げたワゴン車は駐車場のフェンスを突き破り何台か並んで駐車していた車に飛び掛かった。
ピーピーピー・・・!!各車から警告音が散発的に鳴り響き静かだった廃人場の周りは一瞬にして騒がしくなった。その騒ぎに廃人場内のガーディアンが振り向いた。
ガーディアンたちが来ている時に突然の騒ぎにパニックになった赤い人間たちは慌てて外の駐車場に駆け出し、事態を収拾しようとした。
赤い人間たちが出てる隙にメンバーたちは中に忍び込み、締め切ったドアノブに鎖を巻き付け錠で厳重に固定した。外に抜け出した赤い人間たちが再び入ってこないようにするためだった。
ホンジュン、ユノ、ヨサン、ジョンホの4人は、左側の廊下に駆け寄ると、ガーディアンが走ってきた。
この襲撃を待っていたかのように飛びかかるガーディアンと激闘が始まった。4人はレフト・アイが開発した様々な武器で応戦したが、閉じ込められた人々をバンカーに運ぶ役割を担っていた他のメンバーがクロマーを持っていてクロマーなしでガーディアンを相手にしたメンバーたちの体力はますます落ちるほかなかった。
ホンジュンがガーディアンの拳で床に叩きつけられると、頭上からガチャガチャと装填音が聞こえる。
メンバーたちは不安そうな表情でホンジュンを見つめる中、ユノ、ヨサン、ジョンホの頭上でもガチャガチャ、ガチャ、ガチャと装填音が聞こえ、ガーディアンに包囲されたメンバーたちが慎重に立ち上がって互いの背中を合わせた。ガーディアンはそんなメンバーたちをぐるりと囲み銃を向けながら眺めていた。
一方、閉じ込められていた人々を黒い海賊団のバンカーに移していたソンファ、ミンギ、サン、ウヨンは閉まっているバンカーのドア越しに聞こえる騒音を聞き凍りついた。直観的に何かが起こっている事に気づいたウヨンは、恐怖に震える人々を内側に案内した。打撃音と悲鳴が次第に近づいてきた。
“ガーディアン武器所持、現在全メンバーが包囲。クロマー援護が必要“
無線機の向こうにジョンホの小さな声が聞こえた。
廃人場のガーディアンが武装していれば、メンバーはクロマーを必要とする。しかし。かろうじて助かった人々を放っておくわけにもいかなかった。
門の外では確かに何かが起こっていた。
サンが無線機をもって言った。
“海賊団バンカー側も問題発生。もう少しの辛抱だ。すぐ行く“
その瞬間、バンカーのドアがバタンと音を立て開き血まみれになった海賊団員が入ってきて叫んだ。
「海賊団バンカーがガーディアンたちに知られてしまいました!今すぐ避難して下さい」
背後から飛んでくるライトセーバーが海賊団員の背中を切りつけた。悲痛な咳とともに口から血を噴き出しながら前に倒れた。
ライトセーバーで武装したガーディアンたちが立ちはだかりメンバーたちを見つめていた。

【5】


「いったいどこから情報が漏れたんだ?」
この状況が理解できないウヨンが低い声でつぶやいた。
バンカーの安全のためにあんなに隠し通した場所なのに、いったいどうやってバンカーの位置がガーディアンに知らされたんだろうか。
内通者がいなければ不可能な事だった。
「ソンファ兄さん・・まさかサンダーの彼女にバンカーの位置を教えたんじゃないよね?」
ソンファはミンギの質問に答えられなかった。
彼は彼女の気持ちを確信していたのだが、もしかしたらそれが誤った判断だったのかもしれない。
「あぁぁぁ!!」
処刑場の上で悲鳴が聞こえた。
少年の声だった。少年がガーディアンに捕らえられていた。
ヘッドガーディアンが銃をホンジュンに向けながら話した。
「クロマーを持ってメンバーたちにこっちに来るように伝えろ。10分やる。さもないとこの子が・・どうなるかわかるだろう」
ガーディアンはタイマーを10分にセットした。
窮地に追い込まれたホンジュンはしばらく悩んでいたが無線機を持ってバンカーにいるメンバーに伝えた。
“少年が人質にされている。10分以内に4人とも来てくれ“
海賊団のバンカーにいたメンバーたちはどうにかして自分たちの状況を早く整理し廃人場へ移らなければならないとわかってはいるものの、あまりにも多くのガーディアンが集まってきているため戦いはそう簡単には終わりそうになかった。クロマーの空間移動機能を巧みに使いながらガーディアンを倒していったが、一瞬のうちに飛んできたライトセーバーで脇腹を切られたソンファは地面に倒れこんだ。
ソンファに向かって飛んでくる攻撃を防ぐためミンギはすぐに駆けつけ、ガーディアンを倒してみるが、その瞬間もう一人のガーディアンがミンギに襲いかかった。
ミンギとソンファは倒れ、サンとウヨンも血を吐いて倒れた。
一度もみくちゃにされ始めると、ガーディアンたちの攻撃は爆弾のようにメンバーたちに降り注いだ。
なすすべもなく廃人場がから処刑場まで連れて行かれるホンジュン、ユノ、ヨサン、ジョンホもバンカーの床にガーディアンたちに蹴り飛ばされたソンファ、ミンギ、サン、ウヨンもその瞬間多くの考えがよぎった。
まるで走馬灯のように過去の時間がすれ違って重なった。
彼らは黒いフェドラの男たちと出会い、この世界にやってきて、何かの運命のように、彼らが残した使命を引き継ぐことになった。
皮肉なことに、この感情が統制されたZ次元で彼らは現実の重圧の中で、A次元では忘れかけていた夢と感情などを思い出した。
そして自分以外の誰かのために、この殺伐とした世の中で人生を生きている人々を救おうという一心でここまでやってきた。
つまらないと思っていた僕たちのダンスと歌が、人々にどれほどの影響を与えれるのかを数回のパフォーマンスをしながら気づき、ATEEZとして黒い海賊団とともに戦えたことは幸せだったが、それも今日で終わるんだ。

その時だった。
ザっという音とともにガーディアンがバンカーの床に倒れ込んだ。

【6】


一瞬、ガーディアンの動きがしばらく止まった。ウヨンがかろうじて頭をあげてみるとおどけた仮面をかぶった人たちが細長いスティックを持ってバンカーの中に集まってきていた。他のメンバーも混乱していた。
誰なのか分からないように全員が同じマスクをかぶっている姿がどこか怪しく、奇妙な仮面をかぶっているため、この人たちが敵なのか味方なのか分からなかったからだ。
先頭に立っていた仮面の人物がスティックを持ち上げて取っ手をひっぱると、バシッと電気が走った。おそらく改造した電気衝撃機のようだった。
その人物は指揮棒を振るようにスティックを前に振りかざすと、それを合図に後ろに立っていた仮面たちが大声と共に駆けつけ始めた。
すでに血まみれになっていたメンバーたちは、どうする術もなくやられてしまうのかと体を丸め目をぎゅっと閉じた。
バチッバキッ・・散発的にこのような騒音が聞こえ何かが床に落ちる音が続いた。こっそりと目を開けてみると、仮面を被った人たちがガーディアンたちに襲いかかり、電撃で一気に倒した。
壊れたガーディアンたちは床に硬く固まって身動きもできなかった。
先頭の仮面の人物がメンバーに近づき手を伸ばした。
ソンファがその人物の手を取り、立ち上がった。
そしてミンギ、サン、ウヨンも仮面の人物の手を取り立ち上がった。
“ここにいる人たちを安全な場所に避難されるから廃人場が終わったらここに来て下さい“
仮面の人物は声を変え、メモをソンファに渡すと、メンバーの後ろで攻撃しているガーディアンたちに向かって走っていった。
取りあえず彼らは自分たちを助ける人のように見えた。
だとすれば、ぐずぐずしている時間はない。
彼らは廃人場へ向かい苦境に立たされているメンバーたちを助けなければならない。
サンはクロマーを拾い上げた。
ピカピカッ!
クロマーが光りを噴き出した瞬間、隅に隠れていた少年の兄も光に向かって身を投げた。
「どうやら彼らは来れるような状況ではないようだ。」
ヘッドガーディアンは少年の頭を狙っていた銃に弾を込めた。
「残りのメンバーたちは今バンカーにいるんだろう?ということは黒い海賊団だけでなく救出した廃人やメンバーも全員始末されただろう。お前たちが廃人場に潜入する前にガーディアンはすでにお前たちのバンカーにいたんだ。黒い海賊団は全員始末したはずだが、念のため10分ほど時間を与えたのはクロマーを持ったメンバーを処理できなかった場合の策を考えて確認のために時間を与えただけだ。だが10分でここに来れなかったということは、来られない状況だということだな?これ以上待つ必要はないだろう。いずれにせよ10分はすでに過ぎている」
ヘッドガーディアンが持っているタイマーの上に浮かんでいる数字が減っていく。
00:03 00:02 00:01…00:00
タイマーのアラームが鳴り響いた。
虚しく少年を失うのかと思ったその時、きらめく光と共にソンファ、ミンギ、サン、ウヨンが現れた。
後方に集まっていたガーディアンたちの前に素早く現れては消えることを繰り返しているうちに、いつの間にかガーディアンが持っていた銃をすべて奪い溶鉱炉の中に投げ込んでいた。
すると少年を掴んでいたヘッドガーディアンは少年の首根っこを掴んで片手で持ち上げ溶鉱炉に近づけた。
「このまま足から溶かしてやろうか?全員膝まづけ」
ガーディアンと一戦を交えていたメンバーたちは攻撃を止め、一人ずつ膝まづいた。ヘッドガーディアンのうなずきで他のガーディアンがロープでメンバーたちを拘束した。絶望感が襲ってきた。
その時、この様子を後ろから見ていたもう一人の人物がいた。無線機を通じて少年が人質に取られているという話を聞いた少年の兄はバンカーに隠れていることが出来ず、メンバーたちには内緒でクロマーがきらめく光を放った時についてきていたのだ。彼は息を潜めながらこの状況を見守っていた。
自分の弟を救うために戦いを止めて膝まづいている人々、あの人たちを助けるために自分が乗り出さなければならないと思った。
そして念のため護身用として持ってきた携帯用ジャックナイフをポケットから出して手に取った。ジャックナイフを床に置き後ろのユノに向かって強く滑らせた。ナイフは床を滑りユノの足に触れて止まった。
わずかな衝撃にユノが横目で足の横を見てみるとそこにはジャックナイフがあった。その線に沿って視線を移してみると少年の兄がユノを見ていた。
まだチャンスがある。少しホッとしたようにユノはガーディアンの監視を避けてジャックナイフを掴んだ。音が出ないように注意しながら自分を縛っているロープから切り始めた。そして隣に座っているソンファにジャックナイフを渡した。続いてソンファも自分のロープを慎重に切り始めた。
メンバー全員を捕らえクロマーを手に入れたヘッドガーディアンは少年を無傷のまま処刑場の床に降ろした。
まず少年が少なくとも無事であることにメンバーたちは安堵した。
少年は安堵のため息をつき上半身を起こしてヘッドガーディアンを見た。

「これで僕の役割は全部終わったんですよね?」

「さすがはエリート学生だ。素晴らしい演技だった。成功した場合Z様は君たち兄弟だけは感情誘発者の処理ではなく特例として統制チップの再装着後、既存の階級以上に復帰させると約束した」

役割が終わったのかという少年の問いに特例にしてあげるといういヘッドガーディアンの対話を聞いていたメンバーたちと少年の兄は困惑した様子で少年を振り返った。
少年は無邪気な顔で、いや、恐ろしい顔で言った。
「ごめんなさい。黒い海賊団のバンカーを探すのがとても難しくて。先にこっちに来て助けを求めたんですよ。だからそんなに自分たちのことを隠さないで人が近づきやすいようにすればよかったんじゃないですか?」
皆が信じられないという顔で少年を眺めているなか、ジャックナイフをサンに渡していたソンファの袖からメモが落ちた。
バンカーで仮面の人物からもらったメモだ。
拾ったメモを広げると地図で、サンダーと書かれていた。

【7】


大型バスのトランクルームの中に廃人場から救助された人々が入った。
うずくまったまま身を隠した人たちに少しだけ我慢してほしいと声をかけ仮面の人物はトランクルームのドアを閉めた。
そして誰も見ていない事を確認してから、仮面を外した。
サンダーのリーダー、その女子生徒だった。
彼女は作業服を脱ぎ、その下にはZ次元のエリート階級の学生だけが着ることを許された制服があった。
仮面をつけた他の人たちも仮面を外し作業服を脱いだ。
プレステージアカデミーのトイレの前で見た顔ぶれだった。
少女は髪をきれいに整えるとバスに乗り込んだ。
道路を走るバスが市街地へと検問所の前で止まった。
ガーディアンたちはしばらくの間、バスを止めた。バスの外から窓越しに座っている人々の顔を見た。
わざわざ検問する必要のない身元保証が可能な顔と服装だった。
ガーディアンがバスの後部をたたくと、再び走り出した。
彼らのおかげで難なく検問を通過した。


感情が目覚めたばかりの兄が、廃人処理されることを恐れてパニックに陥ったとき、少年はまずブラックリンクを通じて黒い海賊団に連絡を取り、彼らのバンカーを見つけて助けを求めようとした。
しかし、見つけることが出来なかったため、少年はあきらめ、ブラックリンクにメッセージを残し廃人場へ忍び込んだ。
兄がここに引きずり込まれたらなんとかして助けるつもりで。

少年は一晩中隠れていたが日が昇る頃、むしろ兄からなぜ家に帰ってこなかったんだという連絡がきてホッとして家に帰った。
何気なくパソコンの電源を入れるとメッセージが届いていた。
そのメッセージはブラックリンク経由で届いたものだった。
黒い海賊団は少年のメッセージを見てバンカーのおおまかな場所と、もし少年がこの付近の近くで黒い海賊団に助けてくれと叫べば監視担当が外部の状況に問題がないと判断すれば助けるという内容だった。
その時、少年は考えを変えた。
廃人場を直接見て一晩中感じた恐怖が少年の考えを変えたのだ。
少年はヘッドガーディアンのもとへ駆けつけ、黒い海賊団のバンカーの場所を探し出すと約束すれば感情を取り戻した自分と兄を例外処理にしてくれるよう要請した。
兄を助けたいという少年の必死の願いを信じていたユノとメンバーは深い裏切りを感じた。
「この世を生きていくのに感情なんか要らないと言った時、お前が僕に言ったんだよ、恐怖心が過ぎると別の世界が見えるんだと!本当にそうだったよ。さまざまな表情を見せる人々の顔、目隠しが消えた窓から見下ろした世の中、初めて鏡に映る自分を見た時の感覚。お前は僕より先に感情を取り戻したんだからよく分かってるんじゃないのか。」
「兄さん・・」

自分の選択を批判する兄を見て、少年は震えていた。
「死ぬしかないと思ったとき、死にかけたとき、僕を救ってくれたのはこの人たちだろ。自分の目で見てきたはずなのにどうしてなんだ」
「仕方なかったんだ。僕も生きて兄さんも救いたかった」

「最初から知らなかったならともかく、感情を知ってしまった今、もう以前の自分には戻れないじゃないか。間違った選択をしてもいい。間違ってもいいんだ。元に戻せばいい。次は正しい選択をすればいい。そこは違うよ。」
少年は自分の隣にあるヘッドガーディアンの足元を見下ろして自分に手を差し出している兄を眺めた。弟が微動だにしないので兄はゆっくりと弟のほうへ動いた。少年は悲しそうな顔でメンバーたちを見ていた。
そう、誰もが過ちを犯しながら生きている。次の機会でそれを好転させるのか、さらなる間違った選択で失敗を覆い隠すのかによって人生は天地の差で変わる。メンバーたちはそれを誰よりも知っている人たちだった。
少年を見つめ、彼が自分たちの裏切りの感情を消し去る正しい選択をしてくれることを切実に願った。
瞳孔が激しく揺れていた少年が、やがて決心したかのように兄に近づこうとした。ヘッドガーディアンが頭を動かすと、後ろに立っていたガーディアンたちが弟を捕まえようと飛び出した。
その時足が自由になったヨサンがガーディアンの足を引っ掛けた。
ガーディアンたちはもつれ合いながら前方に倒れ、少年の兄は彼らを避けながら素早く弟のもとに駆け寄った。彼らの手が届く寸前ヘッドガーディアンが弟の襟元を掴んだ。そしてメンバーが何かをする前にヘッドガーディアンが少年の兄を蹴り処刑場の下に落とした。
「ダメだ!!兄さぁん!!!」
少年はヘッドカーディアンの腕に噛みつき兄が落ちた処刑場の下に飛び込んだ。同時にメンバーたちは自由になった手足を動かしガーディアンたちを溶鉱炉に押し込み、ミンギがクロマーを作動させた。
処刑場の上から溶鉱炉に落ちるところで登場したミンギはその短時間に多くの判断をした。
少年と少年の兄の両方を救えることができるのか、一人しか救えないとしたら誰を救わなければならないのか。ミンギが下にいる少年の兄に手を伸ばした瞬間、少年の兄の下半身は溶鉱炉に入り込んでいた。
少年の兄はまるで弟を救ってほしいというように目をぎゅっと閉じた。
ミンギは悲痛な思いで頭を回転させ上から落ちてくる少年をひったくった。
少年は絶叫しながら溶鉱炉の中に吸い込まれていく兄を見た。
ミンギは少年を安全なところへ寝かせるとクロマーを利用してガーディアンと戦闘真っ最中のメンバーのそばに駆けつけた。
少年の兄が溶鉱炉に落ちるのを見たメンバーたちは苦悩に満ちわずかに残ったガーディアンたちを全て溶鉱炉に投げ込んだ。
少年は茫然と溶鉱炉を眺めた。あっという間に飲み込んだ溶鉱炉、自分の選択がすべてをめちゃくちゃにしてしまった。少年の目から涙が溢れた。
少年の涙が溶鉱炉の表面にぽろりと落ちた。
残るはヘッドガーディアンのみとなった。
ヘッドガーディアンがクロマーを持つホンジュンを追いかけた。
「死んでしまえっ!!」
少年は後ろからヘッドガーディアンに向かって全速力で走ってきた。
その勢いでヘッドガーディアンんを掴み処刑場の外へ走った。
ホンジュンは腕で少年を捕まえようとしたが力が及ばなかった。
一瞬、ホンジュンの視線と涙にまみれた少年の目が会った。
少年は小さな声でホンジュンに向かって言った。
「ごめんなさい」
ヘッドガーディアンはそのまま少年に引きずられるようにして溶鉱炉の中に落ちた。ホンジュンは絶望に打ちひしがれ、座り込んで溶鉱炉を眺めるしかなかった。
その時、遠くの音と共に建物が揺れた。
ソンファが時間を確認した。
「気持ちは分かるけど・・・。まずここから出よう。爆弾が爆発しそうだ。」
「僕たちも行きましょう」
サンはクロマーを手に取った。きらりとした光が廃人場内部に広がると爆弾が次々と爆発した。処刑場の片隅にじっとしていた青い蝶が赤い光を放ち、バラバラに破裂した。あちこちに配置していた青い蝶が破裂し廃人場はあっという間に崩壊した。
建物の残骸は沸き上がっていた溶鉱炉の上に落ち廃人場はそうして底に沈んだ。

【8】


サンダーの本拠地の内部にある庭、そこに同じような木を二本植えた。
黒いスーツを着たATEEZメンバーたちと黒い海賊団、サンダーのメンバーたちは2本の木の前で静かに頭を下げた。
二人の兄弟を模した木の後ろに他の花や木が植えられており、そこには今回の戦いで犠牲となった黒い海賊団メンバーの名前が記されていた。
「君たちの犠牲を無駄にはしない、かならず。」
ヨサンの言葉だったが皆の意思でもあった。
悲しみに暮れる人々の頭上で蛍が光った。
皆の心に応えるように蛍は再び人々の頭上を回り空高く昇っていった。
蛍の光はまるで星のように思えた。そうしてしばらく蛍を眺めた。
星に願いをかけるように。

政府の監視から遠く離れた緑豊かな雑木林の中にある小さな村は昔、グライムズ兄妹に初めて出会った場所だ。
サンダーのリーダである少女によるとある日、偶然、路上で歌うグライムズ兄妹に出くわし彼女は生まれて初めて「美しさ」というものを感じたという。最初は頭で認識したその生々しさに戸惑っていたが時間が経つにつれ、人間なら必ず持っているはずの何かが自分に取り除けられていることに気づいたと話した。
「プレステージアカデミーに通ってる間にそのことに気づいたの?」
彼女はしばらくの間、物思いにふけりながらソンファに村を案内した。
「当時、私はすでに優秀な人材として選ばれサンダーのメンバーとして所属している状況だったの。次期グループリーダーに指名されてた状態でもあったし」
頭脳明晰な彼女は不純物として扱われないように、エリート学生を完璧に演じていた。そしてサンダーがZの功労賞を受賞した日、彼女は決意を新たにした。
「Zに出会える人は限られているから。自分がサンダーのリーダーになってそういう経歴を持って社会に出れば、他の人は対面しにくい彼に私が対面できるんじゃないか・・・と思ったの」
彼女は振り向きソンファの目を見つめた。

「美しさを満喫できる世の中で暮らしたくなったの」

揺らぐことなく見つめる彼女のまなざしの奥に、強い決意と信念を感じられた。突然A世界での彼女を思い出しソンファは心臓の大きな鼓動が聞こえた。彼女にも聞こえるのではないかと心配になり、ソンファは彼女の視線を避けて歩いた。彼女は静かにソンファの後を追った。
A世界とZ世界。この2つの世界はまったく違うように見えるが、どこかつながっているように感じる。自分たちにそっくりな黒いフェドラをかぶった男たち。A世界のメンバーと同じように、僕たちは夢を見ていたが踊り歌を歌い、人々の幸せを呼び起こす男たちだった。
僕たちはまったく違う人間に見えるかもしれないが実は同じなのだ。彼女も同じだった。Be Freeのブレスレットをつけた彼女は人目など気にせず自由に踊っていた。その美しさに魅了されたソンファは、彼女に自分を重ね合わせ、その日から規則や原則に縛られない新しい道を歩き始めた。
サンダーの彼女は僕たちの世界の彼女と似ている。
そしてソンファ自身と似ているとも思った。
グライムズ兄妹の歌を聞いて自分の中に沸き起こった美しさを感じた彼女は、この世の中の原則や規則から離れた新しい道を歩み始めた。プレステージアカデミーで初めて彼女を見た瞬間、彼女の冷たい外見の向こうに、ソンファは確かにその心、つまり美しさを知っている心をはっきりと感じられた。
「私がサンダーのリーダーになってからは感情誘発者と烙印を押して廃人処理する学生はいなかったわ。トイレで初めてあなたを見たときのように、いつも適度に威圧しただけ」
そう言って彼女は小さく笑った。

「他のサンダーのメンバーたちは?」
「みんな合意したのか?」

「感情的になっていると思われる人には注意深く近づいたわ。危険だもの。とにかくそうしているうちにグライムズ兄妹を知っている人たちと接触するようになって。兄妹がガーディアンのバンカーで魂を奪われた後、兄妹を知る人たちや兄妹のおかげで心を取り戻した人々が集まってささやかに葬儀を行ったの。そしてかつて兄妹が隠れていたこの場所に本拠地を作ることにしたの。その中で黒い海賊団の存在も知ったしATEEZの話も聞いたわ。本当は連絡を取りたかったんだけど、あなたたちよりも少人数の私たちはもっと慎重に動かなければならなかった。でもまさか学校で会うなんて思わなかったわ」

ソンファと彼女のそばを人々が通り過ぎた。
廃人場から救出してきた人々の世話をするために、サンダーと黒い海賊団が腕をまくり上げて食料を運んでいた。
「黒い海賊団だけで孤独な戦いをしていると思ったけどサンダーが来てくれて本当に良かった。僕らがサンダーを知らなかったように、世の中には僕らと同じような志を持った人たちがたくさんいるのかもしれない。彼らは僕たちと一緒に戦っていると思う。」
サンダーという存在が自分たちに力を与えてくれたというソンファの言葉が彼女の胸に響いた。
自分の選択は間違っていたのだろうか?心の奥底にはいつも小さな疑念がひそんでいたが、ソンファの言葉はその心配を確信に変えた。
彼女の選択は正しかったという確信。

【Z.OUTRO】


ATEEZと黒い海賊団のプレステージ奇襲パフォーマンス-政府はそれをテロと命名したが-以後、プレステージアカデミーは一時閉鎖され破れたカーテンを廃棄し鏡も撤去された。
建物は全体的な管理を強化するため中央に監視塔を配したパノプティコン構造に改築された。
在学生たちは成績に応じて近隣の学校に移されサンダーのリーダーはプレステージアカデミーと同じレベルの名門校に移った。レフトアイからのプレゼント(心拍数を一定に保つ装置を発明した)の助けを借りて、感情有無テストに合格した彼女は、残りの卒業試験もトップクラスの成績で終え、無事に卒業することができた。
彼女は最も優秀な候補者であったため、政府に採用されZの儀典管理職に任命された。それまで平静を保っていた彼女は、ついに自分の目標を達成するのだという思いに震え始めた。ここは外部からの侵入に敏感な場所なので、もしここで彼女の正体がバレたらその場で射殺されてしまうだろう。
鏡を見ながら髪を整え深呼吸をした。
“大丈夫、今まで頑張ってきたんだし“
鏡に映った自分を見て彼女は言った。

ガーディアンたちは家の前まで彼女を迎えにきた。
彼女は彼らの車に乗り込んだ。
“果たして彼の隠れ家はどこにあるのかしら・・。きっと見つけにくい場所にあるに違いないわよね?“と思いながら車の窓の景色を目で追った。
彼女は周囲の建物や看板を見ながら覚え、正確に描写できるようにならなければと思っていた。
“どうしてここに?“車は見慣れた道を走り街の広場に向かった。まさかZのオフィスがここまで近いところにあるとは思わなかった。
広場の真ん中にある中央銀行の高いビルの地下駐車場に入り、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれたプライベート空間に入った。
周辺に隠された壁の間に停車し、車から降りガーディアンたちの案内に従って隠し通路に入った。
ガーディアンがペントハウスの階のボタンを押すとエレベーターは猛スピードで駆け上がった。
チーン!澄んだ鐘の音とともにエレベーターのドアが開き彼女は別世界に来たような気分で長い廊下を歩いた。
ガーディアンの足音と自分の足音が洞窟のような空間に響いた。
廊下を抜けナイフなどの危険物を探す検索台を通過すると、再び長い廊下を歩いた。両側の窓からそれぞれの部屋で働く人々が見えた。まるで水族館に閉じ込められている魚のようだった。廊下を抜けて突き当たると大きな門が現れた。まるで彼女を見ていたかのように彼女がその前で立ち止まると大きな門はすぐに開いた。
洗練された執務室の中はその巨大さとは対照的に何かが詰まってるようで息苦しく感じた。
部屋の壁はすべてガラス張りだった。中にはゆらゆらと揺れるエネルギーの粒がぎっしり詰まっていた。

執務室で務める人を初めて雇用するとき、Zは必ず自分の目でその人たちをチェックした。それが本当の最終テストだった。そのテストに合格して初めて彼らはパスとなるIDカードを受け取ることができる。パスとは執務室で勤務する全ての人が身につけることを義務づけられているものでカメラと音声が付いていて一から十まで監視する機能もあった。

Z この数多くの分子の中であなたのものは何でしょうか?

背もたれの高い椅子を挟んで、彼は彼女に尋ねた。
これはZに違いない。
彼女は音をたてないように注意しながら唾を飲み込んだ。

「どういう意味かよく分かりません」

Z ガラスの壁の向こうでエネルギー分子が輝いていた。
耳のチップと連動した感情エネルギーの粒子だ。
一時期、彼らの放つ光はさらに強くなったが感情誘発者たちのデモが激しくなるにつれ、政府に反旗を翻した人々のエネルギーは消え、光は弱くなった。

Zは椅子を回転させ彼女を見た。彼女は毅然とした目で彼を見つめた。
ゆっくりと椅子から立ち上がったZは、まるで最後のテストが始まっているかのように気味の悪い笑みを浮かべながら彼女のほうへ歩いてきた。

Z 車の中から外を見回していましたが、廊下でも、このガラスの向こうにある分子も、好奇心、あなたは好奇心をもってそれらを眺めています。
好奇心もやはり感情です。ご存知だと思いますが、好奇心は危険です。

Zは彼女の顎を片手でつかんだ。
手で彼女の顔を動かしながら彼女の表情を観察した。

Z あなたの分子はここにあるのでしょうか?それとも・・ないでしょうか?

あぁ、ここまで来る道のりがすでにテストだったんだ。まさか、私たちの経学がすべて失敗に終わったというのか?これが私の死に方?彼女は恐怖で血の気が引くのを感じた。でも、判断するにはまだ早かった。Zが質問したということは結論が出ていないということだ。平常心を保たなければならない。絶対にバレてはいけない。

「好奇心とは何ですか?」

彼女の答えに対して、Zは面白そうに彼女の顎から手を離した。彼女が話し続けるかどうか彼女の口元を見て待っていた。
「それは感情ではなく考えです。私が働くことになるところの業務を把握するために、仕組みを調べたのです。私の分子は当然ここにあります。必要ならご確認下さい。」
Zは視線でガーディアンに命じた。ガーディアンは耳の横にあるチップが動くがどうか確認した。彼女が動揺する理由はない。ずいぶん前に覚醒によってチップが光りを失った時、彼女は学校でバレないための自分なりの方法を発見した。彼女はチップを操作して自分が望む瞬間に感情をオンにしてコントロールし必要のない瞬間に感情を解放してオフにした。チップはガーディアンの手に反応し黄色い光を放った。やっと彼は満足そうな笑みを浮かべた。

Z では、感情誘発者に対するあなたの意見は?

彼女は冷たい顔で答えた
「不必要な不純物です」

FIN.


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