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【シロクマ文芸部】『毒入り珈琲殺人事件』(解決編)

 こちらの作品は【シロクマ文芸部】『毒入り珈琲殺人事件』(事件編)の続編です。未読の方は先に読まれることをお勧めします。

 

 珈琲と毒。
 その2つが頭をぐるぐる回っていた。掌 延琉てのひら のべる探偵はコーヒーについて詳しく質問をしてきた。コーヒーに毒が仕込まれていたということなのだろうか……。分からない。

「先生。どうやってエーコが殺されてしまったのか、そろそろ教えてくれませんか? エーコは僕の目の前で死んだんです。絶対に許せないですし、その方法が分からないと落ち着きません」
「助手のジョシュ君。まさか君は、犯人が毒を盛った方法をまだ分かっていないのかい? こんなに時間をあげたのに? 君の脳みそはスポンジかなにかなのかい?」
 いつもの口の悪さは健在だ。こうやってジョシュはいつも延琉に馬鹿にされているのだ。
「えぇえぇ、どうせ僕には分からないですよ! 勿体ぶらないで、教えてくださいよ!」
「君はそうやってすぐ怒る……」そう言った延琉の顔はいつになく真剣になる。「私は君を心配している。君はあまりにも無防備だ。君の近しい人間に、君の近しい人間を殺した奴がいる。その危険さを全然わかっていない」
 それを言われてドキッとする。確かに、犯人はあの日誕生日会に集まった人間の中にいると考えるのが自然だ。
「たしかに……そうなんですが……」
「それだけじゃない。状況から考えると、犯人はエーコさんを狙ったものと考えられる。だけど、状況から考えると、他の誰かが犠牲になっていてもおかしくなかった。ということも考えられるんだよ」
「どういう意味ですか?」
「それが分かってないから、危険だと言っているんだ」
「わかりません、教えてください」
 延琉の真剣な表情は崩れない。むしろ不機嫌で怒っているようにも見える。
「じゃあ、もう一度よく整理しながら考えてごらん? まず、コーヒーを用意したのはデーヨだ。彼女にはコーヒー自体に毒を仕込むチャンスがあった。だが、コーヒー自体に毒が仕込まれていたとしたら、全員が死んでいなければおかしい。だから毒はコーヒーには仕込まれていなかったと考えられる」
「はい……」
「次に、コーヒーを注いだのはビーミ。ビーミにはコーヒーを注ぐときに、特定のグラスに毒を仕込むチャンスがある。しかし、グラスはそれぞれ自分で選んでいる。しかもビーミがグラスを取ったのは最後だ。
 だからこの可能性は低い。
 無差別に誰か1人を殺そうとしたという可能性もあるが、それならばなおさら、自分は最初に取っておくべきなのではないだろうか。同様にストローもそれぞれが自分で選んで取っている以上、そこに毒が仕込まれていた可能性は低い」
「はい……」
「次に、角砂糖……。角砂糖を入れたのはエーコジョシュデーヨ。角砂糖に毒を仕込んでいたとしたら3人が犠牲になっているはず。
 こちらも無差別で特定の角砂糖だけに毒が仕込まれていた可能性が考えられるが、だとしたら毒を仕込むチャンスがあったデーヨは角砂糖を入れないのではないか。
 同様にミルクに毒が仕込まれていたとすれば、ミルクを入れた2人が犠牲に、氷に毒が仕込まれていたとすればこちらも氷を足した2人が犠牲になっているはず」
「はい……」
「しかし、犠牲になったのはエーコだけだ。ストローでも、角砂糖でも、ミルクでも、氷でもない。ではどこに毒が仕込まれていたのか」

 ジョシュは頭を巡らせる。
 しかしどう考えても分からなかった。

「最初に私が考えたのはね。全員に毒が盛られたんじゃないかってことなんだよ……」
「え?」思いもしない発言にジョシュはさらに思考が停止した。
「だから最後に聞いたんだ。エーコだけが食べなかったものはなかったか。、と、例えばエーコの苦手で絶対に食べないものが用意されていて、その食べ物には解毒剤が含まれていた。
 そうすれば全員に毒を盛っても、解毒剤のおかげで他のメンバーは死なないことになる」
「はい……」まさか自分にも毒が盛られていた。そんな可能性は考えもしなかった。というより考えたくもないことだ。
「しかしそれもなかったと君は言う……。では、残された可能性でもっとも高いのはなにか……。
全員のグラスに毒が盛られていた。だから、エーコがどのグラスをとっても殺すことができた。私はこれが真実だと思っている」
「え!? でも! それだと僕も! それに他のメンバーも死んじゃうんじゃないですかっ!?」
「そうなんだ。だから、私は怒っている。犯人の狙いはきっとエーコだけだった。だが犯人はエーコを殺すためになら、ジョシュ君、君の命すら奪う覚悟があったと考えざるをえないんだ」
 ジョシュはもう口が開けなかった。
「状況から考えて、犯人は家を貸してくれたビーミだ。ビーミは最初から全員分のグラスに毒を仕込んでいた。グラスに毒を仕込めるのはビーミしかいないからね。
 君はみんな同じ物しか口にしていないというが。実は唯一違うものがある。それはコーヒーのかさだ。エーコだけが角砂糖、ミルク、氷をグラスに足している。当然その分コーヒーのかさが増すことになる。
 もしも、すべてのグラスの内側、それも飲み口付近に毒が盛られていたとしたらどうだろう……。かさが増したエーコのコーヒーにだけ毒が溶け、しみ込んだ。そう考えることができるんじゃないかな? 
 みんなストローを使って飲んでいたから、グラス自体に口をつけることもない。だからエーコだけが毒を飲んでしまった……」
「で、でも! じゃあ! もし、僕が氷とミルクを足していたら!? ストローを使わずに飲んでいたら!? 何かのはずみで毒が溶けだしていたら!?」
 混乱するジョジュに、延琉は淡々と続ける。
「君は言ったよね。みんないつもと一緒の飲み方だったと。ビーミも当然、エーコが砂糖・ミルク・氷を足すことを知っていた。
 きっと犯人は細心の注意を払って、かさが増す分を計算していたんだろう。他のメンバーのコーヒーには、ましてや自分のコーヒーには毒が溶けださないよう、ギリギリのところを責めたはずだ。
 ビーミ自身が氷を足してわざわざ危険を冒していることからも、絶対に他のメンバーのコーヒーには毒がしみ込まないよう計算していた……」
 そういった後、延琉は黙り込んでしまう。
 ジョシュも何も言えなかった。延琉探偵のこんな真剣な表情は見たことがない。
 しばらく沈黙が続いた後、ようやく延琉が口を開いた。
「犯人の計算は絶対だった……だとしても、だ。私はもしかしたら君が死んでしまっていた可能性をぬぐうことができない。
 だから、私はこの犯人を許すことはできないよ。絶対にだ」

 その冷たく言い放つ声を、ジョジュは珈琲を見るたびに思い出すのだ。 

こちらの企画に参加させていただきました。
ぎりぎりになってしまい、しかも全然推敲できなかった……。
おかしなところがあっても許してください。


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