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ラッコの人生は、
ラッコの人生は、ほとんどが悲しいと寂しいでできていて、楽しいとか嬉しいとかが訪れることはほんとうに稀だった。
だだっ広い海に馬鹿みたいに浮かびながらラッコが泣いているとき、家族はラッコと一緒に泣いた。恋人は優しくお腹の毛を撫でた。友達は黙って美味しい貝をとってきて、一緒に食べてくれた。そして、みんなは口を揃えて言った。
あなたに、何をしてあげたらいいの?
ラッコにとってそれほど難しい質問はなく、いつもへへ、と不自然な笑みを浮かべた。ラッコはただ、青い空と対峙する度に涙が溢れるだけで、その他のことは何もわからなかったのだ。
せっかくみんなが優しさを傾けてくれているのに答えを提示できないことが申し訳なくて、ラッコは考えた。自分はなぜこんなに泣いてしまうのだろう。みんなは自分に、何をしてくれたらいいのだろう。
ふーむ、とぼんやりしていると、頭上を二羽の渡り鳥が通った。
彼らはどうやら夫婦らしく、やかましく口喧嘩をしている。
「そうやって疑ってばかりだけどさ、ちょっとは信じてくれないとこっちもいい加減疲れるって」
「疑われるってことは普段の行いが悪いんじゃないの? 後ろめたいことがないならそんなに怒らないでしょ」
「だから俺何にもしてないじゃん」
「何にもしてないから嫌なの」
喧嘩するほどなんとやら、二羽は付かず離れず飛び去っていった。
そのとき、突如として、ラッコの中に落雷のような閃きが生まれた。
自分の中に激しく渦巻いているものが怒りだと、初めて知ったのだ。
ラッコは怒っていた。悲しくて、寂しくて、怒っていた。それは静かで猛烈な怒りだった。
みんなが仲良くしないこと。
世界に音や、光や、肌触りがあること。
言葉を真に理解できる者はいないということ。
自分の複雑性を知ったら誰もがうんざりしてしまうかもしれないこと。
どれだけ人に優しくされても、自分の中から怒りが消えないこと。
結局、誰に何をしてほしいのか、とんと見当がつかないこと。
そういうことがすべて、奥歯が擦り切れるほど、腹が立つ。
激しい感情のうねりの中に立ち、ラッコは面食らってしまった。怒っているときは何をしたらいいのだろう。
途方に暮れ手持ち無沙汰になって、腕を振り下ろすと、つるりとしたものが手に触れた。癖でお腹に乗せていた貝だ。ラッコは拳を握り、貝を叩く。何度も何度も。しばらくして手が鬱血してしまうと思い直し、石に持ち替えた。波のどぷりとした音の中で、カツンカツンと細い音がする。ラッコはついに、貝の中身がでろりとするまで、ずっとそうしてしまった。
ラッコはこれまで、寂しいも悲しいも嬉しいも楽しいも、すべて、とりあえず貝を割ってなんとかしてきたことを思い出した。怒っているときもただカツンカツンとするしかないのかもしれなくて、そのことにもまた、ラッコはちょっと怒っていた。
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