島日和<ひょうたん島後記>

       5-2022  池田良


とても綺麗な月夜の晩に、君の影から音がする。
ジジジ、ジジジ、
君の影はデジタル信号。そこは何処?ここは夢?今はいつ?
さあ、もう僕たちもいさぎよく、デジタル記録をリセットしよう。
月がそこから消えてしまわないように。

春の夜の満月は夢見心地の朧月。
それでも影はくっきりと伸びるから、影踏みの大好きなネコは、島中の人達を誘って、僕の庭へやって来る。
「さあ、影踏みをしましょう」
そしてみんなで手をつないで、ぐるりと僕の家を囲んでわくわく笑いながら立っている。
みんなの姿は影のように、ふわふわ揺れながらさざめき合う。

もちろん、初めは僕が鬼。
影を追えば、懐かしい嬉しさで胸の奥がチクチクするけれど、指が届かないもどかしさ。
月の光の甘い匂いに満たされた島の野原を駆け回って、僕たちは影を踏む。
それは実体のない体温。現象認識のための鬼ごっこ。
影を踏めばきらめいて砕け散り、僕の目玉の奥を突き抜けていく。
もう誰が誰だか、何も彼にも解らない。ただ笑い声と、月の光の甘い匂い。

「昔、衛星放送に、地球の食という時間があってね」
それは、放送衛星が地球の影に入ってしまう時間だった。
テレビの画面は、ザザザ、ザザザと吹き荒れる砂あらし。
それでも僕は、それが好きでいつもしばらく見続けていた。
人工衛星の生中継なんて。僕はこうして、地球という惑星に乗って、宇宙を旅しながら生活しているんだという実感を感じられたから。

「うしろの正面だあれ?」
影踏みの時、朧のシルエットになっていても、僕は電力中央研究所の研究員の影だけははっきり分かる。
それは繊細な研究成果。デジタル技術の魔法の飛躍。ジジジ、ジジジと神出鬼没。
「この頃、研究所の仕事はどんな具合?何か興味深いことはあります?」
「そうねえ。月と地球と太陽の引き合いが、今はちょっとバランスが不安定になっているのかもしれません」
影踏みもたけなわ。そんな話をしていると、ぽちゃんと小さな音がして、振り向くと、まるく輝く月が海の上に落ちて、困った様子で浮かんでいる。

僕たちは皆、あまりのことに呆然と立ち尽くしたまま、それを見つめているしかない。
海はキラキラと、真昼のようにまぶしく輝き、おだやかな波に押されて、月はまるで泳ぐように砂浜に近づいてくる気配。

「こっちへ来ちゃだめ、こっちへ来ちゃだめ」
僕たちは波打ち際に入って、月が打ち上げられないように一生懸命波を送る。
困った様子の月はやがて、くるりと向きを変え、ぽちゃぽちゃと沖へ泳いでいった。

やがて月は大海原の果ての断崖絶壁の滝から真っ逆さまに、宇宙の闇へと落下して、またぼんやりと空に浮かぶことだろう。
なにごともなかったかのように。

意識、唯識、認識障害。
ジジジ、ジジジ、
― イノチスツルホドノ、ソコクハアリヤ ―