島日和<ひょうたん島後記> 2

まだまだ冬のはずなのに、雪も今はほとんど溶けてしまって、キラキラと眩しい日の光が常緑樹の葉をツヤツヤと輝かせている。

もう冬眠は終わりにした方がいいのかしら。
僕はコートを着て帽子を被って、ちょっと外の様子を見に出かけることにした。

光りの春は目くらまし。
世界が白く散乱して、風景がつかみ取れない。
今年の冬は不思議なことばかり。秋の台風が狂暴に木々をなぎ倒し、紅葉の始まった葉をむしり取ったその後に、暖かい日が続いて新緑の林になり、大晦日の頃にそれが一斉にまた紅葉し、少ない雪のままもう冬木に芽が出ている。

海辺には、色々な色の雲が浮かんでいて、風も柔らかく、まるで春のように暖かかった。

今日の雲はなぜこんなにいろいろと違った色をしているのだろう。
まるでプリズムの光に染まったようだ。
ちょっと恐いように美しい雲の群れに見とれながら歩いていくと、小さな岬の先に、テーブルとイスを置いて男性が一人座って、頬杖をつきながらこちらを見ている。

「こんにちは」
何だか呼ばれたような気がして近づいていくと、男性が声をかけてきた。
「こんにちは」
僕はちょっとドキドキしながらそう答えた。
そして、僕たちはそれ以上会話が続かなくて、黙って雲を見ている。
まるで美術館に飾られた絵を見るように。

「いかがですか。なかなか素敵な雲でしょう?」
しばらくして、男性が静かにそう言った。
彼はここで、雲を売っていたのだ。

「この雲は、お家に持って帰ったら、庭の木やベランダに繋いでおいたりするだけでなく、部屋の中に浮かべておくこともできますよ」
そして彼は、細長いハリガネのようなものをすっと伸ばして、淡い黄青色の雲に引っ掛け、ゆるゆると引き下ろした。

「ほら、ちょっと触ってみて下さいよ。いい雲でしょ。中に星や虹の卵が隠れているものもあるんですよ。もしかして雨やカミナリの卵が混じっていた場合でも、それがお嫌だったら、空へ放してやればいいのです。
この雲はね、まれに、ラピュタになるものもあります。そうしたらその上に乗ることもできるし、もし、大きく成長したら、家を建てることだって夢ではありません」

ラピュタになる!
僕は昔、ラピュタで暮らしているという人に会ったことがある。
その人は、瞳が上を向いたり下を向いたり、くるくると回っているような人で、次々と矛盾したことを言う、とても矛盾した性格の人だった。
ラピュタの中は、磁場がくるくると反転しているので、人の頭もとりとめもなくなってしまうと、その人は言っていた。

「でも、ラピュタで暮らすのはなかなか大変だと聞いたことがあります」
「そんなことはありませんよ。フワフワと、ラピュタの気分にまかせて生きていれば、かなり楽しいものです」
そう言いながら、ラピュタ売りのその人は、何かを探しているように風を見ている。
「・・・でもね、ラピュタで暮らすのは、あんまり長くしない方が、いいかもしれません。本当に大切なものは何なのか、分からなくなってしまって、親戚やら他の人達やらの気受けばかりに気を取られたり、自分が今まで生きてきた人生の記録を残すことなんかを大切なこと思い込んだりしてしまって、いつの間にか、一番最後の、大切なものを失ってしまうかもしれませんから」

最後の最後、本当の最後に、きつく握った手のひらをようやく開いたときに、そこに小さく残っていたものが、誰かとの愛だったら、それが、最高の人生。