島日和<ひょうたん島後記> 11

この頃ネコは、僕の家に来るとすぐ、僕の膝の上に飛び乗ってくるりと丸くなり、安心したように寝てしまう。
もしかしたらネコは、また大変なものが見えてしまって、僕の家の、僕の膝の上が、ネコにとってこの世界で一番安心できるところと思うようになったのだろうか。
自分の家の中よりも、もっとずっと。

この前僕は、検査のために病院でMRIの中に入った。
それはなんだかとても、近未来映画っぽい機械で、強力な磁力で体の中を薄くスライスした映像が撮れるというものらしいが、僕が昔見た映画では、そうやって、無表情なアンドロイドを妖しく生産していた。

「30分くらいかかります。その間気分が悪くなったら言ってください。でももし眠くなったら、寝ちゃってもだいじょうぶですよ」
そう言って技師さんはちょっと面倒くさそう笑った。
「目を開けて中を見ていても、大丈夫ですか?」
「はい大丈夫ですよ。目玉が燃えちゃったりしません。ふふふ」
そう言われて僕は、ばかなことを聞いてしまったのかな、と思った。

でも結局僕は、目を開けて見ることが出来なかった。
強力な磁力という言葉が恐くて。
薄っすら目を開けては、ちらっと、見ただけ。
MRIの機械の中は、色々な音が飛び交っていて、まるで現代音楽のコンサートのようだった。
モダンダンスのダンサーだったら踊りだしてしまうかもしれない。
そう思うと緊張の中で僕は、少し笑って、少しほっとした。
様々な音は、色々なシーンを妄想させる。
中でも、トントントンとドアを叩くような音はリアルで、もしかしたら今、外の世界が想像も出来ないような大変なことになっていて、技師さんが、早くここから出なさいと叩いているのかもしれないと、僕はかなり本気で不安になった。

やがてプクプクプクと海の底から立ち昇る泡のような音がして、機械は静かになった。
「はい終わりましたよ。いかがですか、ご気分は」
そう言って技師さんは、またニヤニヤと笑いながら僕の顔をじっと覗き込む。
「なんだか体中にトゲが生えたような感じがします」
それは本当に、体中の細胞が、ピリピリと総毛だったような。
「ほう、それは素晴らしい」
そう言いながら技師さんは、なぜか顔中いっぱいにふき出した汗をふいている。
「今日はこれで終わりです。会計を済ませてそのままお帰り下さい」

病院を出ると、外は、さっきとは打って変わった深い霧だった。
・・・もしかしたら本当に、僕がMRIの中に入っている間に、世界はすっかり変わってしまったのかもしれない・・・

こんなに先の見えない、深い霧の中を歩いて、家までたどり着けるのかしら。
ネコが、お見舞いの花束を抱えて迎えに来て、手を引いてくれればいいのに。
だって、ネコは、暗闇の中でも世界のすべてが見えるのだから。