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4 学園生活と泣き虫

 教室のドアを開くと、部屋の真ん中で人だかりができていた。
 よく見ると中心には月夜がいて、時折笑い声があがって実に楽しい学園生活を送っているようだ。あいつ、僕の学園生活に支障が出るから離れるとか言っておきながら、本当は自分が楽しみたいだけなんじゃないのか? 
 ……まぁそれでもかまわないか。
 さて自分の席に着席しようとすると、机の前に一人の少女が立っていた。
 前髪が長く、地味な少女は先日見た顔な気がする。
「ああ、ええと。夢羽?」
 宮仕夢羽だ。先日最初から最後まで泣いてばかりで、まともに口を聞くことはできなかった。
「…………」
 そして、目の前で再び無言を貫いている。というか、スカートの裾をきつく握りしめてるのは、何か悔しいことでもあったんですか?
「同じクラスだったんだ。昨日は気が付かなかった」
「…………」
「昨日のドレスはすごい地味だったけど、どうしてあれを選んだの」
「…………」
「黙ってるばかりじゃわからないよ。何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「…………ヒ、ヒッヒッヒ」
 え、泣くの⁉︎
「ちょっと朝から何をやっているのでありますか!」
 僕たちの間に割り込んだのは、隣の席の苺だった。
「また泣かしたのでありますか! 本当に怜くんは女の子を泣かすのが得意でありますね」
「そんなことは……」
 というかなにか泣かせるようなこと言ったっけ?
「夢羽ちゃんはとっても繊細なのでありますから、いじめてはダメなのです。怜くん」
「いや待ってほしい! 僕はいじめたつもりはまったくないんだ。ただちゃんとしゃべりたかっただけで……」
「そうなのですか。夢羽ちゃんも一旦落ち着くのです」
「ヒッヒッヒ、グスン」
 目元をぬぐい、夢羽はなんとか呼吸を整えていた。
「まぁここにいてもしょうがないでありますから、一旦席に戻るのがいいのであります。さぁ、いきますですよ」
 夢羽はこくこく頷いた。苺に連れられ、彼女は窓際の席に腰掛けた。
 苺は戻ってきて、僕に言った。
「夢羽ちゃんって掴みどころのない子なのであります。実は夢羽ちゃんも、去年の十二月に転校してきたばかりだし、苺とは違うクラスだったからまだ打ち解けてないのであります」
「そうなんだ……。あれだけ情緒が安定しないと、友達作りも大変だな」
「……泣き虫だなんて噂は聞いたことなかったであります。昨日とかも、パーティの前に怜くんのおうちの控室にみんなで集まっていたのでありますが、別にそのときは他の女の子とも普通にしゃべれたであります。だからやっぱり、怜くんが苦手なのでありますね」
「え……苦手?」
「だって夢羽ちゃんは、怜くんの前でだけ、いつも泣いてるのであります」
「僕ってそんなに怖いかなぁ?」
「苺は怜くんのちょっと目つきが鋭いところとか、格好いいと思うでありますよ? 怖いとは思わないであります」
 まぁ目つきは悪い自覚はあるけれど……。
 僕は今、誰を結婚相手にするか決める権利がある。でも、それは本当だろうか。本当にみんな、僕と結婚したいのだろうか。
 一華はしたいと断言してくれた。同時に謎めいた言葉も残していたが、少なくとも彼女は本当に好意がある気がする。でもきっと、それは普通のことじゃないのだ。
 例えば名家の娘であれば、とうぜん王沢とのつながりは必要になるだろう。いずれどこの馬の骨ともわからないものと結婚するくらいであれば、早いうちに王沢と結婚させたいと思うかもしれない。
 例えば貧乏な出であれば、両親は結婚相手に財産を求めるかもしれない。僕が現在金持ちじゃなかったとしても、王沢の子息でありこんな婚活パーティを行うとあれば今後金持ちにならないとは考えづらい。
 どちらの場合でも、本人よりも親がこの件に乗り気なことは大いに考えられる。
 もし夢羽がそうであるならば、次回のパーティでさよならする相手に選んであげるのも優しさかもしれない。ただそれは、当然他の参加者にも当てはまる。
「苺はさ、僕のことほんとに好きなの?」
「あ、それ聞いちゃうのでありますか!」
「そりゃ、僕だっていやいや結婚する相手を選びたくはないからね」
「それは軟弱でありますね〜! ざぁこであります〜」
 ざぁこ?
「普通のことを言ったつもりだったんだけど」
 僕が言うと、唐突に苺は手のひらを僕のほっぺにぺたりとつけてきた。ビンタではない。小さな手で、包み込むように優しく。その小さな手から、彼女の体温が伝わってきて、なぜか僕は動けなくなった。
「……ふ、不敬な」
「そうやってテレなくてもいいんでありますよ」
 少し寂しそうに、苺は声のトーンを落とした。
「苺はね。見た目がお子ちゃまだから、他のみんなに勝てないかもしれないって思っているのであります。でもね、だからと言って諦めたくはないのであります。こうやって触れ合うのも、少しはドキドキしてくれるかなって、思ってるのであります」
「……あ、ああ。でも、クラスメイトが見てるよ」
「いいじゃないでありますか。見せつけてやっているのです。苺が、怜くんの正ヒロインだぞって。
「そりゃ、苺と怜くんは出会ったばかりであります。でもね、苺は決めたのであります。怜くんをたくさんドキドキさせて、苺のいいところたくさん知ってもらうのです。苺はとってもいい女なのです。
「みんな怜くんと結婚したいって集まってるのです。この学園の他の子も、怜くんのフィアンセになりたかったけど選考で落ちたって人もたくさんいるのであります。
「だからね、怜くんは責任があるのです。怜くんはとっても格好良くて、いい男じゃないとダメなのです。
「怜くん。怜くんは苺に格好いいところをたくさん見せて、メロメロにしてください。怜くんじゃなきゃ絶対ダメなんだって、苺に思わせてください。
「それが苺の、怜くんに対する願いであります」
 なんとも重い、求愛。
 おまえを虜にするから、自分を虜にせよ。苺は何も知らない僕に、あまりにも厳しい要求を突きつけていることをわかっているのだろうか。所詮僕は、普通の人間関係さえまともに構築できないぼっちの男子高校生でしかない。それは、僕には難しすぎる要求だ。
 ……それでも。
「僕は王沢だからね」
 自分が如何に受け身で、だらしのない存在か突きつけられた気がした。僕は馬鹿だ。王沢の誇りを胸に生きるのであれば、格好いい男でなければいけないに決まっているじゃないか。
「任せてよ。僕じゃないと満足できないと思わせてやる」
 言うと、苺はふふっと笑った。
 そして、反対の手も僕の頬につけ、僕の顔を挟み込んだ。力がこもり、僕の頬が潰れ、唇がむにゅりと突き出た。
「生意気であります」
「……うぇうぇ!」
「そんな潰れた顔で格好いいこと言っても、締まらないであります」
 僕は彼女の両手を掴んで離した。
「いや、言った後に顔を潰されたんだけど……」
「あ、先生がきたであります。こんなことをしている場合ではないのであります」
 何だこいつ。
 いいつつ、席に座って教科書を机にしまう苺の頬は少し紅潮して見えた。なんとなく、苺とこれからも仲良くできたらいいなぁと思った。
 突然、肩を突かれた。
 後ろの席の男子生徒だった。確か名前は小田と言ったか。メガネをかけており髪型は七三分けで、第一印象としてはとても賢そうな生徒だ。
「ねぇ王沢くん。王沢くんって、学園の女の子から結婚相手探してるんでしょ?」
「……知ってるの?」
 当然と言えば当然か。先ほど苺が他の女子も選考があったと言っていたし、もしかしたら学園全体に周知されているのかもしれない。
「うん。月夜くんが言ってた」
 出どころ月夜かよ。
 何? 付き人って守秘義務とかないわけ?
「ねぇ、ひょっとしてもう独田さんに決めてるの? すごくいい感じに見えたけど」
「ううん。どうかなぁ」
「あー満更でもない感じだね。王沢くん、ロリコンじゃん」
 はぁ? なにこいつムカつくんだけど。

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