たったひとつの冴えたやりかたなんてない

 古いSF小説が好きだ。カルヴィーノ、ブラッドベリ、グウィン、ピンチョンとかジェイムズ・ティプトリー・ジュニアとか。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアだけは略さず言っちゃうよねジェイムズ・ティプトリー・ジュニア。

 スマホもネットもなく、現代の快適性とは程遠い暮らしの中、核兵器の脅威だけは実例を伴って屹立していた時代。足りないが故に浪漫と希望があり、起こりうる危機を想像する。華氏451度なんて今まさにその通りになっている。

 なんとなく色々な限界がわかってきた昨今、以前ほど科学に夢を見れなくなった気がしていた。そんななかジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が新たな宇宙の姿を見せてくれている。サブハローが観測されたというニュースもあった。勝手に限界を見たつもりになって勝手に手詰まり感に落ち込んでいたことを恥いるばかりだ。いやそもそも完全に傍観者のくせになにを偉そうに。

 あらゆる問題をたちどころに解決するたったひとつの冴えたやりかたなんて存在しない。ひとつひとつそれぞれの問題に地道に取り組まなければならない。しかもなんとなく限界はありそうな気がする。ああなんて面倒くさい。しかしだからこそ、その先を行こうとする情熱に、生きる希望と浪漫が生まれるのだろう。つまるところ科学者ってすげーよね。もっと予算あげて欲しい。僕だけ増税でもいい。いやそんなんじゃ全然足りないけど。

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