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第十四話 情報屋

今回は、サガワン視点でお送りする。ヒーリング魔法ってすごいなぁと思った前回だったが、人間界とは違う面もあれば、似た面もあるこの世界。不思議です。

入国審査の待合室

北へ向かう道から外れ、東に向かってきた。月の国へ行くためだ。私が「月の国へ行こう」といった理由を聞かずにこひなたんはついてきてくれた。感謝である。

実は理由がちゃんとある。周の国ではこひなたんがギルドの重鎮たちと懇意にしていたから、horirium氏のことを悪く言う人はいなかった。が、同じようにギルドから追い出した月の国の錬金術師たちはどう思っているのだろうか。それを知ることはじゃばらんだという新しいタイプの手帳を、この手帳大陸に広めるのに重要ではないかと思ったからだ。

しかし、オラファーとかいう魔物は怖かった。あんなカッターを振り回されたら、私も大根と同じように輪切りになっちまう。おまけにめちゃくちゃ痛かったぞ。あんなに血が出たのは過去、なかったな。

で、今はどこにいるかというと、無事、周の国と月の国の国境にたどり着いたところである。ちゃんと、立派な検問所があって、入国審査の順番を待っているところ。空港の待合室のような広さがあるが、大して人はいない。なんだか、シーズンの去ったスキー場のように閑散としている。これだけ空いているのに、なんでこんなに待たされるのかはよくわからない。

情報屋 アニン

待合室に居るのは、私とこひなたん、そして家族らしき四人組が一組と野球のユニフォームのようなシャツを着た白髪で背の高い中年男性が一人。先ほどまで、若いヤンキーのような男性も居たが、審査官に呼び出されて待合室から出ていったところだ。

ふと顔を上げると、そのユニフォームの人がこちらを見ている。そして、おもむろに立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

「お二人は旅ですか?」
「ええ、まあ、そんなところです」と答えた。
「私は手帳の行商をしてましてね。月の国にはこの時期、よく来るんですよ。これから、月の国の天園に行くところなんです。あなた方は?よかったらどちらまで行かれるか教えてください」
「いやあ、気ままな旅でね。行き先も決まってないんですよ」
「あ、そうなんですね。ところで、その剣、珍しいですね。なかなか、鋼でその細さはないですね。なんという剣ですか?」
「あ、これですか。邪破乱打といいます」
「ほほう。初めて聞いた名だな。私はいろんな国に行ってますので、と言っても4つしか無いですけど、いろいろなものを見てきました。が、これは初めてだ」
「そうでしょうね。私も三日前に受け取ったので」
「なるほど。で、その剣には何かが宿っているのですか?」
「さあ、わかりませんね」
「たいてい、こうした剣にはなにか宿っていますからな。剣が勝手に動いたり、重くなったり、軽くなったりしませんかな」
「すごいなぁ。よくわかりますね」
「まあ、いろいろ見てきましたから。行商なんてそういう商売ですよ。しかし、その剣は良い。人間の血の匂いがしない。魔物は何度か切ってそうですが、人は切ってないですな。それに手帳の紙粉も感じられない」
「さすが、世界をいろいろ見てるだけのことはありますね」
こひなたんが私を小突く。
(あまり、情報を与えてはダメ。危険性が増すかも知れないでしょ)と小さな声で耳打ちする。
「そちらのエルフさん、心配しなくても私はあなた方に何もしませんよ。ただ、その剣に興味を持っただけです。剣のことを教えてもらったお返しになにか情報を提供しましょうか。そうだな、月の国のギルドの情報とか」
「それはありがたい。でも、私からは大した情報がないので、交換ができないですよ」

月の国のギルド

「ま、聞いたあとで、考えてくださいよ。あ、将来、行商が役に立つかもしれないですから、私の名はぜひ覚えてください。アニンといいます」
「どうもありがとう。私はサガワンと呼ばれています。そして、こっちはこひなたん」
「そうですか。では、月の国のギルドですが、長は実はいません。なぜなら、女王であるセーラーの締付けが厳しいため、責任を取りたくない錬金術師ばかりだからです。以前は最大派閥だったイメイのグループが牛耳っていましたが、今はリーダーが不在になったので混乱しています」
「その中でも実力者は未だにイメイですか」
「いや、今はダイだと思います。ダイは元々は賢者でいろいろなことを知っています。人望も厚く、他の国のギルドたちとも交流がある、珍しい錬金術師です。なにか、知りたいことがあるなら彼を訪ねるのがいいでしょう」
「おお、これはありがたい情報だ。困ったな。これに見合う情報は持ってないなあ」
「では、ひとつ、教えてください。あなたが使っている手帳はなんですか」
「私はスライド手帳です。ライト式といいます」
「おお、初めて聞く名だ。今日は既にあなたから2つも初めての名を聞いた。それだけでも価値がある。いずれまた会ったら、そのスライド手帳のことをもっと教えてくださいな」
「わかりました。いい情報をありがとう」

アニンは、赤ん坊の顔を覗き込むときにみんなが見せるような笑顔をこちらに向けて、入国審査を受けに行った。残された我々ともう一つの家族は、静かな空間で黙って座っていた。

続き 第十五話 月の国に入国


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