第八話 あるメーカーの話
おはようございます。さかがみ文具店さんの問屋営業です。今日もよろしくお願いします。すっかり、梅雨っぽい天気になってきましたね。
さて、今回は、ある零細メーカーさんのお話です。さかがみ文具店の良さがわかる話です。
とあるメーカーの訪問
その日は、今の梅雨時とは全く違った、とても天気の良い、昼下がりの午後でした。昼休みに来店するサラリーマンやパートさんのようなお客様たちもはけて、お店は一段落したところでした。問屋の営業である私はこういう時間を狙ってさかがみ文具店に来るようにしています。
その日は、あるペンメーカーの新製品をご紹介するためにさかがみ文具店に来ました。が、そこへスーツを着た中年の男性が入ってきました。見た感じ、昼休みを逃して文具を買いに来たサラリーマン、という感じではありませんでした。
彼は店内を一廻りするとレジに近づいてきました。私が店長に新製品の説明を一通りしたあとでした。店長が気づき、
「何か?」
と声をかけると、深く頭を下げて言いました。
「私、こういう会社のもので、文具を作っています」
と。
出したチラシには高級そうなペンケースの写真がデカデカと写っていました。そして、名刺には「あらい製作所 代表取締役 新井義治」とありました。見えちゃいました(笑)
店長は「初めての訪問ですね?メーカーさんですか。そうですか。営業ですか?(笑)」と笑顔で対応しました。ここが、さかがみ文具店さんの本当にいいところです。知らないメーカーにも優しいのです。
緊張の面持ちだった新井さんもホッとした顔で、「はい、突然すみません。電話は怖くて、アポ無しで来てしまいました。本当にごめんなさい」と。
まあ、店は落ち着いている時間でしたし、本当に店長は父親である会長からの教えもあって、三方良しを地で行く方です。
「お話、聞きましょう」
と優しく言いました。
急に泣き出した
すると、そのメーカーの社長さん、急に涙ぐんで、泣き出しました。
「こんな、突然来た名も無いメーカーの話を聞いて下さるんですね。ありがたい。本当にありがたい。。。」と。
店長はというと、逆にオロオロしてましたよ(笑)。すごいのは、副店長のサポートです。さっと来て、そのメーカーさんを奥のワークショップコーナーに案内しましたよ。すると、その社長、さらにすすって泣いてました(笑)。
落ち着くのを見計らって、店長もワークショップコーナーに行くと、とつとつとゆっくり新井さんは話し始めました。
あらい製作所は、東京の東部で革を使った小物などをひとつひとつ丁寧に作っている小さな工場(こうばと新井さんは言ってました)だそうです。大きなメーカーの下請けに入って、工賃仕事を中心にしていたそうですが、そのメーカーからの仕事が海外生産に奪われていったそうで、年々減ってきているそうです。よくある話です。
職人は高齢者も多いようですが、若い人も居て、仕事が無くなるのはそういった若い職人のためにもならないそうです。困っていたのですが、若い職人たちが頑張って工夫したペンケースを作ってきて、社長に見せたそうです。
不思議なペンケース
そのペンケースが不思議なんです。革を使ったものなのですが、今までに見たことのない形をしていました。本物をその場で新井さんに見せてもらいましたが、面白い仕様でした。
うちの問屋にもこのペンケースの情報は来ていませんでしたので、私も一緒に見せてもらったのでした。新井さんに、
「これ、いつ発売ですか?どこの問屋やお店で売ってますか?」
と訊いてみたところ、まだ、作ったばかりなのでって言うです。面白いのになあ。
店長も不思議そうに眺めていて、興味を持ったようでした。でも、これならどこかの他のお店で取り扱いそうな気もしました。だからだと思いますが、店長が「営業はうちが初めてですか?」と問いました。すると、また、新井さんは下を向きながら、ゆっくりと話し始めました。
悲しい出来事
「実は、知人に教えられて、ある地方の文具店の名前を聞き、調べました。」と。
さらに聞くと、そのお店の情報をネットで若手に調べてもらったところ、革のペンケースをいろいろ扱っていることがわかったそうです。最近は、高級筆記具類を扱うところではペンケースにも力を入れているところがありますからね。
そこで、その文具店の本社に電話して、なんとか担当バイヤーに電話口まで出でもらったそうです。ここまではよかった。
担当バイヤーは
「あなた誰ですか?私と名刺交換したことがあるとかですか?ない?なんで私の名前を知ってるの?知らない?おかしな人だなあ。名前も知らない会ったこともない人から電話が来るなんて、詐欺かなんか?」ガチャ!
という対応をしてくださったそうです。
はじめの営業電話がこんなのだったので、新井さんはもうすっかり意気消沈してしまい、数日は塞ぎ込んでいたようです。バイイングパワーを勘違いした人にあたってしまったみたいですね。
でも、せっかく若手が一生懸命に考えてくれたペンケースをそのままにするわけには行かないと、もう一度、新井さんは立ち上がりました。それが、今日のさかがみ文具店への訪問に繋がったのです。
なぜ、さかがみ文具店?
でも、なんで、さかがみ文具店に営業に来たのでしょうか?それは店長の人柄を客として感じだったからだったそうです。
実は先月、一度、さかがみ文具店に新井さんは買い物客として来ていたそうです。その際、ワークショップコーナーで楽しそうに子どもたちと話している店長を見たようです。店長、いつも子どもたちと遊んでるからなあ(笑)。副店長も怒るよねえ(笑)。
でも、顧客には優しくてもメーカーなどの仕入先には厳しいお店も中にはありますからね。それは新井さんも身にしみてわかっていたはず。なので、とても緊張した感じて来たみたいです。
とはいえ、優しそうな店長なら!と意気込んできたとのこと。良かったですね、話を聞いてもらえて。
仕入決定とその後
話を新井さんから一通り聞いて、質問したりしていた店長。その場で、
「じゃあ、3つくらい持ってきてみてください」
と即決。新井さん、また、泣いてました。
そのすぐあと、店長は良さそうな小売店さんをいくつかピックアップして、新井さんに教えてあげてました。お人好しですねえ。挙げ句に、2つくらい、電話もかけてましたから。新井さんが号泣したことはおわかりのとおりです。
その後、新井さんは商品を持ってさかがみ文具店にまた来て、その日は一日、店頭に立って商品説明をしていました。その日のうちに1個売れたらしいですよ。
私はと言うと、もらったチラシを上司に見せて、扱いたいと提案したのですが、門前払いを食いました。「こんな高いペンケース、どうやって売るんだよ」と。。。営業としては、まあ、こんなことはよくあることですよ(ガックシ)。
店長、そのPOP、商品に関係ないでしょ。
「このメーカーの社長は泣き虫です」
って。
(フィクションです)
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