きみにもう一色
「わたし、最後にユキヤくんともバトルがしたい!」
合宿3日め、バトル大会。
同室のカイヤとのんびり観戦していたら、クレーネちゃんに声を掛けられた。
「……えっ、あっ!うん、おれでいいなら!もちろん!」
まさかバトルに誘われるなんて、しかもクレーネちゃんに誘ってもらえるなんて予想してなくて、おれは思わずどもってしまった。めちゃくちゃカッコ悪い。
「こんこ!バトルだぞ!」
足元でカイヤのイワンコ、こたろう君と毛繕いしあっているこんこを呼ぶ。バトルはいつも、こんこのやる気次第で受けるか断るかしているけど……今回ばかりは絶対に受けたい。
こーん!
呼ばれたロコンは白い尻尾を振り、元気よく立ち上がる。よかった、こんこもやる気みたいだ。
「ユキヤも参加するん? お気張りやす~」
毛繕い相手のいなくなったこたろう君を抱き上げ、ヒラヒラ手を振るカイヤ。
おう!と一振りし返して、おれはバトルフィールドに降りる。
クレーネちゃん、すごく楽しそうだ。
おれはこんこにバトルの指示を出しながら、そう思った。
本人が言ってた通り、昨日の自信なさげな感じが少なくなっている。緑の右目と黄色の左目でまっすぐパートナーのアシュちゃんを見て、指示を出している。
「アシュちゃん、アクアジェット!」
「こんこ、当たる前にあやしいひかりで混乱させろ!」
こんなに楽しそうにバトルしてるんだ、おれも応えたい!
……と思ったそばから、
バシャッ!
「あっ、こんこ!」
アシュちゃんのアクアジェットを止められず、こんこはのびてしまった。
「そこまで!ロコン、戦闘不能!」
審判をしてくれてるユズリハさんが、バトル終了を告げる。おれの負けだ。
でも、不思議と悔しくはない。すごく、すごく楽しかった。
「アシュちゃん、お疲れ様!ユキヤ君もありがとう」
クレーネちゃんがフィールドの向こう側から、アシュちゃんを抱えて駆けてくる。バトルの熱で上気したらしく、また頬が赤くなっていた。
頬の赤と、前髪の奥からおれを見る2色の目に、おれの心臓が昨日のように跳ねる。声が裏返りそうになって、焦る。
「こっちこそ!クレーネちゃん達って強いな、やっぱり自信持っていいって!こんこもお疲れ、ほれ起きろ」
こんこを起こして抱えながら、何とかいつも通りの声を出した。クレーネちゃんはアシュちゃんを撫でつつはにかむ。
「強くはないよ……バトルを観るのが好きで、少し知識があるだけ。でも、これからバトルを極めたいなって。そのために、旅を始めたし」
「そうだったんだ。じゃあ、合宿が終わったらまたバトルの旅の続きなんだな」
おれも、帰ったら島めぐりを始めなきゃな。
流れで何となく始めようとした島めぐりだけど、今は違う。ウルクが言ったような「良い流れ」に、おれが自分から乗るんだ。島めぐりの果てに、何があるのかを見てみたい。
「2人とも、バトルお疲れ様!ユキヤ君はこれが初戦だから、バッジを進呈よ」
ユズリハさんがそう言って、花の形のバッジを差し出す。ありがとうございますと言って受け取ると、ユズリハさんは微笑んで、別のバトルの審判をしに行った。
「クレーネちゃんはもうもらったんだ?」
「うん、さっきようこちゃんって子とバトルして。……とっても楽しかったし、今のユキヤ君達とのバトルも楽しかったよ」
おれが右手に乗せているのと同じバッジを見せてくれるクレーネちゃん。
そのはにかむ笑顔を見れば見るほど、心臓がギュッとして……あれ、おれ、どうしたんだろ。昨日から、なんか変だ。
何だかたまらなくなったところで、おれはとっさにあることを思いつく。
「……っ、クレーネちゃん!」
おれは左手のバンダナを外した。ブローチ型の島めぐりの証を留めた、リストサイズのバンダナ。
島めぐりの証は、とりあえず頭に巻いてる方のバンダナの結び目に留め直す。藤色をしたリストサイズの布を、できるだけピンと伸ばして畳み、クレーネちゃんに差し出した。
「……? なに、ユキヤ君?」
「これさ、おれのお守りみたいなもん!ただのバンダナだけど、一応実家で卸した、ちゃんとした布を仕立てたやつ!」
おれの実家は服屋だ。旅に出る前、島めぐりの証を留めるところを作ろうと思って、おれは実家の服屋で余った布を使ってこれを作った。……作ったといっても、ほつれないように四辺を縫っただけだけど。
「クレーネちゃん、ほんとに昨日より自信を持ってる感じがする!おれさ、それをこれからも持っててほしいんだ。旅してたら、途中で自信なくすことがあるかもしんない。不安になることもあるかもしんない」
おれが島めぐりの一環と勘違いして、合宿にいる理由に不安を感じた時のように。
「……けど、忘れないでほしいんだ!合宿のこと、今日のバトル大会のこと、きみは自信を持ってていいことを!忘れてほしくないから、カバンの一番下でもリュックの一番奥でもいい……これ、持ってってくんないかな」
一気に言い終えて、息をつく。左腕でこんこをしっかり抱え直した。
これがクレーネちゃんにとっていいことかはよくわからない。もしかしたら迷惑かもしれない。
……でもどうしても、さっきのバトルで見たような表情を、旅の途中でもしてもらいたくて。
どうかクレーネちゃんの自信を、少しでも守れるように。
どうかたくさんの色でいっぱいな彼女を、この藤色が守ってくれるように……。
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