花を探しに


「シェリちゃん? シェリちゃーん?」
 夜のパーティ会場の人波の間を縫うように歩きながら、ナナハはシェリを探してあちこち見渡していた。隣でナナハをエスコートしていたろくたも、今は鼻や耳を四方八方に向けている。後ろで鞄を持ってくれるいちこは、不思議そうに首を傾げた。
「シェリちゃん、どこに行っちゃったんだろうね。さっきまで一緒だったのに」
 煌めくスーツやドレスが人の動きに合わせてざわめくように揺れて、会場全体は星空を映した川面のようだ。しかし、そのどこにも、先程ナナハと会場に入ったはずの少女のドレスの色はない。シェリのドレスは七年前の釣り大会で共に釣糸を垂らした時の海のような、鮮やかな青色のはずだ。ナナハも一緒になって衣装を選んだからよく覚えている。
 ナナハはつい数十分前になる衣装選びの時のことを思い出して、溜息をついた。
「……やっぱり、聞いちゃったのがまずかったかな……シュスちゃんのこと」
 
 
 時はくだんの衣装選びが始まる頃に戻る。運動会の最後に砂浜で再会したナナハとシェリは、そのままポケモンセンターの温泉で砂と汗を流した。その際にセンターで夜のパーティのことを聞き、ナナハの心が沸いたのだ。
 一緒にドレスを選ぼうと誘えば、シェリは快く応じてくれた。そこで衣装室に向かうと、二人は見た覚えのある深緑の髪の少女に会った。
「あ、アメさん!」
 ナナハから声を掛けると、前を歩いていた少女――アメが振り向く。ナナハ達に気が付いたアメは、ぱっと微笑んだ。
「ナナハちゃん、もう体調は大丈夫?」
「はい! おかげさまで元気です。ありがとうございました」
 ナナハが一礼する隣で、シェリはアメを見る。昼間、ナナハを見舞いに来た時に出会った少女だと気づいたらしい。
「ああ、あなた、テントにいた……」
「うん、アメさんだよ、シェリちゃん! アメさん、こちらはシェリちゃんです! おかげさまで会えました」
「こんばんは、アメです。二人が会えてよかった」
 アメがそう言うとシェリは微笑んだ。夜の間に咲いて朝にはしおれてしまう花のような笑い方だった。ナナハはそれを横でちらりと見ながら、話はアメに向けた。
「アメさんもこれからドレス選び? もしよかったら、私とシェリちゃんもご一緒していい?」
「あら、いいわね」
 ナナハの提案に先に返してくれたのはシェリだった。アメは「えっ、いいの?」と驚いたように目を円くする。ナナハは元気に頷いた。
「うん! ドレスはみんなで選ぶ方がきっと楽しいもの。昔のシェリちゃん達みたいに、お揃いにするのも憧れちゃうなあ」
「……お揃い?」
 シェリがぼんやりと言葉を繰り返す。ナナハは今度は、シェリに向かって頷く。
「? うん、シェリちゃん、シュスちゃんとお揃いのワンピースで合宿にいたでしょ?」
 ナナハが出したのは、今目の前にいる少女の双子の片割れの名前だ。八年前のシェリとお揃いのブロンドにオッドアイ、そしてスイーツをあしらった可愛らしいワンピースのもう一人。ナナハが会いたい、友人のもう一人の方だった。
「そうだ! シェリちゃん、シュスちゃんはどうしたの? 一緒じゃないの?」
 ナナハは決してシュスのことを忘れていたわけではなかった。ただ、シェリと再会できたことが嬉しかったので、まずは純粋にシェリと話をしたかったのだ。それに、あまりにも現在の二人が自然に離れているのとで、シュスが傍にいないことにも何も疑問を持っていなかった。八年前に初めて二人と会った時も、ナナハは違うタイミングで一人ずっと会ったし、シュスはたまにパートナーのモンメンを追いかけてシェリから離れていた。
 だからナナハの質問は、ふと湧いた素朴な問いに過ぎなかった。シュスは仕事が忙しいのだろうか。それともまたどこかで、はぐれたパートナーを探しているのだろうか。そんな微笑ましい答えが返ってくることを、ナナハは当たり前のように待った。
 その時、シェリの顔が凍りついたように強ばるのも予想できずに。
 
 
 ナナハの脳裏によぎるのは、先程の自分の質問によって凍てついたシェリの、戸惑った表情だった。
「私ったら本当にうかつ……。シェリちゃんがあんな困った顔するなんて、よっぽど困らせちゃったんだわ。きっと二人で来てないのには、事情があるかもしれないのに」
 はあ、と溜息混じりに吐露する反省を、ろくたが聞いて「こん」と鳴いた。八年前のナナハなら、出過ぎた真似をしたと思って、ここで行動を止めるはずだ。ろくたは今のナナハがどうするか決めるのを待つように、じっと赤い瞳で主人を見つめてくる。対してナナハは、考えを整理するように言葉を続けた。
「……でも、シェリちゃんがあんなお顔を見せるなんて、よっぽどの事情だよね。どうしよう。私、シェリちゃんに何かあったか聞いてもいいのかな」
 ナナハが思い浮かべたのは、シュスのことを聞いた時のシェリの顔だけではなかった。そういえば、昼間から何だか、シェリはナナハの知っているシェリらしからぬ表情を、時折浮かべていたと思う。浜辺でナナハがシェリを呼んだ時も、「探しにしてくれてありがとう」とシェリがナナハの手を握った時も。アメにシェリを紹介した時も、彼女の微笑み方は静かだった。ナナハの記憶に残っているシェリの笑顔は、もっと堂々と自信に満ちていて、太陽の下の大輪のような眩しさと華やかさがあった、気がする。
 今日のことを思い返せば返すほど違和感が大きくなってきて、ナナハはのどの辺りがきゅっと締まる心地がした。
 ――もし、シェリちゃんとシュスちゃんに何かあったんだったらどうしよう。
 血の気が引きかけたところで、ナナハは慌てて首を振った。今はまだパーティーが始まったばかりだ。シェリがまだこの場を去っていないなら、何かあったことを聞けなかったのを悔やむには早かろう。
「やっぱり、シェリちゃんにもう一度ちゃんと聞こう。ううん、その前に、シェリちゃんを困らせたなら謝らなくちゃ」
 どちらにせよ、シェリがいなければ今のナナハには何もできない。ナナハの決意は固まった。
「ろっくん、いっちゃん、行こう。シェリちゃんを探しに行かないと」
 ナナハは前後に控える二匹に告げる。一匹は笑って頷き、もう一匹は九つの尻尾を優雅に一振りした。

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