甘い香りに誘われて
「こんにちは、メモリアルフェスタへようこそ! グラシデアの花をどうぞ」
ナナハが遊園地内を歩いていると、華やかな格好のキャストが声を掛けてきた。言葉と共にすっと差し出されたのは、薄紅色の大きな花だ。
その花を見て、ナナハの目が輝いた。
「わあっ、ありがとうございます」
花を受け取り、手を振ってキャストと別れる。ナナハは側を歩くろくたの方に花を向けた。
「見て見て、ろっくん! グラシデアの花だよ」
こーん
ろくたは適当に相づちを打つ。元々ろくたはナナハと違って、そこまで花に気持ちが傾かない。
彼は、もっと他に気の合う奴がいるじゃないか、と言うような目を向けた。
「もう、ろっくんってば冷たいんだから。いっちゃんにあげちゃうよ」
こーんこん
丸っきり「はーいはい」と言うかのようなトーンで返すろくた。ナナハは肩をすくめて、ショルダーバッグからモンスターボールを出した。
「いっちゃん!おいで」
ボールから出てきたのは、白い花のフラージェスだ。いちこという名のポケモンは、花が好きという点でナナハと大変趣味が合う。
ラジェ? ラージェ!
いちこは出てきてすぐにグラシデアの花に気づいた。目をキラキラさせて、ナナハの手を取る。
「ふふ、いっちゃんなら気に入ってくれると思ったよ! はい、いっちゃんにあげるね」
ナナハは、いちこの顔を囲む花の塊にグラシデアを挿した。白い花々の中で、グラシデアの薄紅が映える。
ラジェ、ラージェ!
いちこはすっかりはしゃいで、ナナハの周りをくるくる回った。フラべべの頃から無邪気ないちこは、嬉しいことがあるとよく回る。二段階も進化を経ているが、彼女の心はフラべべの頃のままらしかった。
いちこの喜びように、ナナハもにこりと微笑む。
「よかった。せっかくだから、いっちゃんも少し一緒に歩こう」
ナナハはそう言って遊園地のマップを広げた。七年前のレイメイの丘にはなかったこの大きなテーマパークは、初めて見る光景ばかりだ。ナナハの心が躍る。
「ろっくんはあんまりこういう所ははしゃがないよね。というか、ろっくんはいつもクールか。ねえ、いっちゃんはテーマパークって初めてだよね? いっちゃんはどこに行ってみたい? ……いっちゃん?」
いちこに話しかけたはずが、彼女から何の返答もない。不思議に思って隣を見ると、
ラジェ~
ナゾ! ナゾナッゾ!
フラージェスは一匹のナゾノクサを抱っこして、嬉しそうに話しかけていた。ナゾノクサの方はじたばたと困惑している。
ナナハの血の気が一気に引いた。
「い、いっちゃん!? その子、どどど、どこの子、えっ、どうして……!?」
突然見ず知らずのナゾノクサを目の当たりにしてパニックになる。ナナハはいちこの悪いクセを思い出した。良くも悪くもフラベベの頃から無邪気でマイペースないちこは、好きなものを見つけると、すぐに飛びついてしまうのだ。
「いっちゃん! 急に知らない子を連れまわしたり、勝手にどこか行ったりしちゃダメだよ!」
ラジェ?
ナナハが眉を下げながら言うと、いちこはようやくわかったようで、ナゾノクサを離す。
すると同時に、
「リンドウ? リンドウ、どこにいるの?」
いちこの後ろの方から、男性の声がした。途端にナゾノクサが、声の方に走り出す。
ナナハが慌ててナゾノクサを追いかけると、ポケモンは果たして一人の青年の胸に飛び込んでいくところだった。青年は夜明けの空のような薄紫色の髪をしている。
ナナハはいちこの手を取って青年の前に踊り出た。
「あ、あのあの! ごめんなさい、私のフラージェスがご迷惑をおかけしました!」
青年と目が合った瞬間に頭を下げる。
「私のフラージェスが、あなたのナゾノクサちゃんを連れてきちゃって! なんとお詫びしたらいいか……」
「ああ、そうだったんだ。急にリンドウが連れてかれるからビックリしたよ。帰ってこれてよかった」
「はい、本当にすみませんでした……!」
ナナハがすっかり縮こまっていると、「顔を上げて」と声が降りかかってきた。恐る恐る言われたとおりにすると、青年は微笑んでいちことろくたを見ている。
「ポケモンに悪気がなかったのならいいよ。よく育っているね、フラージェスもキュウコンも」
どうやらナナハといちこを許してくれるようだ。ナナハはいまだ恐縮しながら、少し胸をなでおろした。
「ありがとうございます。あなたのナゾノクサちゃんも、とっても素敵です」
ナナハの言葉は本心だ。ナゾノクサの頭の葉っぱは一枚一枚がみずみずしくて、とても大切に育てられていることがわかる。そう伝えると、心なしかナゾノクサの警戒が、ほんのわずか和らいだ、ような気がした。
「リンドウちゃん、っていうんですね」
「うん。俺はハツメ、よろしくね。君達は?」
「私はナナハっていいます。こっちはフラージェスのいちこ、それからキュウコンのろくた。よろしくお願いします、ハツメさん、リンドウちゃん」
こん
ラージェ!
ナナハが一礼すると、ろくたといちこが倣って鳴いた。
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