一歩ずつ

 ウィグリドの森での一騒動から一夜明けた朝。
 ミユキは、テントの隙間から射し込む陽光にまぶたを照らされて目を覚ました。
 「ふわ……」
 目をしょぼしょぼと瞬きさせながら、あくびをひとつ。それから寝袋の中で伸びをした。ころんと起き上がって辺りを見回し、寸の間自分の部屋ではない風景に首を傾げる。
 「あっ、そうだ。おら、旅に出たんだった」
 ようやく昨晩までのできごとを思い出して、ぽんと手を打つ。フィンブルタウンを出発してウィグリドの森に入り、アミュレやドティス達に出会ったのだ。そのすぐ後に野生のポケモンに襲われたが、ドティスが助けてくれた。
 ドティスは捻挫した自分を森の出入口まで送ってくれた上で、倒れたアミュレを連れて去っていった。右足を挫いたミユキのほうは、ひとまずその場でテントを張って一泊したのだった。
 ミユキは寝袋のファスナーを開けて、右足の様子を見る。寝る前までずっとあった痛みは、すっかり引いていた。ドティスが当ててくれた添え木と、パウちゃんが拾ってくれた「とけないこおり」をどかす。患部だったところにはすでに腫れもなく、爪先も足首もいつもどおり動いた。
 「ああ、えかった。もう動けるべな」
 ぱう?
 ミユキの動く気配で目を覚ましたのか、傍らで寝ていたタマちゃんがもぞもぞ体を起こした。
 「タマちゃん、おはよう。見てくんろ、もう治っただ」
 わう、ぱう~
 ミユキが言うと、タマちゃんはずりずりと這ってミユキの右足に近づいた。鼻先をふんふん近付けてから、にこっと笑う。快復を喜んでくれているらしい。
 「へへ、昨日はあんがとなあ、タマちゃん。タマちゃんにいっぺえ助けてもらっちまった」
 ぱう~
 タマちゃんのひれに手を差し込んで抱き上げる。タマちゃんはミユキの丸鼻の頭をぺろと舐めた。
 「タマちゃんだけじゃねえな。ドテスさにも、いっぺえ世話になっちまった。あっ、おら、なんもお礼できてねえべ」
 医者と名乗ったドティスが処置をしてくれてからこそ、この捻挫は早く治ったというのに。はたと気づいたミユキは、タマちゃんをぬいぐるみのように抱き込んで眉尻を下げる。思い返されてくるのは、アミュレを支えるのに精一杯だった自分の前を、守るように凛と立つその姿。
 『エピビル、ふぶき! ハルシオン、続けてふきとばしだ!』
 はっきりと通る指示が森に響いた次には、大きなポケモンの大きな手のひらから、ゴオッと冬の雪風が放たれた。ドティスの白い三つ編みの髪が風の流れを受けて靡き、ミユキの頬に風花の欠片が迷い込んで貼り付いた。その時ミユキは、それはそれは目を見開いて驚いたのだ。
 「おら、たまげただ。ポケモンって自分で吹雪を作れるんだなあ」
 しかも、だ。
 「あんなにぬくい吹雪は、初めてだったべ」
 それは不思議な感覚だった。頬に付いた雪は確かに冷たく、吹きすさぶ風の寒さも厳しかった。それでもミユキは、ドティスが指示し、エピビルがそれに応えて繰り出した「ふぶき」を温かく感じた。
 フィンブルタウンで何回も何回も経験した、自然の生むブリザードとは違う感覚。ミユキは故郷の吹雪を思い出して、反射的にタマちゃんを抱き締める。みずタイプのタマちゃんも体温は低かったが、毛皮はぬくぬく温かい。
 「……きっとあの『ふぶき』は、ドテスさたちが、おらたちさ守ってくれるための『ふぶき』だったから温かったんだべな」
 ぱう
 「かっこよかったなあ、ドテスさたち……」
 ミユキはタマちゃんを見下ろした。タマちゃんもミユキの顔を見上げる。丸い瞳同士が視線を合わせた。
 「なあ、タマちゃん。おらも、ドテスさみてえなポケモントレーナーさなれっかな」
 ぱう?
 「おら……ジムチャレンジとか、ポケモンリーグとか、そこまでできっかわかんねえけど。だども、ドテスさみてえに、いざって時はみんなと力を合わして、みんなを守れるくれえにはなりてえなあ」
 わう
 「へへ、そしたら、レフテアさに言ってもらえたことも守れるべな。タマちゃん、おらとがんばってくれるけ?」
 ぱう~
 ぽふぽふ。タマちゃんはひれを上下して、自分を抱えるミユキの腕を優しくはたいた。ピンクの舌をぺろりと出したまま、彼女は目尻を下げる。
 笑って了承してくれたらしい様子に、ミユキも頬を上気させて「あんがとなあ」と笑った。
 ミユキは右足に注意しながら立ち上がる。もはや痛みのない元患部に安心して、キャンプセットを片付けることにした。
 寝袋をくるくるまとめつつ、ふとウィグリドの森で出会ったもう一人のトレーナーのことを思い出す。
 「そうだ、アミレさは大丈夫だべか。ドテスさがついてったから大丈夫だろうけんど、やっぱ心配だ」
 アミュレは森のポケモンが近づいた時、ふいに意識を失ってしまった。医者のドティスには何が起こったかわかっているだろうけれど、ミユキにはまだ彼女がどうして急に倒れたのかピンと来ていない。少女は「とけないこおり」を拾ってくれたパウワウ――とミユキは思っているが、実際はタマザラシ――のパウちゃん達とともに、ドティスに連れられて行った。
 「氷を拾ってくれたことも、まだお礼できてねえべ」
 ミユキは丸めた寝袋をぎゅっと絞ってまとめると、うんと一つ頷いた。
 「タマちゃん、まずはドテスさとアミレささお礼言いに行くべ。確か、リフィアタウンってとこに行くっつってたべな」
 ぱう
 タマちゃんはひれを叩いて返事に代えた。ミユキはにっこり笑って、「よおし」と寝袋を持って立ち上がる。
 「んだば、リフィアタウンまでがんばっぺ」
 ぱう!

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