はなばたけ

※名前は出していませんが、クレーネちゃんをふんわりお借りしています

――7年前、メレメレ島にて。

 「うわぁ……」

 そこは圧倒的な景色だった。

 燃えるような夕陽が絶壁の向こう側に沈み、空を染める。赤い空の下では新緑の葉と黄金色の花が、足元から絶壁までの地面を覆い尽くしていた。花畑のそこかしこをアブリーとオドリドリが跳ねている。夜寝る前の、一日最後の蜜集めだろう。

 こーん!

 アブリーとオドリドリ達を見てすっかりはしゃぎ始めたこんこが、花畑に飛び込む。白い体が金色の海に飲み込まれていくようだ。

 「あんまり遠くに行くなよー」

 こんこん!

 おれが呼び掛けると、ロコンはちょっと顔を出して返事した。おてんば娘なのは島めぐりを始めてから1年近く経った今も全く変わらない。コイツ、旅に出てから何か成長したかな……いや、おれも偉そうに言えるほど変わってないけど。

 おれは花で遊ぶこんこをそのままに、花畑の入り口に座り込む。目の前の光景は、日が沈めば夜の闇で見えなくなる。きっと星空の下の花畑も綺麗なんだろうが、おれは今、夕空の下のこの景色を見ていたかった。

 ここはメレメレの花園。島めぐりを続け、リリィタウンにたどり着いたおれは、住民の人からこの場所を教わった。道中野生のポケモンやトレーナーも多いが、観に行って損はないからぜひ行ってみなさい、と。

 「はー……なるほど、これは頑張って来た甲斐があったなぁ」

 何しろここは山の奥。山道を登り、洞窟を抜けた先に拓かれた、断崖絶壁の窪地だった。ここに来るには体力とポケモンの力がそれなりに必要だ。何とか俺達がたどり着けたのも、島めぐりで多少鍛えたおかげかもしれない。

 花園を風が通り抜ける。おれの頬を、髪を撫でて、頭に結んだバンダナを揺らしていく。花の匂いだろうか、風は甘い香りがした。

 「……綺麗だ」

 ポケモンはともかく、ヒトは誰もいない。おれは誰にも聞かれないのをいいことに呟いた。

 赤い夕焼け空。金色の花、緑の葉。

 ――ここは、「あの子」に似てる。

 「結局、会えなかったなー……」

 思い浮かんだのは、一人の女の子。おれが島めぐりを自分の意思で始めようと決意したきっかけをくれた合宿で、出会った子。

 彼女は恥ずかしがりやで、すぐ頬が赤くなる子だった。前髪に隠された2つの瞳のうち、ひとつは金色、ひとつは緑色。……おれは彼女を見て、生まれて初めて、誰かのことを「綺麗だ」って思ったんだ。

 合宿が終わって、マリエに帰って、島めぐりを始めても、その気持ちは忘れられなくて。ずーっとそのことばっかりだったわけじゃないけど、たまにふとした時に、おれは彼女を思い出すのだった。

 ……彼女はメレメレ島から来たと話していた。だから、メレメレ島でなら、もしかしたらもう一度会えるかもしれない……そんな期待もしていたけれど。

 「……まぁ、普通に考えりゃ、あの子だって旅に出てるんだもんな」

 会えない方が当たり前、会えた方が奇跡だ。

 それでもおれは、もう一度会いたかった。もう一度会って、またバトルして、お互いの生まれた島の話やポケモンの話をして……そして、もう一度彼女のはにかんだ笑顔を見たい。

 「何だろうな、この気持ち」

 前々から不思議だった……他にもまた会いたい友達はたくさんいるのに、彼女と会いたいと考える時だけは、心臓がドキドキして顔が熱くなる。

 おれは左手を見る。バトル大会までは、藤色のバンダナを巻いていたところだ。バンダナは彼女にあげた……少し自分に自信が持てたという彼女を守るお守りとして。

 そういえばあの後、マリエに帰った時にそのことで父ちゃんに笑われたっけ。バンダナをどうしたのか聞かれて、出来事をそのまま話したら、なんかニヤニヤされたんだ。

 ――なんだユキヤ、合宿で好きな子ができたのか!へえ、お前なんかになあ。

 ――お前なんかにってなんだよ!っていうか、そういうんじゃないし。友達だし。

 ――そうかそうか、ふーん、うんうん。

 ――何、なんで笑うんだよ!

 ……とまあ、こんな具合だった。たぶん、おれに女の子の友達ができたのが珍しくて面白かったんだろうな……。

 父ちゃんの言ってた「好き」の意味くらいは知っている。でも、おれはあの子のことが友達として好きなんであって、父ちゃんの言ってる「好き」とは違う。友達の「好き」と、その「好き」は種類が違う……らしい。実家のバイトの姉ちゃんからの情報だけど。

 ……あれ?

 おれはここで、自分の考えが変なことに気づいた。友達として好きなヤツは他にもいるのに、あの子と会いたいと思う時だけドキドキするのは、おかしくないか?

 あの子への「好き」と、友達への「好き」って、ほんとに同じか……?

 こーん?

 遠くからこんこの声が聴こえて、おれは我にかえった。立ち上がって見てみると、金色の海にぽつんと、白いぬいぐるみみたいなこんこが不思議そうな顔をしていた。花畑の入り口で何やら考え込んでしまったおれを心配しているらしい。

 「大丈夫だよ、こんこ!」

 おれは両手を口に当て、パートナーに言った。そうだ、考え込むなんておれらしくない。

 きっとあの子にだけドキドキするのは、あの子が綺麗だからだ。彼女の瞳も頬も笑顔も、思い出すたびにドキドキするもんな。うん、たぶんそうだ。

 ひとつ不思議が解決したと思うと、急にお腹が減ってきた。もうすぐ夜だ。

 「こんこ、そろそろ帰ろうぜ」

 おれが呼ぶとこんこはちょっと不満そうに鳴いたが、それでも花畑を渡り、足元に戻ってきた。抱き上げると、あのさっき通り抜けた風と同じ、甘い香りがした。

 「……こんこ。明日、アーカラに行こうよ」

 こん?

 こんこはおれの言葉に首をかしげる。「いいの?」って言ってるみたいだ。……おれが大試練を終えた今もメレメレ島に残っている理由を、きっとこんこは知っているんだ。

 「いいんだよ。もしかしたら、アーカラで会えるかもしれないだろ。……アーカラがダメなら、ウラウラに戻ろう。ウラウラでダメなら、その時にまた考えるよ」

 そう言ってニッと笑って見せる。

 そうだ。ここは綺麗なところだけど、ここで止まってはいられない。いつか彼女に会った時に合宿の頃と何も変わってなかったら、カッコ悪いもんな。そう考えたら、ここで彼女と会えなかったのは、ある意味ラッキーだったかもしれない。

 「おれたち、まだまだ行かなきゃならないとこがあるんだ。強くなって、島めぐりを達成して、その先にあるものを見に行かなくちゃ」

 そうだろ?と聞くと、

 こん!

 元気な返事が返ってきた。

 「おし!じゃあ今日はハウオリシティまで戻ろう。ポケモンセンターに泊まって、明日朝イチで船に乗るぞ!」

 こーん!

 「うん!……あ、そうだ。やまぶきのミツもらっとくか、みやびが飲むかも」

 手持ちのオドリドリのために、バッグから水筒を取り出して、足元の花から少し蜜を失敬する。フタを閉めてから、おれとこんこは再度花園を見つめた。

 夕陽はそろそろ沈みきる頃だった。空の赤も、だんだん紫に近くなってきた。

 「……大丈夫。きっといつかは会えるさ。おれたち、友達だもん」

 根拠は何もないけれど、おれは心からそう思えた。こんこも、こん!と明るく一鳴きしてくれた。

 おれたちは顔を見合わせて頷くと、金色と緑色の世界に背を向け、紫色の東の空の方に歩き出す――。

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