クイズショーに観客はいない
「ここにいるのは、クルールとイリーゼのどっちだと思う?」
イリーゼに問われて、アンジュは、
「……は?」
何ともまぬけな声を上げた。普段、王子キャラの名目の下、調子のいいしゃべり方をしているだけに、不意をつかれた彼女の声は、それはそれはすっとんきょうだった。
アンジュにはイリーゼの質問の意味が掴めない。笑顔は何とか保てたが、今は困惑で若干ひきつっている。
「……うーん。イリーゼ、また懐かしいゲームだな。でもそれ、先に答えを言っちゃったら意味がないんだぜ?」
「そうだっけ」
「そうだよ。オレがよくやっただろ、キミ……に……」
アンジュは途中ではたと気づき、言葉尻をしぼませる。イリーゼの緑の瞳に吸い込まれるように、その輝きを覗きこんだ。イリーゼの方は相変わらず微笑んだままだ。
アンジュの唇が、ほとんど無意識に動く。
「……いや、イリーゼ……キミには一度しかやってない。だって双子相手にやったって仕方ないんだ……キミ達だって、あのゲームは『よくやって』なんかない。少なくともオレ達には」
――7年前、幼稚な双子当てゲームを仕掛けたのは誰だった? 仕掛けられたのは誰だった?
ぼんやりと、アンジュの脳裏に映像が浮かぶ。
初めて赤と緑の目をした彼らに出会った時。見事に自分は男子と間違えられた。それがむしろ誇らしかった。
釣り大会。片割れ同士で一緒に釣りをした。実兄にも妹扱いされたことがなかったのに、初めて女子として接されて、くすぐったかった。
最終日。挨拶代わりに最後のクイズを投げかけた。見事に正解したのは――イリーゼではない。
「………。」
早送りのような映像を再生し終えたアンジュは、明るい髪色の人物を見下ろす。人物は目を猫ポケモンのように細めて、
「どう?わかった?」
鈴を転がすような声で聞いてきた。
2人が話している間、カシューは『やっぱり』と眉間にシワを寄せた。リーフィアらしからぬ仏頂面である。
彼の表情に、ジジは首をかしげた。
『やっぱり? って、一体何が?』
『……なぁ、ジジ。どうしてクルールは嘘をつくんだ』
『嘘?』
聞き返すジジに、カシューは一歩進んで答える。
『そうだよ。クルールはアンジュに嘘をついてる。自分のことをイリーゼって言ったんだ』
『!』
ジジの耳が微かに揺れる。彼が何かを知っていると考えて、カシューは続けた。
『単なる昔の意趣返しってんなら、べつにそれでいいさ。でも、本当にそれだけか?何だかお前の主人、ずいぶん印象が変わった気がする。……なんだかちょっとノアに似てるよ』
カシューは尻尾を立てた。耳もぴんと張る。
『ジジ。お前の主人、アンジュを変に騙したりなんてしないよな?アンジュに何かしようってんなら、さすがにオレも黙ってらんないよ』
目線をクルールによこしながら言うと、ジジも戸惑いながら視線を追って彼を見上げる。首の動きに合わせて、ちりんと鈴が鳴った。
その時、
「わかったよ」
アンジュの、凛としたアルトの声がした。カシューとジジは揃って彼女の方に視線を移す。 アンジュは自信満々とばかりに笑んでいた。
「いやぁ、やられたね!まさかこのオレがこのクイズを解く側になるとはさ」
『! アンジュ、クルールに気づいたのか!』
カシューはアンジュの言葉を聞いて声を上げる。その声音には、どこか安堵したような色があった。アンジュにはもちろんカシューの言葉の意味は届いていない。それでも、アンジュは足元にいるカシューを撫でた。
「なるほどね。さっきのキミの言葉が、どうりでよくリアルだと思ったよ。そりゃそうだよな、だって本人が言ってるんだから」
カツリとヒールを鳴らして、アンジュがクルールに近づく。クレープを持っていない左手を彼の腰にするりと回して、流れるように抱き込んだ。
彼の前髪の向こう、赤い瞳に向かって、おどけるようにウインクをひとつ。
「なぁ、そうだろ? 『イリーゼ』」
『……ハァーーー!?』
ふぃあ~~~~~!?
その場で叫んだのはカシューだった。
アンジュもクルールも、ジジも驚いて肩が跳ねる。
「えっ、カシュー!? 何、どうした」
アンジュが問うと、カシューは前足で地団駄を踏む。
『アンジュ! お前答えがわかってるんじゃないのか! 何でそこで外すんだよも~~!』
ふぃあふぃあふぃあ、と抗議の声を上げるカシュー。
この気持ちを先に汲んだのは、クルールの方だった。
「アンジュ。カシュー君は、アンジュと違う答えみたいだよ。その答えで本当にいいの?」
「ん? もちろん。ファイナルアンサーだぜ」
アンジュはクルールを抱き込んだまま、あっけらかんと答えた。
「なあ、『イリーゼ』。オレはポケモンパフォーマー、エンターテイナーなんだ。人を楽しませるのがオレの仕事。楽しい展開が待ってる方を選ぶのが、オレの使命なんだよ」
アンジュの言葉を聞いて、カシューは前足で頭を抱えた。
――そういうことか。つまりアンジュは、わかっててその答えを選んだんだ。
『……もう! 本当にどーしようもない奴だな! どうなっても知らないぞ、アンジュ!』
カシューの文句をよそに、アンジュは悪戯っぽく微笑む。
「『罰ゲーム』だなんて面白い展開、選ばないわけないだろ? さぁ、正解を教えてくれよ!」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?