あつい勝負にご用心
青い空。白い雲。ついでに青い海に白い砂浜。
青と白のコントラストでできたレイメイのビーチには、赤、緑、その他さまざまに彩られた水着のトレーナーとポケモンでごった返している。
そんな砂浜のど真ん中では、折しもバディーズ運動会の一種目、砂浜リレーがとり行われていた。
走れ走れと自分の組を応援するトレーナー達、もう少しだがんばれとバディを激励するトレーナー達。いろいろな思惑の声が上がる中で、
「はひ……はひ……さ、さんちゃ……まだ……待っててぇ~……」
応援の声にかき消されそうなくらいか細い音を上げるのは、現在進行形でリレーのコースを走行中のナナハであった。
しゃー! さんぱ!
50メートル先のゴール地点からでも大きな声でナナハを呼ぶのは、白いハチマキを巻いたサンドパンのさんただ。運動音痴のナナハを引っ張り、半ば無理やり砂浜リレーへの参加を申し込ませた張本人、いや張本ポケモンは彼である。さんたは元からやんちゃな性格で、この手の競争には目がないポケモンであった。根っからの負けず嫌い。最近の彼のライバルは、ナナハのパートナーのろくたらしい。しょっちゅうバトルを挑んでは、なぜかタイプ相性はろくたの方が不利なのに、こてんぱんにされるのはさんたの方である――そもそも人生、いやポケ生的な経験値も、バトルの経験値もろくたの方が上なので、当然と言えば当然なのだが。
さてそんなさんたが今回目をつけたのが砂浜リレーであった。ナナハもだてに研究者として日々ポケモンを観察しているわけではない。砂を駆けるのはじめんタイプのさんたが最も得意とするところである。おおかた砂浜リレーで華々しい戦績を上げて、ろくたを見返そうというのがこのねずみポケモンの思惑だろう。そう理解した上で、「さんちゃんが参加したいなら……」とナナハは自分の適性を棚に上げてしまったわけだ。
さんたはさすがの俊足で、さっさと自分の走る100メートルを走り切り、ナナハにバトンを渡した。それどころかナナハの走る先を追い越して、ゴール地点で彼女に発破をかけつつ待っている。一方ナナハは運動音痴ゆえに、普段あまり運動をしない。したがって、炎天下で運動することの大変さも今一つ理解していなかった。それがあだとなって、至る現在。
「ひぃ、ひぃ……まだ着かない……」
恐ろしいほどの鈍足で、ぜえぜえ息を上げながら砂浜を駆ける羽目になっている。
履き慣れないビーチサンダルごと、足が砂浜に取られていく。時折、派手に足がぐにゃりとおかしな方向に曲がるが、捻挫のような痛みがないのは奇跡と言っていいだろう。太陽の熱がパーカーの布を通って内側にこもる。ワタシラガを模して大きな白いフードの付いたそれを、競技の前に脱いでおけばよかった……と思っても、後の祭りであった。
「ナナハちゃ~ん! がんばって~!」
「は、はひぃ……!」
波打ち際でナナハの名を呼んだのは、友人のワカバである。赤色のワンピースの水着に真紅のパーカーがまぶしい。後で応援してくれたお礼を言いに行かなきゃ……と茹る頭で考えるが、正直考え事をしている場合ではない。そんなことをしている傍から、紅藤色のポニーテールをした青年が、青いハチマキをたなびかせてナナハを追い抜かしていった。まるで爽やかな夏風のような走り姿だ。
が、がんばらなきゃ……!
ワカバの応援と青年の走る姿に奮起して、『ねっぷう』さながらの熱い空気を肺いっぱいに吸い込み、何とか足と手を前後に動かす。コータスでももう少し速いであろう足並みだが、それでもどうにかサンドパンの姿は着実に近づいていた。
あと25メートル……10メートル……5……
「着いたぁ……っ!」
ゴール地点の目印を視界の端でよぎらせて、どうにかナナハはゴールに辿り着いた。顔から噴き出る汗と熱気がすさまじい。――すると、
しゃ!
「え? ……えっ、さんちゃん!?」
まだ走り足りないのか、今度はまた自分の番だと勘違いしたのか、さんたが再び駆け出した。ナナハからバトンを奪い取り、猛烈な勢いで砂煙を上げていく。
「ま、待って、さんちゃん! もうリレーはおしまいだよ!」
慌てて追いかけるナナハ。だが、50メートルを全速力で走ったばかりの四肢は思うように動かない。火照った全身が熱くて、息がすっかり上がっている。
「さ、さんちゃん、待ってぇ~~~……」
みるみるサンドパンとの距離が離れている。砂浜の風景が揺らいでいるのは、陽炎のせいだろうか。砂の上を走る感覚が、だんだんと雲の上を駆けているような、ふわふわとした感触になる。
走れば走るほど、さんたが遠ざかっていく。そして――。
「……あ、気がついたかな」
「……?」
ナナハがふと目を開けると、先ほどまでの暑さはどこへやら、薄暗い日陰が視界に広がっていた。ふわふわしていた体が元に戻っている。それどころか、ちょっと重いぐらいだ。少し顔を動かすと、フラージェスのいちこやフシギバナのふしこ、ウソッキーのはちべえが心配そうにこちらを覗き込んでいた。全員が90度垂直に見えるので、ナナハは自分が仰向けに寝ていることに気がついた。
「みんな……? フリースペースで遊んでたんじゃ……」
「あなたのキュウコンが、みんな連れて来てくれたよ」
ポケモン達とは反対の方向から聞こえてきた声に、ナナハは頭を向ける。そこには深緑と水色のグラデーションが美しい髪の少女がひとり、後ろにクーラーボックスを携えたコジョンドを連れて座っていた。
「具合はどう? おいしいみずがあるけれど、飲めるかな」
「あ、はい……」
落ち着いた優しい声音にナナハが戸惑いながら答えると、少女は「よかった」と微笑んだ。彼女が「ヴィブラ」と後ろのコジョンドを呼ぶと、コジョンド――ヴィブラは皆まで聞かずともてきぱきとクーラーボックスを開け、おいしいみずのボトルを少女に手渡す。
「起き上がれる?」
「はい、大丈夫です……」
少し頭がくらくらと痛むが、動けないほどではなかった。ナナハは少女からボトルを受け取る。冷たい水が喉を通って、体の内側から全身を冷やしてくれるようだった。
「はあ、おいしい……。あの、ありがとうございます、えっと……」
「あたしはアメ。こっちはヴィブラだよ」
コン!
ナナハがやっとまともにしゃべれるようになると、少女――アメは自分とヴィブラを指してそう言った。
「私、ナナハです。ええと、アメさん、私一体……」
「砂浜リレーの後、サンドパン君を追っかけてるうちに倒れちゃったんだよ。ジョーイさんが言うには、軽い熱中症かもって」
「えっ……」
驚いたナナハだが、そう言われてみれば心当たりがあった気がする。身体の火照りやふらついた足取りは、もしかしてその兆候だったのかもしれない。
「そうだったんですか……あの、ご迷惑をおかけしまして……」
「気にしないで。あたしたち、同じチームだもの」
アメはにこりと自分の頭を指す。なるほど、ナナハの頭に巻いてあるのと同じ、白いハチマキがそこにあった。
「それにね、あなたが倒れた時、真っ先にこのテントにいたキュウコンが飛び出して、あなたを受け止めたの」
「えっ、ろっくんが?」
ナナハは目を丸くした。パートナーのろくたと言えば、ナナハの手持ちたちがフリースペースの砂浜に繰り出す中、1匹でテントの日陰から動かずぐーすか寝ていたはずだったのだが。
「すごかったよ、あなたのキュウコン。とっても速かった」
ね、ヴィブラ、とアメが同意を求めれば、コジョンドはトレーナーに応じた。それを聞いたナナハの胸に、じんわりと嬉しい気持ちが広がる。
――ろっくん、やっぱり、ちゃんと私のことを見守ってくれてるんだね……。
じいんと感動すること、数秒。はたとあることに気がついたナナハは、再度口を開いた。
「あ、あの、すみません! それでその、ろっく……ろくたとさんたは……?」
キュウコンとサンドパンの行方を聞くと、アメの微笑みが、ちょっとだけ苦笑になる。
「ふたりなら、ほら、みんなの後ろだよ」
「え?」
指を指された先は、ナナハの手持ちたち。振り返ると、先ほど寝ていたよりも高い視界でふしこ達が映る。ふしこやはちべえも苦笑しながら、身体をやや退けて視界を広げた。すると、
「ひ、ひえ、ろっくん!!」
しゃー! しゃぱ~~~っ!!
九つの尾を全部逆立て双眸を赤く光らせるろくた、彼の「じんつうりき」によって上下逆さまで空中に宙ぶらりんになっているさんた、周りを毒々しいオーラで囲みながらたゆたうドラミドロのくーこがいた。
しゃ、しゃぱ~~~!!
「ろ、ろっくん、だめだめ、さんちゃんを降ろしてあげて~!!」
……。
全力で助けを求めるさんたと、お慈悲を求めるナナハの声にも、ろくたはつーんとどこ吹く風。
結局さんたが許されたのは、すべての競技種目が滞りなく終わった頃のことである。
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