星に願いを
お借りしました:セツナ君、カイヤ君、イオちゃん、クレーネちゃん
「実はオレ、今はマフィアのボスなんだ」
「えっ!?」
あまりにも予想外の言葉を聞いて、俺は思わず声を上げてしまった。クレーネちゃんとイオちゃんも目を見開いている。カイヤだけはただ一人動じなかった……セツナのこと、知っていたのだろうか?
セツナはそのまま自分のことを語った。親の仕事を継ぎたくなかったけれど、ついには好きな親父さんの跡を継いだこと。仕事の上で、人もポケモンも傷つけてきたこと――セツナは自分の仕事を「悪」と呼んだ――。そのために、今までのものを全部捨ててきたこと……だけれど、やっぱりどこかで自由を求めているのだ、ということ。
「でも、やっぱり自由を求めてる自分がいて。全部諦めたはずなのに。笑っちまうよな、どうしようもない運命なのにさ。もし普通の家の子だったら、もっと自由だったら、って考えちまう」
「……。」
俺は掛ける言葉も見つからず、黙って彼の震える声を聞くことしかできない。
たぶん俺は、セツナのいう「普通の家の子」だ。そりゃあ俺は呉服屋の一人息子で、現に跡取りとして修業しているけど……セツナの背負っている「跡取り」の看板に比べたら、俺の看板の方が羽のように軽い。親父は元気だし、店を継いでくれと頼まれたことも期待されたこともない。仕事自体も、まあ「悪い」と類別されるものじゃないだろう。同じ「跡取り息子」でも、俺はセツナより自由で普通だ。
……そんな俺が、セツナに掛けられる言葉ってなんだ……?
迷いゆえに黙っていると、クレーネちゃんが口を開いた。
「そこでジラーチの力を頼ろう、ってことですか…?」
「ああ、こいつには何でも願いを叶えるって伝説があるだろ。もしかしたら、って思ったんだ」
セツナの答えを聞いて、また小さく驚く俺。クレーネちゃんの腕の中にいる、小さなポケモンを見る。初めて見る……というか、俺の全く知らないポケモンだった。ジラーチ……何でも願いを叶えるだなんて、そんなにすごい力を持つポケモンなのか。
「なんか、格好悪いな、情けないよな、オレ。ごめん、本当に、皆を巻き込むつもりはなかったのに」
セツナの声に再び彼の方を見ると――彼は右手で顔を覆っていた。指の間から一瞬だけ見えた光は、涙だろうか?
「ジラーチも、恐がらせて悪かった。こんな悪党の願いなんて叶えたくない、よな」
……あ。
ジラーチの顔を見て謝るセツナ。俺はその時、彼に掛ける言葉を見つけた気がした。
「ウチはいまでも、セツナはんのこと、お友達やと思ってはるよ」
俺達、カイヤの周りにいる3人の中で、先に言ったのはイオちゃんだった。水色と金色の瞳が弧を描き、彼女は微笑んでいた。
「…巻き込まんように、気遣ってくれておおきにね。セツナはんはやっぱりセツナはんや」
その言葉を聞いて、思わず声が出かかる。
でも、俺より先にセツナが口を開いた。
「オレは…オレは大人になっちまったんだよ」
「ほんでも、どす。…セツナはんは、ずっとウチの憧れやったんどす。せやから、セツナはんがそないな風に苦しんでるのはウチもかなんえ。…それが、ウチの気持ち」
そう言ってジラーチを撫でるイオちゃん。彼女の次には、
「大丈夫ですよ…」
クレーネちゃんが言葉を紡いだ。
「まだ、大丈夫です……だって、気付いているんですよね、本当はしたくないことなんですよね…?後戻りできないなんて、言わないで。まだやり直せる。イオちゃんが言ったことは、私もそう………誰も、あなたが全てを諦めることなんて望んでいない」
クレーネちゃんの声は少しずつ大きくなっていった。前にいるセツナをしっかりと見つめ、ジラーチを守るように、安心させるようにしっかり抱きしめる。
……と、ふいに俺の左手に、ひんやりとした柔らかい感触が触れてきた。
見れば、こんこがこちらをまっすぐ見上げている。「あんたの番よ、ユキヤ」と言うように。
……わかってるよ、こんこ。言いたいこと、ちゃんと見つけたから。
「セツナ。イオちゃんとクレーネちゃんの言うとおりだよ」
俺はこんこからセツナに目を移す。
「子供のままでも大人になっても、セツナはセツナだ。俺だって皆だって変わんない。そりゃあ見た目が変わったり仕事に就いたり、わかりやすいところは変わったかもしんないけど……そういうとこじゃなくて、もっと根っこの部分が、7年前のセツナのままなんだ」
セツナは俺達に謝った。ジラーチに謝った。怖がらせてごめん、と。あの謝罪の言葉が、気持ちが、何よりも彼がセツナたることを証明している。本当の「悪党」なら、傷つけた人やポケモンに謝りなんてしない。
「俺は、人生には『流れ』があると思ってる。良い流れには自分から飛び乗っていけばいいし、悪い流れには自分の意思で逆らわなくちゃならない。流されちゃダメなんだ。……でもセツナ、お前の『流れ』がとんでもなく強くて、お前ですら抗えないのなら……」
ヒトが、ヒトの力ではどうしようもないことに直面した時に頼りにするもの。
それは古来から、今でも、きっと未来でも、ヒトの友達たるポケモンという存在だ。
俺は、クレーネちゃんの腕の中のジラーチに顔を向ける。
「……ジラーチ、頼む。俺の……俺達の、友達の願いを叶えてくれないか」
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