ナナハのメガシンカレポート①

 
 「はわわ……」
 レイメイの丘、メモリアルフェスタの会場の遊園地のど真ん中。
 人波に流されるようにしてここまでたどり着いたナナハは、周りを見渡して何とも情けない声を上げた。
 「どうしよう……思ってたよりも、人もポケモンもたくさんいる……」
 七年間で多少度胸がついたとはいえ、まだまだ引っ込み思案が治らないナナハ。久しぶりに眉をハの字に下げて、ショルダーバッグの紐を握りしめる。
 「アンジュ、今どこかな……パフォーマンスの出番はまだ当分先のはずだけど。アッ君も来てるかな……来てなかったら、」
 どうしよう。
 そんな不安を言葉にすると、ますます弱腰に戻ってしまいそうで、慌てて飲み込む。すると、
 コン!
 「わっ」
 隣でキュウコンのろくたが一声鳴いた。見下ろせば、黄金の長い睫毛に縁取られた紅玉の瞳が、すっと細くなってナナハを見上げている。憤っているようにも見える仏頂面だ。
 ナナハは即座にろくたの意思を感じた。
 「……ごめん、そうだね、ろっくん。まだ探してないうちから弱気になっちゃダメだね。うん、私、がんばる」
 そう聞かせて微笑むと、ろくたはついと前を向いた。九本の尻尾が微かに揺れる。肯定のサインで尻尾を一振りするのは、ろくたのロコンの頃からの癖だ。
 ナナハはショルダーバッグから、スマートフォンに似た端末を取り出す。
 「じゃん! 見て、ろっくん。デボンコーポレーションの研究員さんから借りたの」
 ろくたの背丈に合わせてしゃがみ、端末のスイッチを入れるナナハ。ろくたが端末画面を覗きこむ。
 「メガストーンとキーストーンの波長に反応する端末だよ。今日のために借りたんだ。これでメガシンカトレーナーさんに会える確率が上がるの」
 端末画面に『デボンコーポレーション』の文字が浮かぶ。ナナハは画面から発せられるブルーライトに照らされながら、やんわりと目を細めた。
 「今日はがんばらなきゃ。メガシンカトレーナーさんに会って話を聞いて、アンジュと会って……お友達を探して。きっとこの端末が、助けてくれるはず――」
 ピピピピピピピピ!
 「ひゃあ!?」
 言葉の途中でナナハは悲鳴を上げた。端末が起動した途端に、反応のアラームを鳴らしたのだ。思いの外の大音量に、慌ててボリュームを下げる。周りの人やポケモンの驚いた視線が痛い。
 「ごごご、ごめんなさいごめんなさい! えええ、どうして……!? 誰かメガシンカしてるってこと?」
 コン!
 四方八方に頭を下げながら混乱していると、ろくたが耳を立てた。一声上げて、ナナハの側から走り出す。
 「わーっ! ろっくん待って、置いてかないで~!」
 パートナーを追いかけるナナハの弱々しい声音は、残念ながら七年前のそれと大差がない。
 
 
 広場を抜けて観覧車の前まで来ると、
 「マジカルシャイン!」
 透き通るような声がナナハの耳に届いた。同時に、観覧車の前の開けた場所が、燦然と輝く。フェアリータイプの技、マジカルシャインの光だ。
 「……! あそこだね、ろっくん!」
 ナナハが確認すれば、ろくたは相変わらず尻尾で反応する。走りながら尻尾を振る器用さはさすがと言えよう。
 人々がマジカルシャインの出たところへスマートフォンを向けている。ナナハは「ごめんなさい、ごめんなさい」と平謝りしながら、人だかりの前の方へ出た。
 やっとのことで最前列に来る。人とポケモンでできた輪の中心には、タブンネがいた。
 「タブンネ! じゃあ、今の反応は、あの子の……?」
 端末の反応は既に消えている。タブンネもメガシンカしていない。タブンネは自分のトレーナーの元へ戻っていくところだった。
 ナナハは慌てて追いかける。
 「あ、あのあの! 待って! あなたの……あなたのパートナーは誰ですか!?」
 タブンネに呼び掛けると、ポケモンは「ンネ?」と振り返った。それと同時に、
 「どうしましたか?」
 人だかりの最前列から、タブンネの側へと少女が歩み出る。隣にはもう一人、ヘビーボールを抱えた女性がいた。
 ピピピ……
 「!」
 再び反応音を鳴らし始めた端末を、ナナハはあわてふためいてオフにする。間違いない。端末はタブンネと少女の持つ石に反応したのだ。
 ナナハは端末をバッグにしまって、二人に向き直る。
 「あ、あの! ええと、急にごめんなさい! 今、メガシンカしてたのって、あなたのタブンネさんですよね」
 「はい! 私はリコリー、こちらはパートナーのプリムラです。こっちはヒルタさんとネイティさん!」
 「こ、こんにちは」
 タブンネを連れた少女――リコリーが微笑み、ネイティを連れた女性――ヒルタが一礼する。
 リコリーの名前を聞いたナナハは、ぴゃっと肩を跳ねさせた。
 「リ、リコリーさん!? って、あの、パフォーマーの……!?」
 「はい! もしかして、私のことご存知ですか?」
 「ははは、はい! あのあの、私、パフォーマーではないんですけど、トライポカロン大好きで、ずっと大会を観てて……! リコリーさんのパフォーマンスも大好きです!」
 すっかり声が裏返っているナナハ。リコリーはニコニコと花のような笑顔で、
「ありがとうございます!」
と返してくれた。
 ナナハはしどろもどろになりながら、何とか話を戻す。ぺこりと頭を下げた。
 「は、初めまして! 私、ナナハといいます。メガシンカの研究をしてます!」
 「メガシンカの?」
 「はい!」
 リコリーの問い返しに、ナナハは勢い良く顔を上げる。
 「リコリーさん、あの、突然ですみません! 私、トレーナーさんとポケモンさんに、メガシンカの話を聞きたくてこのお祭りに来たんです。人とポケモンの絆とメガシンカの関係を調べてて、それで、えっと……」
 ナナハの舌がもつれてきた。それにつれて不安が心に広がってくる。リコリーにこちらの伝えたいことが伝わっているだろうか、迷惑になっていないだろうか……。
 心臓が早鐘を打ち出したその時、
 コン
 温かい尻尾が一本、右足をくるりと包む感触がした。
 その途端、ナナハの心臓が落ち着きを見せる。
 「……それで、リコリーさんとプリムラさんにもお話を聞きたいんです。いつ、どうしてメガシンカできるようになったのか。おふたりの絆の話、聞かせて頂けたら、嬉しいです。もちろん無理にとは言いません。おふたりさえよければ、お願いします」
 不思議なほどすらすらと言葉が出てきた。ナナハはリコリー達に向かって、今度はゆったりと、かつ深くしっかりお辞儀する。
 下げた目線の先で、ろくたと目が合った。ありがとう、と唇の動きだけで伝えると、彼は視線を逸らして尻尾を揺らした。
 パートナーに対して素直にならないろくたの目も、七年前と大差がない。

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