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狂喜の火竜

 ぐるぐる、ざぷざぷ。海の表面が渦巻いて白く波を立てる。
 その様子を、ホォロンはシャオロンの背に乗って海面の少し上空からじっと見ていた。かわいいリザードンはゆったりと翼をはためかせ、潮風に乗って宙を漂う。本日のラーン湾の天気はやや曇り。灰色の雲が空を覆っているせいで、海も美しいオーシャンブルーとは言い難い色だが、時間としてはまだ太陽が昇っているので、周りの景色も少し離れたところにあるフリングホルニもなんとか見える状態だ。
 やがてホォロンは海の一点に視線を留め、その炎色の瞳の瞳孔をすうと開けた。
 「……あったヨ。シャオロン、『ぼうふう』」
 指示を聞き届けた竜は、その瞬間穏やかな翼を一転して翻し、ぐわりと海に向かって強く羽ばたいた。
 ザン!
 シャオロンの生みだした暴風は、潮水を巻き上げて高く昇る。まるで渦潮ごと空に切り取ったようだ。飛散する水の粒の中に、何か岩の塊のようなものが混じっていた。
 「よっと」
 ホォロンは、技の効果が薄れて弱くなりつつある風の中に手を突っ込んだ。重力に従って落ちてくるそれをキャッチする。ずしんとそこそこ重い衝撃を与えてくる岩は、『ねがいのかたまり』と呼ばれるもので、ホォロン達が探していたものだ。
 右手の中に収まった岩をまじまじ眺めて、ホォロンは首を傾げた。
 「これか、ボスが集めてるモノ。どう見てもただの石じゃん。何で欲しいんだろ。これも腕輪になんのかな」
 呟くホォロンの右手首には赤いリストバンドが嵌まっている。赤い光が夜空じゅうに降った日に拾った石を、先日フリングホルニの内部で加工させたのだ。細かい説明は面倒なので聞いていないが、これを使えばメガシンカ、Zワザ、そしてキョダイマックスがすべてできるようになるらしい。
 だが、リストバンドを作る時に使った石と今拾った岩の塊とは、同じものに見えない。この岩塊の使い道は、ホォロンにはよくわからなかった。
 「まあいいや。とにかく世界を終わらすのに要るんでしょ。もっと探そ、シャオロン」
 岩の塊をポンポン手の中で跳ねて遊ばせながら、ホォロンが言った時だった。
 「そういうこと、あんまり大っぴらに言わない方がいいんじゃないか」
 後ろの方から人間の声が飛んできた。滞空をシャオロンに任せたままホォロンが振り向くと、黒髪をなびかせた男が一人、ライドポケモンに乗ってこちらを赤い瞳で見ている。
 「首元も申し訳程度に隠してるって感じだな。すぐに見てわかる」
 「? お前ダレ?」
 尋ねるホォロンの隣に、男はポケモンを動かして留まる。傍らではヒノヤコマが忙しなく羽ばたいていた。
 「お前と同じ目的で、同じものを集めてる奴だよ」
 「ん? ……あ、ラグナロクってコト、ぶっ」
 「だから、軽率に言うな」
 あっさり組織の名前を口に出したホォロンの顔にヒノヤコマが突っ込んできた。
 「何! 何で言っちゃダメなの⁉」
 「考えればわかるだろ、普通。俺達の活動はまだ世間に明かされてないんだ。勝手に暴露する奴があるか」
 「ええ? 何で秘密なの?」
 「……お前、そんなこともわからないのか?」
 男が半ば呆れたように眉をひそめる。対するホォロンも唇を尖らせた。
 「ワカンナイ。別に悪いコトしてるわけじゃないヨ」
 「お前……」
 男が口を開きかけた時だった。
 「なあ、そこの人達! 悪いんだけど手伝ってくれないか!」
 今度は前方からホエルコが泳いできた。よく見ると、その上に深緑色の髪をした少年が乗って手を振っている。声を掛けてきたのは彼のようだ。
 「調査に来てる人達だろ? 巣穴を見つけてさ。一緒に入ってくれる人を探してるんだ。俺はテオ、よろしくな」
 少年――テオは人の好さそうな明るい笑顔で話す。彼の言葉には、黒髪の男が反応した。
 「巣穴の調査か? それだと一人足りないだろう」
 「大丈夫、この人もいるから」
 そう言ってテオがホエルコごと背面を見せるように向きを変える。後ろにいたのは、カイオーガの覆面を被った青いコートの人物だった。
 「ヤバ~」
ホォロンが見た感想を率直に述べたのと同時に、
 「お前達! 先程からコソコソ話していたのを見ていたぞ!」
覆面がびしっとホォロン達を指差す。
 「怪しいな、お前達もしやラグナロクだろう!」
 「ハ? そうだけ、ぶっ」
 「失礼、埃が。バーガンディ、取ってやれ」
 ホォロンが「そうだけど、それが何?」と言おうとした瞬間、ヒノヤコマが突っ込んできた。本日二回目、三分ぶりである。
 覆面はホォロン達の様子を観察しているようだったが、テオの方は覆面に溜息をついた。
 「だから、一番怪しい見た目してんのはあんただって言ってんじゃん」
 「オ、オレは覆面を外しただろう⁉」
 怪しい、怪しくないの攻防を繰り広げる覆面と少年。一方、ホォロンもようやくヒノヤコマを引き剝がして男に歯を剥いた。
 「何すんだヨ!」
 「お前、さっきの話もう忘れたのか? あっさり素性を明かすな」
 「ええ~、だからそれが何で⁉」
 「もう後回しだ。まずはこっちをどうにかする」
 男は手をひらひら振ってホォロンを煙に巻き、少年達に向き直る。
 「わかった、これで巣穴調査に必要な人数はいるんだな。巣穴はどこにあるんだ」
 「あ、こっち! ありがとう、よろしくな」
 巣穴の場所を聞かれた少年が、ぱっと顔を明るくする。手招きしながらホエルコを進ませる後ろ姿を見て、ホォロンは顔をしかめた。
 「え~、オレ達も行くの?」
 「巣穴で『ねがいのかたまり』が回収できるかもしれない。それに、この流れでは協力しない方が不自然だ」
 「は~? そんなにコソコソしてやんないとダメなの、ラグナ、ぶっ」
 本日三回目、一分ぶりのヒノヤコマ。手をばたばた振って小鳥を追い返し、ホォロンは溜息をついた。
 ――ワカンナイ。何で悪いコトしてないのに、コソコソしないとなんないの?
 めんどくさ、早く終わんないかな。この仕事も、この世界も。


 少年達に導かれて潜った巣穴は、ひやりと冷たい空気に満ちていた。出入口から差し込む光はわずかで、中が薄暗い。それでも、独特に発光する紫色の煙とポケモンが、ゆったりと蠢くのがわかった。
 大きな爪は鋼鉄製の舟のよう。黒い毛並みは一本一本の流れがわかる。黄色い瞳がピカッと光って、そのポケモンは唸るように啼いた。本来「ほえる」を覚えないはずのポケモンだが、あまりに体が大きいので、その唸り声もまるで咆哮だ。
 「ニューラか」
 「うわ、デッケエ……!」
 ポケモンの正体を見破る覆面に、素直に感想を口に出すテオ。黒髪の男はいつの間にかヒノヤコマをボールに戻し、代わりに赤いアブソルを足元に従えている。
 ホォロンは、対峙するニューラの巨体を見てぞくりと背中に電流が走る感覚を覚えた。
 ――これ、オレの夢の!
 ホォロンの脳裏に、子どもの頃から見ている夢が浮かぶ。巨大な竜が、世界を焼き尽くす美しい夢。今のニューラの大きさは、夢の中のシャオロンと同じくらいだ。
 ――いいな!
 ホォロンの目がきらきら輝く。夢の中の光景は、やはり現実になりうるのだ。その証拠を目の前にして、ホォロンはどきどきと心臓を高鳴らせ、唇を持ち上げた。
 「相手はダイマックスしているが、どうする。誰か行くか」
 「オレ! オレ達がやる!」
 覆面の問いに、噛みつくように手を挙げるホォロン。そのまま他の二人が何か言う前に、順番を取られてたまるかと、シャオロンのボールを取り出した。
 「シャオロン、アレ、オレ達もやろう! オレ達の式の練習しヨ!」
 嬉々として叫ぶと、ホォロンの赤いリストバンドから、ニューラが放つものと同じ紫色の光の粒子が現れた。溢れるように放出されて、シャオロンのボールに吸い込まれる。すると粒子を吸ったボールは、一段、また一段と大きさを増した。掌サイズから、さらに大きく。ホォロンは両手でボールを支える。
 「シャオロン、オマエのあのキレイな姿が見られるんだネ。嬉しい、シャオロン」
 思わず、紫の粒子をかき分けてボールに唇を寄せる。歓喜のあまり震える腕を無理やり抑え込みながら、ホォロンは牙を剥いて笑い、思い切りボールを投げた。
 現れたのは、巨大な火の竜。身体すべてが燃えるように輝き、翼はもはや紅蓮の炎そのものだ。冷えていた空気の温度が一気に高まる。ホォロンの瞳孔は完全に開いていた。
 「あ、あは、キャハハハハ! シャオロン、シャオロン! 我爱你!」
 「おい、集中しろよ! 来るぞ!」
 はしゃぐホォロンにテオが声を掛ける。ニューラの方は爪を振り上げ、今にもこちらに叩き落としてきそうな構えを取っていた。
 ホォロンは大声で笑い、見開いた目でシャオロンの方だけを向いたまま、両手を愛しい竜に挙げた。
 「シャオロン、シャオロン! 見せてやろうヨ、オマエのキレイな火、もっと、もっとさぁ!」
 キョダイリザードンは炎の翼をはためかせる。一度羽ばたくだけで熱風が巻き起こった。炎の翼は嵐のように勢いを増して翻り、やがてその身から離れる。
 ホォロンはそこでやっとぐるりと首を捻り、その翼を飛んで行く先へ見送った。
 「キャハハハハ! シャオロン、『キョダイゴクエン』‼」

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