能天気の決意
お借りしました:イオちゃん、スピネル君、カイヤ君、孤太狼ちゃん、セツナ君、リク君、クレーネちゃん、(以下名前のみ)ウルク君
それは、風を切る音の中に混じって聴こえてきた。
ウオオオーー……ン
「! イオちゃん、今の聴こえた!?」
「ええ……! 今のは、遠吠えやろか……」
隣を走る青紫色の髪の女性――イオちゃんに確認すれば、彼女の耳にも同じ声が聴こえたという。俺の空耳ではなかった。
俺達は今、自分達のパートナーを追いかけている。俺のパートナー、こんこと、イオちゃんのパートナー、スピネル君が、突然同時に走り出したのだ。四ツ足のポケモン2匹は、俺達の制止の声も聞かない。俺達は何とか彼らを見失うまいとするので精一杯だ。とっくに祭りの会場を抜け、今、俺達は町外れの森の中を走っていた。
遠吠えの声もパートナー達の足を止めるきっかけにはならなかった。むしろ、その足をもっと速めている気がする。
「ユキヤはん……!もしかしてあの子たち、遠吠えの声の方に走っとるんや……?」
イオちゃんに言われてハッとした。確かにそうだ。
「こんこ! この先に何かいるのか!?」
こーん!
前を走る氷色のパートナーに呼びかけると、そこでこんこは、走り出して初めて俺の声に返事をした。言葉が通じなくたって雰囲気で伝わる。肯定の意だ。しかも、その声音に焦りが混じっている。
一体何が、誰がいるのか……そんな疑問が浮かんできた瞬間。
突然視界が開け、俺達は森の空き地に出た。
一瞬、誰が誰なのかわからなかった。
同じ7年前の姿しか記憶していなくても、ウルクのことはすぐわかったのに。
その差は、再会の場の雰囲気が生んだのだろうか――だって、彼らがこんな光景を造り出しているなんて、7年前では信じられなかったから。
空き地には2人の青年、1人の女性、それにポケモンが何匹かいた。
片や蒼い髪の長身の青年。紅いルガルガンを、ギルガルドと蒼いルガルガンで押さえつけている。彼らを前にしているのは紅い髪をしたスーツ姿の青年。
そして蒼と紅を挟んで俺達の向かいに、アシレーヌとヘルガーを前にした、緑と黄色の瞳の女性が何かを抱えている――彼女を見て、俺の心臓がひっくり返った。
「……クレーネちゃん?」
忘れるはずもない。彼女は、7年前にバトル大会で俺が唯一戦った相手。俺が……俺が初めて、綺麗だって思った女の子だ。
最初から空き地にいた3人は、それぞれの驚いた表情でこちらを向く。同時に、
「カイちゃん!?何してはるん!?」
イオちゃんが悲鳴のような声を上げた。
「えっ、カイヤ…!?」
「……イオ、何で来はった。それにあんさん…ユキヤか」
果たしてイオちゃんが呼んだ通り、蒼い青年はカイヤだった。ずいぶんデカくなったなあ、なんて能天気に考えたのもつかの間、俺はイオちゃんの悲鳴の真意に気づく。彼の肩口から血が滴っていた。
「カイヤ!お前、ケガしてるのか!?ルガルガンから離れろ、お前…!」
「ユキヤの言う通りだ。リクを放せよ、カイヤ」
その時紅い青年が口を開いた。俺は、その言葉に雷のような衝撃を覚える。
「……セツナ!?お前、セツナなのか!?じゃあ、この紅いルガルガンは、リク君…!?」
そう、彼の名はセツナだ。パートナーのリク君がこんこに話しかけてきてくれて、それでトレーナーの俺達も知り合ったのだ。
セツナは笑って手を振ってみせる。
「よおユキヤ、イオ、久しぶり!こんなとこで会うなんてな!」
7年前と同じように、屈託なく明るいセツナの笑顔は、しかしこの場の空気には恐ろしいほどそぐわない。奇妙な違和感に背筋がぞくりとした。
「セツナ、お前ら……こんなとこで何してんだよ?」
「……別に、ただのポケモンバトルだよ」
「馬鹿野郎!ただのバトルでヒトがケガするか!」
「お喋りはそこまでや」
俺の言葉を遮ったのはカイヤだった。
「…ユキヤ、あんさんはイオ連れて戻りや。祭りに」
短く静かに、でもハッキリと聞き取れる低い声。
俺がセリフの意味を理解するより先に、イオちゃんが叫んだ。
「……そないなことでけるわけない!カイちゃん、血ィ出とるもん!放っておけへん!」
こんこん!
彼女の言葉に続いたのはこんこだった。こんこは2体のルガルガンに向かって呼びかけるように鳴く。
……そっか、彼らも進化したのか。紅い狼はリク君で、蒼い狼はこたろう君か。どっちともこんこは仲良くしてもらってた。こんこも2体を心配してるんだ。
……しかし。2体は、ちろりとこんこを見ただけで、視線を戻してしまった。
こん!こーん!
無視された勝ち気な妹分が怒り出す……が、スピネル君が諌めるように、こんこの脇に寄る。
「……こんなん大したことない。俺はセツナと話があるから、2人は祭りに戻っとくれやす」
氷狐が黙ったのを見て、カイヤが俺を見て言った。イオちゃんがカイヤを、こんこがこたろう君とリク君を心配して感情を高ぶらせている今、彼女達を連れられるのは俺だからだろう。
……でも。
友達本人から頼まれたって、思い描いていた形とは違う再会に混乱していたって。
「いくら俺が能天気だからって、友達がケガしてるトコ見てただで引き下がれるかよ!俺も戻らないぞ、カイヤ!」
俺は宣誓のように言い、むしろ1歩を踏み出してみせた。
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