熱砂の商人
「ナジュームいる? いた」
地底の国にある友人の工房に入るなり、アッスーナは口を開いた。来客に顔を上げたナジュームが「アッスーナか」と商人の姿を確認する。
「どうした、何か入り用か」
「ん~、まあせっかく来たし何か持って行かせてよ。あと宣伝されたからそれを流しに来た」
「宣伝? 何の」
「劇団」
アッスーナは勝手知ったるとばかりに工房の端にあった椅子に腰掛け、両手を広げて朗々と語りだす。
「『さあさあ皆様お立合い! 六国を渡り歩いて幾星霜、喜劇も悲劇もお任せあれ。劇団【フラク】の地底の国公演。一期一会のこの機会、親も子も連れ伴侶も連れて、とくと名演御覧じろ』……とのこと。今外で呼び込みやっててさ、なんかそんな感じのことを言われたんだよね」
「よく覚えているな」
「だいたいはオイラのアドリブだからネ」
「おい」
ナジュームが声のトーンを下げると、アッスーナはニシシと笑った。
「お前もお連れさんと観てきたら? フラクの評判はあちこちでも聞くぜ。ラブストーリーなんか観れたらご利益もらえるんじゃないの」
「演劇のご利益って何だ。というか、お前は実際に目にしたわけじゃないのか」
友人の何気ない一言に、アッスーナの肩がぴくりと動く。よく回る口が、「あーね」と寸の間動きを緩めた。
「オイラあんまり好きじゃないんだよねェ」
「演劇がか?」
「劇っていうか、役者」
ナジュームは驚いた風で微かに目を見開く。
「意外だな。苦手な俳優がいるということか?」
「……アー、ううん、そうじゃなくて。役者って職がヤダ」
「……? なぜ」
「オイラのカネに関わらないから」
アッスーナはべえと舌を出した。
「農夫も漁夫も食い物を売り物にしてる、お前みたいに職人は作ったものを売ってる。そんでオイラは商人として、お前らと客を繋いでカネをもらってるでしょ? でも役者からは何も買えない、だってアイツらはアイツら自身の顔と演技が売り物だから。オイラに売れないものをアイツらだけで売ってるなんてズルいと思わない?」
商人の身勝手な持論を聞いたナジュームは、呆れた顔をした。
「お前、本当に自分が儲けることしか頭にないな」
「なはは、商人にとってお褒めの言葉ありがとう~! お前のコトは大好きだよ♡」
「職人だからか?」
「よくお話を聞いておいでで♡」
わざと両手を組んでしなを作るアッスーナに、ナジュームは溜息をこぼす。
「その苦手な役者の宣伝を、よくお前が無償で引き受けたな」
「まあ、呼び込み自体はタダだから。タダで聞いたもんをタダでダチに話したところで損得ゼロだし。別にあちらさんの商売邪魔してやろうって気はないからネ」
「そういうものか……」
――地底の国でそんな会話を友人としたのが、数か月前のこと。
ところ変わって、ここは熱砂の国のとある都市。アッスーナは市場の一画に座り込み、各国を巡り歩いて得た品々を絨毯の上に広げていた。活気のある周囲の売り文句に負けじと、彼も唇と喉をフル稼働させる。
「さァさァ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 上は天空下は地底、北は氷雪南は熱砂、深緑の森超え水鏡の海超え、手に入れてきた名品珍品のお出ましだよ!」
ぞろぞろと露店を見て回る観光客や住人を相手に、誰へともなく喋りかける。すると通りがかった女性が一人、アッスーナの絨毯の隅を見て歩を止めた。まるで深海の底のように黒い髪と黒い服。対して肌は真っ白で、瞳は黄緑色に光っている。彼女の目に留まっているのは、どうやら地底の国で仕入れた、彼女の目と同じ色の宝石の欠片らしい。この好機逃してたまるかと、アッスーナの目も光る。
「やァお姉さんお目が高い! こちらの宝石はそんじょそこらの石とは違うよ、何せ地底の国のドワーフから譲ってもらったんだからね。ルースのままでも加工しても美しい、お姉さんの瞳にもピッタリだ」
女性は商人と目を合わせると、黒い歯を見せてくつくつ笑った。
「面白い売り文句、喜劇的だね。手に取ってみても?」
「もちろん、どうぞ」
彼女がついと屈むことで顔がよく見えるようになり、そこでアッスーナはあれと内心首を傾げた。何だか彼女の顔を、以前どこかで見かけた気がする。
商人の疑問をよそに、女性は陽光を受けてキラキラ輝く若葉色の宝石を見て、負けないくらい目を輝かせた。
「ああ、いい色だ! 衣装係に使わせよう」
彼女の言葉で、アッスーナはすぐにピンときた。喜劇的、衣装係という言い回し。高い身丈に漆黒の髪と八本の脚。どこかで見たと思ったら、数か月前の地底の国だ。そう、ナジュームに勧めた劇団の、呼び込みの輪の中に花形の役者として彼女は立っていた。名前まではさすがに憶えていないが、確かに目の前の女性とあの時の女優は同一人物だった。
「ねえ、これはいくらかかる?」
思いの外購入を即決したらしい彼女が、アッスーナに顔を向ける。記憶を呼び覚ますのに気を取られたアッスーナは、一瞬返答に詰まった。
「え? あ、ああ。そうだね、そいつはこれくらいかな」
指で示した金額を見て、女性はにっこりと笑う。さすが役者、表情の造形が一流だ。
「わかった、少し取り置かせて。一座の財布持ちに掛け合ってくるよ」
「……ええ、お客さん。お待ちしてますよ」
アッスーナは何とかいつもの営業スマイルを保ちながら、不思議な気持ちで話を続ける。苦手だなんだとぼやいていたはずの役者相手に、まさか商売する日が来ようとは。いや、役者とてこの世界に生きるヒトなのだから、商売に決して関わらないというはずはないのだが。
――なァんだ。思ってたよりイイ奴らかも。
にっこり笑った顔の裏で、アッスーナは現金な自分を嗤った。
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