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普通になりたいんじゃなくて安心したかったことに気づいた話

3月に自問自答ファッション教室を受講してからもずっと考え続けていたことがあり、ここ数日でその答えが出た気がするためnoteに記すことにします。

ここから先の話は人によってはショックを受ける内容かもしれません。
体調や気分が良くない方は読まないでください。
また、震災や体罰、コロナ禍についての描写が少しありますので苦手な方は注意してください。

結論だけ知りたいんじゃという方は目次から「マルジェラの香水買ったった」まで飛んでくださいね。

今、自分がパンイチだとしたら?

突然の例え話ですみませんが想像してみてください。
真冬にパンイチ(パンツ一枚しか身に着けてない状態)で外に放り出されたら、とりあえず何でもいいから長袖長ズボンのあたたかい服がほしいですよね!

ここで思い出してほしいのが、あきやさんのファッションの5段階欲求説。

詳しく知りたい方はぜひこの本を読んでみてくださいね👍


マズローの5段階欲求

これをパンイチからスタートして欲しい服をもらうとしたら?という設定に当てはめて考えてみますね。

①生理的欲求→どこで売っているかわからないような柄も色もダサくて調和していない長袖と長ズボン。ちゃんとあったかいけれどおしゃれには程遠いし、長く着られるようなものではない。

〜中略〜

⑤自己実現欲求→値段やデザインに関係なく好きな服を何枚でも選べ、質もよく、自分にとって最高に快適でおしゃれで気分良く過ごせるコーディネート。着痩せしてスタイルがよく見えるし柄も色も綺麗。もちろんあったかいし長く着られそう。

※あきやさんの本にはこんな変な例えは載っていません!もっとわかりやすく書いてくれています!


それにしても、一番下と一番上ではこんなに差がありますね。

その世界で私はずっと一番下の①生理的欲求の段階にいました。

子供の頃、様々な理由があり自分が着たいと思える服を選べませんでした。
それはスカートかズボンかという段階ですそんならなく、とりあえず上下の服は着ているけれど上下とも変な柄だったし、着ているけれどあたたかさが足りなくてずっと冬は寒く夏は暑いという状態でした。

家族もそんな状態だったので、それが普通なのだと思っていました。
せめてあたたかさが外の気温と合っていて、変な色や柄ではないものを着たいと思っていましたが、それを口に出すとワガママだと受け取られてしまうためずっと我慢していました。

おしゃれにはずっと興味がありました。
おしゃれだね、可愛いねと言われたいと思っていました。
でも、私にはそれ以前の安心と安全が足りていなかったのです。


今、私は病気のため働いていないのですがありがたいことに夫が私を支えてくれていて、安心と安全を提供してくれています。
先の冬は冷え性の私のためにこたつを買ってくれました。ヒートテックも、裏起毛のタイツも買ってもらえました。
それだけやっても寒くなってしまったら、エアコンも自由につけていいしあつあつのココアも飲めます。

本当にありがたいことですよね。
それを当たり前と思ってはいけないことは理解していますから、夫には感謝の気持ちを逐一伝えるようにしていますし、一日も早く自分のものは自分で買うことができるよう病気の治療を頑張っています。


そんな不憫な幼い頃の私が生理的欲求の段階にいたのは、衣服のことだけではありません。

私は生まれつきたくさんの物にアレルギーがあり、代表的な食品だと卵・牛乳・小麦・大豆・米が食べられませんでした。
幸い米は幼稚園ぐらいから毎日食べても大丈夫になったのですが、小学生ぐらいまでは他にも食べられない食品が多く(トマトやナス、ほうれん草、牛肉や鶏肉など)、母は毎日の食事作りに悩んでいました。

私は学校給食を人生で一度も食べたことがありません。
私は今年35歳になるのですが、私が小学校に入学する前に母が学校の先生と相談してくれてアレルギーに対応した給食を作ろうかと提案もしてもらったそうです。(30年前のことだし田舎だったので前例がなかった)

しかし卵や小麦など比較的多くの人がアレルギーを持つ食品以外でも私の体はすぐアレルギー症状を出してしまい、何だったら安心して食べられるのかがわからなかったためそれを辞退して私はずっとお弁当を持参して通学していました。
高校以降はお弁当か学食だったので、小学校と中学校の間はずっと給食を食べるクラスメイトの中で1人お弁当を食べていました。

普通になりたいなぁ。
別に豪華な食事を毎日食べたいわけじゃないけど、みんなと同じものを食べて「美味しいね」と言ってみたかったのです。

でも、毎日お弁当を作ってくれる母に申し訳ないからそんなことは言えないし思ってもいけないと隠し続けて、いつしか自分でもそんなことは忘れてしまっていました。

だって学校の先生や周りの子が「お母さんのお弁当ありがたいね。お母さん頑張っててすごいね」って言うんだもん。(実際母のご飯はとても美味しいですし、料理上手な親がいてありがたいと感謝しているのは本当なんですよ)

でも、そんな感じで私は自分の欲求を隠すことが日常的になってしまいました。
そして、普通じゃない自分がダメなんだと思うようになりました。

だって、私がアレルギー体質じゃなければ母は毎日お弁当なんて作らなくていいわけですから。
食べられないものが多すぎて食費がかかってしまうから、お洋服だって安売りのものしか買えないし。

そして私が幼稚園年長で卒園目前のときに近くで阪神大震災が起こりました。
被災地の様子を伝えるテレビを見ていて、そのときの私はふと思ったのです。
避難所のご飯、私が食べられるものがほとんどないのでは?
母にそう言うと、「うん、ほとんど食べられないね。でも大丈夫なように食べ物を準備してるから、大地震が来たらお母さんがそれを持って避難するよ」と返されました。

いや無理でしょと思いました。
家がバラバラに壊れちゃったら防災リュックとかでも持っていけるかわからないのに食べ物なんて無理でしょと。

そのとき私は生まれて初めて、自分は家族の邪魔者なんだと思ってしまったのです。
両親が死んだら幼い私は生きていけない。
逆に私が死んだら両親の負担は減る。
私はいないほうがいいんだ。

成長するにつれて病院代と食費がかかる私がいるだけで他の家庭よりもお金がかかるとわかってしまい、ますます私は家族の中で肩身が狭くなってしまいます。
父がすごくモラハラ&カジュアルに体罰もする人だったため尚更そう考えるようになってしまいました。

大学生の頃ようやくほとんど全ての食品を食べられるようになり、6年前に夫と暮らすために上京して私は自由になり、はっちゃけました。
ずっと田舎に住んでいたため、東京はたくさん素敵なものを売っていて何でも経験できて毎日楽しかったです。
でも、どこか満たされない部分もありました。

そんな日々を過ごしていたら、疫病が流行り始めました。
流行り始めてすぐの頃、マスクどころかティッシュやトイレットペーパーまで品薄になったことがありましたよね。オイルショックと同じだ!なんて言いながら私も近所のドラッグストアの開店前に行列に並んで買っていたのですが。

何とか買えたトイレットペーパーを抱えて歩きながら、私は考えていました。
その日買えたトイレットペーパーはいつも使っているスコッティのダブルではないものでした。
何でもいいからとりあえず買えてよかったけれど、好きな銘柄を選べた日々はもう二度と帰ってこないかもしれない。

そう思うと私はとても怖くなってしまったのです。

食べたいものを食べられず、着たい服も着られず、父親のモラハラに怯える日々を鮮明に思い出してしまい、そこから私は少しずつおかしくなっていきました。

そしてその後ほかにも色々なことがあり、私はベッドから起き上がれずほぼ寝たきりのような状態になってしまいました。
幸いゆっくり休息させてもらうことができ、合う薬も見つかったので回復しましたが、今度は薬の副作用で体がおかしくなってしまいそれをどうにかするためにヨガに通い始めました。

そこで初めて、自分の心身を大切にいたわるということを学びました。
私にとって自分の体はいつもポンコツで思い通りに動かない憎むべき対象だったので、大切にするという発想がありませんでした。

そして自分を毎日丁寧にケアする日々の中でイメコンと自問自答ファッションに出会い、自分を知ることの大切さにも気づきます。

そして先日のあきやさんの講演会での、アウトプットのお話です。

まずは出さないと、何も入れられない。
循環させることはファッションにも健康にも、大切なことなんですよね。


自分が何に対して快適だと感じるのか。
何が好きなのか。
そして、そういうことを考える以前に安全で健康に暮らせているか。

選べない環境に30年近くいたため、我慢をすることが当たり前になっていました。
我慢をしている自覚もありませんでした。
我慢していると自覚してしまうと、耐えられなくなってしまうから。

○○したいという願望を持ってもほとんどが実行できませんでした。
体が悪いから、お金がないから、他にも様々なのっぴきならない理由があったから。

だから、そんなふうに何かをやってみたいという願望を持つこと自体を禁じていました。
自分は欲張りでワガママな人間なんだと思って過ごしてきました。

人生を楽しむなんて贅沢。
生きることは修行であり苦行なのである。
修行僧の姿に自分を重ね合わせていました。

だからずっと生きることを放棄したかったのです。
生きることに疲れた、それがアラサーの頃の私の口癖でした。


夫に出会い、私とヨボヨボの老人になるまでずっと楽しく過ごしたいと言ってもらえてとても嬉しかったです。
でもそれは私のパンドラの箱を開けてしまう鍵でもあったのです。
少しずつ願望を口に出し実際に叶えてもらったら、幼かった頃の自分が「なんで!?最近贅沢しすぎだよ!」と怒ってくるのです。

この数年間の苦しみはそんなパンドラの箱から出てくる感情や思い出のデトックスだったのでしょう。


ここまで書いて、ガンジス川に死体を流してしまったなぁと思いました。
このままお蔵入りにしようかなと一瞬悩みました。
でも、上記のように苦しみながら、いつの間にか苦しいという感情を捨ててしまうぐらい毎日頑張っていたことをガンジス川の死体に例えてしまうのは過去の私にとってめちゃくちゃ失礼なのではないかとも思うんです。

せめてこれを書いた自分だけは、頑張っていた過去の自分を褒めてあげたいです。

辛い描写に苦しくなってしまったらごめんなさい。
でも、こういう思いをしてきた人もいると知って欲しいです。
現代の日本人は恵まれていると言われがちですが、それでも衣食住が不足していた人もいるし、ここ数年は貧困層に属する人もかなり増えてきました。
私はそんな問題について興味があります。
実際今の自分にはそれについて何か行動できるほど元気がないので書くことしかできませんが…

これを読んだ人に何かしてくれとは言いません。健康で裕福な人にも悩みは絶対あるし、自問自答ガールズはみんな一生懸命に生きていますから自分に集中してほしい。(貧乏って意味じゃないよ)
でも、そういう人もいるということだけ知っておいてほしいのです。


というわけでやっと本題なのですが(遅い)、そんな過去の経験や気持ちを込めたお守りを手に入れました!

マルジェラの香水買ったった


というわけで本題です!前置きが長すぎだね!

先日、メゾンマルジェラの香水「When The Rain Stops」を買いましたー!!!

ガールズのいろんな人たちがフエギアで自分にピッタリな香水を手に入れているのを見ていて、私もフエギアに一度行ってみたんです。
他にもバイレード、エスティローダーの店舗限定商品なども試しました。
コスメボックスをひっくり返したらシャネルやディオールのミニボトルも持っていたし、ノーズショップの香りのDM便も試しました。

試したものは全部いい香りでした。笑


その中から自分を表現するなら?どんな自分になりたい?など考えを深めていって辿り着いたのが、「やまない雨はない」ということを表すマルジェラのこの香水だったのです。


ある日、夫が最近参考にしているというファッションユーチューバーの宮永えいとさんの動画を見せてくれました。

メゾンマルジェラの香水ショップにて店員さんが好きなイメージの話を聞きながら香水を一緒に選んでくれるという神サービスの紹介動画です。

マルジェラのフレグランスはそれぞれの香りにイメージ画像のポラロイド写真があって、好きな雰囲気を選ぶのが容易なのだそうです。

面白そうだなと素直に思ったので、お店の近くを通ったとき時間があったら行ってみよう!とそのときは話して終わりました。


その数日後、表参道のGYREのマルジェラで夫がお洋服の試着をしました。

実はマルジェラについて私は自問自答ファッションに出会うまで全然知らなかったのですが、知ったときから夫に似合いそうだなぁと思っていたのです。
夫に勧めてみると「えー!?僕そんなモードで難解なの着こなせないよ」なんて言っていたのですが、とりあえずびっくり試着でいいから!と無理矢理連れて行っちゃいました(笑)。
そして黒の開襟シャツを試着させてもらったら、超似合ってる!!!
私が富豪なら即買いレベルで素敵でした。
そう、高すぎて…安西先生、5億円くださいって夫が言ってて笑いました。

そんな大興奮の試着を終え、夫が自分の服に着替えているあいだ店内を見ていたらフレグランスも置いてあることに気づきまして。
私はどの写真が好きかなぁ?と見ていたら、窓から虹が見えている写真に惹かれてテスターを嗅いでみて、雷が落ちてしまったのです⚡


店員さんに品名を控えてもらい、これはちゃんと試さないと!と翌週は松屋銀座のマルジェラのフレグランスのショップへ行きました。
(本当は宮永さんの動画に出てきた原宿のお店が良かったのですが、銀座三越で予約していたコスメを受け取りたかったので)


そしたらまぁ、松屋銀座のショップの店員さんが素晴らしい方だったのです。何と説明すれば伝わるのかな…とりあえず、私たちと非常に相性の良い人だったというか。

私も夫も初対面の人と話すことはできますが、得意ではありません。
めちゃくちゃ人見知りだけど大人だからとりあえず表面上にこやかに応対するよう頑張ってる感じです。

なのにこの店員さんにはすぐに打ち解けてしまい、本音で香りの感想を言うことができたのです。

何種類も香りを紹介していただき、その中でとても良い香りで自分らしいとも感じられたのは、その店員さんが私と話していて感じたことからオススメしてくださったこちら。

清楚なお花の香りにみずみずしいフルーツを足した、女の子らしくありつつも元気な香りです。
よく着るお出かけコーデとの相性が抜群なんですよね。この香水のポラロイドに写っている色味が全く一緒なんです。
ちなみにその日は違う服を着ていたので、店員さんの感じ取る力ってすごいと思いました。

でも、今回はやっぱり自分にとってお守りとなるものが欲しかったのでWhen The Rain Stopsにすることにしました。
これなら夫も一緒に使えるし。


実は夫は香水を使ったことが一度もありませんでした。
だからまず二人で一緒に使える香りを探したかったというのもあるのです。

夫の初香水が、大好きになってしまったマルジェラという!
いつかマルジェラのお洋服もほしいなぁと夫も私もニコニコでした。

ボトルも可愛いね

まだ病気が完全に治った訳ではないし、すぐ不安になってウジウジしてしまう私。
そんなときにこの香水をまとうことで、やまない雨はない!と前向きな気持ちになりたいのです。

お守りに買うものは別に香水でなくてもよくて、最初はアクセサリーにしようかと思っていました。
でも、アクセサリーだと壊れたりなくしたりしたとき立ち直れなさそうだと思って…
あと、落ち込んだときの気分転換のトリガーになるという意味で今の私には香水で良かったのだと思います。

このWhen The Rain Stopsはコロナ禍に発売されたものだそう。
やまない雨はないとマルジェラが世界に伝えてくれたのですね。

また、これは1967年のダブリンをイメージした香りなんです。
1967年にダブリンで何があったのだろう?と調べてみました。

カトリックたちは、1967年、選挙制度や雇用差別に対する公民権運動を起こしますが、デモがユニオニストに攻撃されたのをきっかけに、IRAがカトリック側の自衛組織として復活、プロテスタント側との対立が激化していきます。

https://search-ethnic.com/dublin

ダブリンはアイルランドの街なのですが、アイルランドって本当に大変だったんですね。
アイルランドの人たちには自分たちのアイデンティティを守るためにたくさん戦ってきた歴史があるのです。

貧困問題や社会的弱者の問題などに強く関心を抱く私にぴったりのテーマだったため、この香水がますます好きになってしまいました。

この香水を使い切る頃にはお守りが必要ないぐらい自分に自信を持って快適や好きを選べるようになり、安心して毎日を過ごせるようになっていてほしいものです。
そのためにこれからも自問自答の道を爆走していきたいと思います。


普通になりたかったわけではない

普通に何でも食べられて、普通にのほほんと過ごせるようになりたいなぁとずっと思っていました。
弱者から普通にステップアップしたくて毎日頑張ってきました。
しかし実際にそうなってみると何だか物足りない気分になってしまったんです。

上京してみると私のような人は意外とたくさんいる。
服装も性格も学歴も正規分布の中に余裕で収まっているんですよ。田舎だと浮くのに。

個性出したいなー。
ふとそんなことを思ってイメコン診断を受け、お買い物の計画を立てていたら自問自答ファッションに出会ってしまったんですね。

個性出したいなんて思えるほど、今の私は安全な場所にいて安心できていたということにも気づけたのでした。

最初に書いた5段階欲求だと、今の私は多分社会的欲求までは満たせていそうです。
安全で安心で無難におしゃれに見せることはできてるはず。
そして今、一生懸命に承認欲求の段階にステップアップしようと頑張っているけれど体調の関係でまだしばらく時間がかかりそうなのです。

自己実現欲求を満たせる服を見つけることができたら最高ですが、5段階欲求は階段と違って一段とばしはできません。
生きている間に一番上に辿り着けるかも怪しいですし今後下がってしまうこともあり得るでしょう(加齢とか社会問題とかのせいで)。

それでもそのときの自分に合っている中で一番これがお気に入りなんだ!というお洋服を身につけることで、きっと自分に自信を持つことができ毎日笑顔で過ごせるのです。

それを忘れないように、マルジェラの香水と共に諦めずに生きていこうと決意したのでした。

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