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やりきれない

利用者さんのSさんがここ2日ばかり不安定だ。
同室にいた奥様は、一年ほど前に亡くなられたそうで 奥様が眠ることのないベットを隣に一人で住まわれている。
部屋はやけに広く感じる。
認知症があり、奥様が亡くなったことはおわかりだが、時折「お葬式は明日だったか?」などお尋ねになるので、壁には法要の日時が書かれた紙が貼ってある。
その前には奥様の写真。穏やかな笑顔でこちらを向いておられる。
Sさんは身体がこわばっており、日によって起き上がりや立ち上がり、座ることがかなり辛そうである。

昨日、起きるなり「どうしよう。親戚が借金をしたらしいんだが、助けてやりたいのにお金が全然ないんだ。どうしたらいいんだ。連絡がとりたいんだよ」と泣き出さんばかりで私に言う。
なんと返してよいかわからず、わかりました、施設のほうから連絡してみますからまずは起きて朝ごはんを食べに行きましょう、となだめたが、Sさんはずっと食堂の席についても落ち着かない様子だった。

きょうに至っては、ぎょっとすることがあった。普段から歩行器を使っての移動、しかも見守りが必要な方なのに、お一人で廊下を手すりにつかまりながら歩いているのを発見。
1度目はお昼前、2度目は夕刻である。
1度目はちょうど昼飯のため迎えに行くところで発見したのだが、今が夜なのか昼なのかわからない様子だった。
2度目に見つけたとき慌てて駆け寄り、どうしたのかとたずねると、
「Y子(奥様)が何か言おうとしてたんだ」
「Y子を探しにいく」
と言う。
ああ。Sさんの夢に奥様が出てきたのか。もしくは、奥様のお姿を見たのだろうか。
と悲しい気持ちになり、
「Sさん、奥様は亡くなったんですよ、、、」
と告げると、
「うん。わかってる。わかってるんだ…」
と涙ぐむ。
一緒に居室に戻り、とりあえず座っていただいて新聞やTVを見るのをおすすめしたが、自分はもう上がりの時間をすぎていたため、申し送りだけして帰った。心配で、後ろ髪が引かれた。

あんな綺麗な施設に入って、何も心配などないはずなのに 伴侶を失くすというのはどんなに辛いことなのだろう。
亡くなった奥様は、どんな気持ちでSさんを天から見守っておられるのだろう。
知人が訪ねて来られることもほとんどなく、朝、昼、晩の食事以外、ひがな一日広い部屋に座り またはベットに横たわり ひとりで過ごすなんて、まるで時の牢獄にいるようではないか。

Sさんを見守るスタッフの誰もが、「やりきれない」と言った。
私は帰ってから、涙が止まらなくなった。

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