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「人外聞き屋始めました」  第1話 悲しくなると雨が降る

「悲しいのかい?」
君は私を覗き込んでそう訊ねた.
空は見事な雨模様.
いつの日か私が悲しくなると雨が降るという話が二人の間で定着してきた.それならいっそ砂漠地帯に私を放置して虐めたら世の中のためになるんじゃないかなんて笑いながら話すくらいになった.

それは結構当たっていて,君に逢えないってなっただけで君のいる町だけ雨が降ったりした.
「悲しくなっちゃったんでしょー.」
そういって私をぎぅっと抱きしめる.それだけで少し小雨になってきた...気がした.

君,二階堂クロエは私の大切な人.ずっと友達ではあったんだけどこんな信頼のおける関係になったきっかけは,クロエがボロボロになったあの時だった.私たちは共通の友人のイベントに出るので色々やり取りをしていた最中,
「あーヨツバさんに逢いたい.」
そんなメッセージがぽこんと送られてきた.クロエは可愛い婚約者とラブラブだったはずだったから
「そんな彼女に癒してもらえればいいじゃんよー.」
そんな返しをしたんだけど
「それが問題なんだよねぇ...」
と煮え切らない返事.
何かあったのかな?と思いながら,イベント当日.
普段と変わらないクロエの姿.
「久しぶりー!」
そんな会話をしながら,イベントも終盤に差し掛かった頃,クロエと二人になるタイミングがあった.
「どうしたん?」
「それが...」
「別に彼女に浮気されたとかじゃないんでしょ.」
途端に曇るクロエの表情.
あぁ...なんてこと.
思わず彼のことをぎぅっと抱きしめた.何というわけではなくて,本当に痛々しいクロエを放っておけなかった,ただそれだけだった.
「けどさ,戻ってきてくれたんならいいじゃん.」
そんな気休めの言葉を口にしつつ,その時は離れたけど.
あとから聞くとその時に抱きしめてもらったのが相当心に響いたらしく.良かったのか悪かったのか彼の心の支えにはなったらしい.

それから私たちはいろいろな話をして,クロエの心に空いた穴を少しずつ埋めていって.
あれ,私って穴埋め係にもってこいじゃね?って思ったり.
結局彼女とは別れちゃったみたいだけど,それも一つの経験だから,とクロエは前向きに進んでいる.

それはそうと,問題は私のほうだ.

私はこっそりと地下アイドルを続けているただの歌うたいだ.声楽をやっていた母の影響もあって,歌を歌うのは小さいころから息を吸うようにしていたけど,いつの間にかそれを職業にしたいと思うようになった.とはいえ,アイドルというには年齢もいってるし,歌うたいといってもオリジナルのCDをちょこっと出しているくらいで,ほぼ無名.四ノ宮ヨツバってエゴサーチをしたって出てくるのは自分の呟きくらいで悲しくなるのでしていない.
それでもやっているのはまぁなんというか,ちやほやされる(多分...されているはず!)非日常の体験が忘れられないのと,何より自分の想いを伝えられるから.
誰かに自分の想いを伝えるのは意外と言葉では難しくて.それなのに歌だとすんなり乗っけていけるから不思議だ.

と,そんなことはどうでもよくて(良くないけど),さすがに地下アイドルでは稼げなくて,コンビニバイトと,「聞き屋さん」をやっている.

聞き屋さんって聞くと,某コ〇〇ラさんとか,それこそ路上で,とか.まぁよくあるお悩み相談のような便利屋さんなイメージだけど,私のはちょっと違う.

何が違うかというと相手が全部人外だってことだ.
といっても幽霊とかの類いではなくて,そこらへんの木だったり野良猫ちゃんだったり.人と話すのは苦手だったりするのに,そういう子たちとは意外とよく話せるわけで.
心が読めるわけじゃないので,喋ってくれなければ何も聞こえないんだけど.
いっそのこと幽霊相手です!とか妖怪相手です!といって,そいつらをかっこよく退治する姿を漫画にしてもらったほうがジャンプに載るんじゃないかなんてぼんやり想ったりする.単なる妄想だけど.

そんなものの「聞き屋」を始めて,まぁ稼げるわけではないけれど,人助けに繋がることがよくある.運がよければ迷子の猫ちゃんを見つけて飼い主さんにお礼をしてもらえるとか,よく通行人を見ている樹木に教えてもらって,ひったくり犯を見つけるとか,それで持ち主さんに感謝してご飯を奢ってもらえるとか.
バイトの他にそんなんで食いつないでいる私.

「聞き屋さん」なのはクロエもすこーし気が付いているようで.突然私が何かと会話しだしてもびっくりしなくなっていた.

そんなある日のこと.
いつも日よけで使わせてもらっているポプラの木.彼がぼそっと呟いた.
「このところずっとこの下を同じ時間に通る男の子がいるんだよね.」
「あら...それがどうかした?」
そりゃさ,通学路だったり,塾に行く途中だったりもあるわけじゃないですか!同じ時間に通るとかまぁ普通じゃね?
「それがさ,日によって顔が変わるんだよね.」
まぁ喜怒哀楽もありますからね!楽しい日も悲しい日もあるじゃんよ.
そう想ったけど,彼のいう「顔が変わる」が実はお化けの類いだったらもう太刀打ちできないので,却下.
そう言おうと思ったけど,どうも気になる.
「それってさ,殴られて顔が腫れてるとかそんなやつ?」
今よく聞く虐待か...?とちょっぴりげんなりして聞く.
「いや,多分違う.」
え,違うの?じゃ顔が変わるってなんだよ..変装か?変装癖のあるボーイかよ!突っ込もうかと思ったその時
「あ,あの子...」
囁く声が聞こえたと思ったら,男の子が歩いてきた.
いや,普通じゃん.普通の小学生,いやランドセル背負ってないから中学生かな.
「私には普通にしか見えないよ.ただの人違いとかじゃなくて?」
「んーここに立ってるだけだからよく分からない.」
え,分かんないとか言っちゃう?ここで?
まぁなんというかこの普段無口なポプラくんが話しかけてくるってのはよほど気になるんだろうな.
「分かったよー.じゃちょっと気にして見てみるよー.」
とは言ったものの,それこそ毎日この真っ昼間にここにいるっていうのもなかなか難しい気がする.一応私も社会人だからさ!!(今いるんだし,ただのバイトだろ,とかいう突っ込みはいらないからね!)
んーどうするかなぁ...そんなことを考えながらぼんやり歩いていると
「ちょっと!ヨツバちゃん!」
もう,「ちゃん」とかが似合う年齢じゃないんだよーと思いつつ振り返るとでっかい猫ちゃんがそこに!
「ノムさんじゃん!!元気にしてましたー?」
そう,このノムさんこそが私を聞き屋さんに仕立てた猫のおばちゃんだ.まぁ人間もそうだけどおばちゃんっていうのはよく喋る.そのおかげでいろんな依頼が来ているのは事実だし,お陰で頼ってきてくれる動物さんがいたり,お金になる仕事を持ってきてくれたりするのもこのノムさんのお陰.なので無下にできないんだな,この人,いやこの猫.
「今日はどうしたんですかー?」
「隣のお家のインコが逃げ出しちゃったらしいのよ.ミドリっていう名前の.」
ええぇ....鳥探しは難しいんだよ.だってあいつら飛ぶじゃん.
と心の中で文句を言いながら聞いていると
「なんと見つけたら10万出すって飼い主さんが.」
「はい,やります!」
即答.
まぁそりゃね.人助けとか言っちゃっても結局お金は大事なんですよ.

といったものの,情報も何もない.とりあえずそのミドリちゃんっていうインコの特徴をとりあえず知っておこうか.
ノムさんに連れられて貼り紙のところまでいく.
あら,可愛いセキセイインコ!けどいなくなってもう1か月かぁ...こりゃどこかにもう飛んで行っちゃったか,誰かのお腹の中かどっちかな.
とりあえずスマホを出して貼り紙の写真を撮る.ちゃんと報酬10万円も確認!よし.やる気が出た.
きっとお家の近くにはもういないだろうけど,とりあえずこの辺によくいるスズメとかハトとかいたら聞いてみるかー.そんなことを想いつつぼんやり歩き出す.
そんな時に限ってアイツら飛んでこないんだよねぇ...ってこんな昼間じゃだめか.朝の公園とかかぁ...こんな可愛い(!!)女子が朝の公園徘徊しちゃう?えーけど10万かぁ.
なんてもにょもにょ考えながら歩いているとどこかから声がする.
「ねーちょっと!あんたがヨツバってやつ?」
呼んでおいて人の名前を呼び捨てにするたぁ,いい度胸してんなぁ!
「はい,そうですけど,何でしょうかー?」
と笑顔で振り返る.
心と表情が裏腹すぎて自分でもビビる.
あら,可愛いスコティッシュフォールド!
「動物の聞き屋やってるってのはあなた?」
「あーはい,そうですよー.」
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどいいかしら?」
まぁね,嫌とか言えませんよこんなかわいい子に頼まれたら.
けどどこか影があるなぁ.何か悩みかな?
「もちろんー!じゃその辺でとりあえず座りますかねー?」
と近くの公園に行く.でもこの子って飼い猫ちゃんじゃないのかなぁ.毛並みも綺麗だし,首輪もちゃんとしてる.脱走でもしたのかな.
「聞いてほしいのはさー,うちの飼い主さんのことなんだけどねぇ...」
あ,よくあるやつ!人間批判!
「うん.」
「なんか自分の妹のところの猫とお見合いさせたいんだって,私を!」
「あらら,お見合い!その猫ちゃんのことは知ってるんですか?」
「知らないわよ!だから困ってるんじゃない.」
どの世界も人間関係,いやこの場合は猫間関係か?は大変だなぁ.
「とりあえず一度逢ってみるとかが出来たらいいですよねー.」
「そうなんだけどさ,実は私去勢してるのよ!」
なんと!そんなオチ?
「まぁでもさ,子供を産ませたいっていうだけじゃないかもしれないじゃん.・・・・あれ?飼い主さんが手術したんじゃないの?」
「それが違うのよ...」
お,おぅ.なかなかの展開.
「でもさ,猫飼ったことある人だったら見たら分かるとかないの?」
「んー傷口も綺麗に塞がっちゃったし分からないかも.」
ほら,っておなかを見せてくれる.確かに傷跡とかほとんど分からない.
「そっかぁ.それはさ,お見合いしても子供が出来なかったら飼い主さんを悲しませちゃう,みたいな心配?」
「そう...」
としょんぼり落ち込む猫ちゃん.あぁなんて可哀想に.飼い主さんの気持ちを想えるなんて,とってもいい子ちゃんなのね.
まぁこんな可愛い子の赤ちゃんが見たいっていうのも分かるけどねぇ.
「私拾われた子なのよ.またそれでガッカリさせちゃって捨てられるのは嫌なのよ!」
そりゃ嫌だ.こんな可愛いのに捨てられた過去があるだなんて...だから余計につらいんだね.
「大丈夫,とも言えないけど,赤ちゃんが欲しいっていうだけじゃなくて,仲良しのお友達を作ってあげたいとかかもしれないし.今たくさん可愛がってもらってるんでしょ?」
「うん.」
「じゃ子供が出来ないからって無下に捨てられるとかはないんじゃないかなぁ...」
ちょっと無責任かもしれないけど,聞き屋に出来るのはこのくらいの回答だ.
「そうよねぇ.」
煮え切らない猫ちゃん.
「でもそれって私が言ってもいい話?何か役に立つかなぁ.」
「確かに急に人間が来てこの子去勢してますよって言うのもおかしいわよね.」
「多分ねー.」
「うーん.飼い主さん信じてみようかなぁ.」
「そうだねぇ!上手くいくといいね.」
「ありがとうねー!」
「またどうなったか教えて!相手の猫ちゃんが超タイプかもしれないし!」
「あ,それはそれで素敵!!」
声をかけてきたときに感じた影が表情から少しだけ薄れたような,そんな気がした.

人外の聞き屋なんてたいていこんなもんだ.飼い主の愚痴とか,公園の使い方が悪いだ,ボスみたいな顔してる奴がウザイだなんだ..どの世界も似たような悩みがある.それをみんな口に出せなくてモヤモヤして悪いことしちゃうくらいなら聞きますよ,っていう人がいても良いのかなとは思ってる.
お金にならないけどね!!!(ここ強調!)

あーえぇとなんだっけ.あ,ミドリちゃんか.セキセイインコ.
上手くどこかに拾われてたらいいなぁ.
とりあえず明日の朝に公園徘徊して情報収集かな.

さて次の日の朝.
「あーー眠い.」
横にいるクロエが大きな欠伸をした.
「なんでせっかくの休日にこんな朝早くから公園に来なきゃいけないんだよー.」
「そんなこと言ったって,普段の朝じゃ仕事してるでしょ!」
「そりゃそうですよ!誰かさんみたいにそこら辺のフリーターとは違うよ!」
と胸を張る...一丁前に公務員のクロエ.そう何を隠そう(隠してない)クロエは泣く子も黙る(!?)警察官なのだ.
彼が警察官のおかげで結構役に立つことはある.役に立つとかいうとクロエに便利に使うんじゃない!って怒られそうだけど.
とりあえず女の子が一人で早朝の公園にいるよりよほどいい.それに警察官だけあってこの辺の土地勘はきっと私よりいいはず!
さて仕事だ!

朝の挨拶を交わしていた鳩さんたちにこっそり近づく.
「おはようございますー.ちょっと聞きたいんですが,このあたりでセキセイインコを見たことありません?」
たいていの動植物は驚くことが多いけど,さすが都会の鳩は人慣れをしてる.
「何か食べるものないのー?」
あ,袖の下っすか!ありますあります!
とこっそり持ってきていた鳩の餌をばらまく.
「そんなもの持ち歩いてるんだ!」
とクロエが驚く.まぁ鳥は苦手とはいえ,こんな仕事もあるからねぇ.
「わざわざホームセンターで買っちゃったよ!」
「あんまりあげると癖になるからだめだよ!」
「は,はい.」
いかにももっともらしいことを言われた.そりゃ普通ならあげませんよ!!今日は情報料だから!
「で,何か知ってる?こんな感じの姿なんだけどさ.」
「あーインコねー.この辺では見ないわねぇ.ところでもっとないの?」
「私も知らないわー!」
知らんのかーい!じゃもう袖の下あげないわよ!
「そっかー.ありがとうねー.」
ちぇっ,ばらまき損.結構な値段したのにー!
「でもさー.そのインコが10万っていったいどんなインコなんだよ.1万円なら分かるけど.」
まぁ確かに.
「すごい想い出の鳥とかさ,好きな人にもらったとかさ,誰かの形見とかあるでしょ!金庫の鍵を飲んじゃったとか!」
「まぁそうかもしれないけど.何か気になるなぁ.」
こういうことに関するクロエの勘はなかなかいい.だけどさ,10万ですよ!それがどんな理由であれ,私はお金をもらえたらいいんだ!
「とりあえず飼い主さんに逢ってみたらいいかもね.」
「見つけたら渡す前に逢ってみるとかしてもいいのかも.」
「はいはい.」
過保護な親じゃないんだから..と思いつつ,やっぱり鳥一匹に10万は高いのかなという考えがうっすら過った.
まぁそうはいっても見つからなかったら捕らぬ狸の皮算用だしね.まずは見つけることっしょ!と比較的楽観的な私が顔を出して,その考えはどこかに吹っ飛んでいった.今にして思えば,考えが甘いなー,なんだけど.

気を取り直して次の公園へ.意外と都内って公園がある.
小さいのも大きいのも含めると意外と歩いているとちらほらあったりして.
「お,いるいる!」
鳩,スズメ,カラス...うん,ここはたくさんいるなぁ.誰かひとり,いや一羽くらい見たことあるよって子がいたらいいけどなー.
「あー,みなさーん,すみませんー!鳥探ししてるんですー.」
「なになに?」
ざわざわ.遠巻きに見ている子,興味津々で近づいてくる子.ここら辺は人間と一緒だなぁ.
「ちょっとセキセイインコを探してるんですよー.誰か見かけたりしてない?」
私が持っているこの謎能力は向こうが話したのがわかるだけじゃなくて,こちらの言葉もわかってもらえるらしい.なんと素敵な.(滅多なこと言えなくなるけどね.)ほかの人も同じ日本語なのにぼんやりしかわからないらしい.とはいえ気配とか雰囲気とかを察する能力はすごいけど.
「あら綺麗!」
「こんなきれいな子知らないわー.」
まぁそうだよね.
「あー,ちょっと見たことあるかも.」
そういい始めたのは好奇心旺盛そうなスズメちゃん.
「え?ほんと?どこでー?」
「朝日山公園の木の上にいたような..珍しい鳥がいるなぁって思ったんだよね!」
「あ,俺もこんなの見た気がする!特徴的な緑色の羽根を覚えてるよ!」
今はたまに野生のインコもいるみたいだけど,それでもまだまだ珍しかったりするもんね.
「まだその辺にいるといいなぁ.」
「あの辺ねぐらにしてる鳥もいっぱいいるから行ってみたら?」
「次見かけたら探してたよって言っておくよー.」
「わ!ほんと?ありがとう!!」
とりあえず鳩の餌をちらりと撒く.みんなさっさとそっちに群がっていった.
なんと心強い.さすがに飛んでる鳥に言伝するのはとっても難しい.インコはねぐらを作ったりするとも聞くし,朝日山公園とやらに行ってみるか.ってどこにあるんだろう?
「クロエ,朝日山公園って知ってる?」
「あーちょっと離れてるけど行けなくはないな.歩きよりバスに乗ってくくらいの距離だと思うよ.」
「よし,いこう!」
「え!?今から?ここの用事は終わり?」
「うん.どうせこの後も暇でしょ!」
まぁクロエにしてみたら餌を撒いていただけにしか見えなくても仕方ない.
「次は朝日山公園ってとこにいくよ!」
「お,おぅ.」
なんだかんだ言ってもついてきてくれるクロエ.優しいなぁー.後でコーヒーくらい奢るか.

朝日山公園とやらはバスに乗って30分くらいいったところの比較的大きめな公園だった.あまりにも住宅街にあって知る人ぞ知る,みたいな場所だったけど,鬱蒼とした木々と,そこに隣接している子供用の遊具がある.昼近くになってきたからか,保育士さんが連れた園児たちがジャングルジムやブランコできゃっきゃ遊んでいた.
あーかわいいなー.私にもこんな時代もあったのかなーなんて微笑ましく見てると,
「お,一緒に遊びたいのか?」
はっ.ちょっとバレた.
「そんなことないよ!かわいいなーって.」
「同じ年に戻って一緒に遊びたかったなーの間違いじゃないの?」
全くもう.私に小さい頃の記憶がほとんどないのを知っていて.
そんなことも笑い飛ばしてくれるクロエに出逢って,そのことを重く考えていた私の心がすっと楽になったのは言うまでもない.
けどさ,あまりにもデリカシーがないわ!!

とりあえず小さな森のようなところに入り込む.暑い日差しが少し薄れてひんやりする.木をどんどん切っちゃうのは温暖化につながるよなぁなんてこんなところで実感したり.
鳥のねぐらってどこにあるんだよー.自分で歩いて探すのは到底無理なので,そこはこの子たちに聞いてみよう.周りには大きなけやき銀杏いちょうくすのき唐楓とうかえで.みんな立派な方々ばかりでちょっと気が引けるけど.
「あのーすみません.このあたりで緑色のセキセイインコちゃんを見かけたって聞いたんですが,ご存じないですかー?」
ざわざわ.木々が風で揺れる音なのか,みんながひそひそ話してるのかちょっと分からないけど.
「どなたか知ってる方いらっしゃいます?」
「あーその子なら,もう少し奥の楠の上によくいるって聞いたよ.」
「わ!そうなんですね!ありがとうございます.」
意外とすぐに見つかりそうな情報にちょこっと心が躍る.
でも,結局帰りたくないっていって逃げられちゃったらおしまいなんだよなぁ..これが飛べる鳥を相手にする大変なところ.
とりあえず逃げ出した理由を聞かないとだな.
言われたように林の奥へ進む.
「この公園の名前は知ってたけどこんな大きな森があるんだなぁ.」
あ,そういえばクロエがいるんだった!
「警察官として知ってないとダメとかないの?」
「んーここら辺は管轄外.」
「そ,そうかー.」
そういわれちゃ元も子もない.有名な公園を除いてもこれだけしっかり自然が残っている公園があるのもいいなぁ.下手に整備されていないのも好きなポイント.
「この辺かなぁ...」
「ん?何が?」
あ,事情を説明してなかった!
「ごめんごめん,あのインコこの辺の楠をねぐらにしているのか,よくいるらしいんだよね.この辺って楠が多いから,このあたりかなぁって.」
「お!10万が近づくのか!?俺にもちゃんと引率代が出るのかな?」
「えぇー!警察官のくせに善良な市民から巻き上げようって魂胆ね!上に言いつけてやるんだから!」
と悪態をつきながらも本当は感謝してる.やっぱり一人行動は未だに苦手だ.
「あ,ちょっとごめん.」
「ん?」
「しーっ.」
遠くで何か声が聞こえる.木々じゃない,,あれはきっと鳥がお話しする声.
「54321765,0233445....」
ん??
何かの番号に聞こえるけど.他の鳥とお話してるんじゃないのかな.インコによくある独り言?
「あー,えーとミドリちゃん?いるのかなー.」
「あら,何かしら?私のことを探しに来た人がいるのね.」
「あ,はい.そうなんです.」
話が早そうだ.
「飼い主さん探してるみたいだけど,なんで逃げ出しちゃったの?」
「そりゃさ,あんな小さい籠に入れられて,窓から見える大空が見えたら,そりゃ外に行きたくもなるわよ!」
ごもっとも!!よかった,何か特別な理由があって逃げ出したとかじゃなくて.
「心配してるし,探してるみたいだから帰ろうよ.」
「ん-そうねぇ..帰ってもいいんだけどなんか暗いのよ,あの部屋.やっぱり青空の下って素敵じゃない?日の光が輝いてて.」
く,ら,い??それはお部屋の電気の問題かしら?
頭の中でハテナが浮かぶ.
「じゃそれは飼い主さんに電気つけてって言ったらいいのかしら?」
「ん-どうなんでしょう..けどまぁ,今までよくしてもらったし,そんなに探してるなら帰ってあげてもいいけど.」
あ,10万がやすやすと手に入るか!?
ちらりと札束が頭をよぎる(よくない).
「ちょっと聞いてもいい?」
「何かしら.」
「さっき数字みたいなのが聞こえた気がするんだけど何か意味あるの?」
「あー54321765ってやつね.」
さらさらと数字を言う.
「ちょ,ちょっと待って!」
慌てて言われた数字をメモする.何というわけじゃないけど,なんだかちょっと気になる.
隠し金庫の番号とか,何かの暗号だったりするかしら.なぁんて.ちょこっとドキドキする.
「意味はよくわからないんだけど,飼い主さんが歌うのよね.」
言うじゃなくて歌う?って言ったところにちょっと引っかかったけど.
何かの暗号だったら鳥に覚えさせることほど危ないことはなさそうだよね.
「どうしよっか.一緒に帰ってくれる?」
「そうねぇ.一か月も外にいて結構満喫もできたし,ここでごはん食べるの結構大変だし,帰ろうかなぁ.」
思わず心の中でガッツポーズ.これまでの経験上半分くらいの子たちが帰りたがらないのに.
「クロエー.持ってきてた鳥かご出してくれないー?」
最近は折り畳みのケージがある.いい時代になったもんだ.
「ミドリちゃん,ちょっと窮屈だけどここに入ってくれない?」
「はーい.」
なんという素直ないい子!
鳥かごに入ったセキセイインコが10万の札束に見えたというのは口が裂けても言えないけど.

さすがに鳥かごを下げてバスに乗るわけにもいかず,クロエと一緒にてくてく歩きだした.
「ちょっと遠いよね.ごめんねー.」
「車持ってくるか?」
あれ,隣にいるのは神だっけ.
「え!!お願いできるの?」
「うん.今日は近くの公園って言ってたから歩きでいいかと思ったんだけどね.さすがにここからだと遠いだろ.」
わぁ...助かる.お金なし子ちゃんは,どこまででも地が繋がっていれば歩く!というのは基本なので,何も考えてなかったけど,バスで30分の距離を歩くのはさすがにちょっと遠いか.
「どこかで一人で待てるか?」
「うん.」
「ほんとに?ヨツバさんの苦手な一人行動だけど」
「う,うん.多分大丈夫だよ.」
クロエが少し心配そうな顔をする.
「じゃできるだけ早くいってくるから!」
「わかった!」
一人が苦手とは言っても,さすがに車を出してくれる間くらい待てないとか言えない.
クロエが走って公園を後にする.クロエのお家はここから近いんだっけ?と土地勘の薄い頭で考える.

見送って鳥かごと一緒にベンチに座る.

途端に雲が出てきた.あんなに晴れていたのに.
いや,淋しいとかじゃないから...一人だって大丈夫なんだから.

覿面てきめんすぎてよくない.
これ,どうにかしないとなぁ...そう想って空を仰いだ私の頭にぽつんと雨が落ちてきた.

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