「人外聞き屋始めました」 第3話 数字が奏でる歌 2
んーなんだろうなぁ.この数字.
結局フミさんとミドリちゃんに数字を教えてもらってメモしてきた.
543217650 23344550 55432217 55432217 77777120 176666710 7655321717650
フミさんの記憶だけじゃ最初の9文字だけしか分からず,結局ミドリちゃんに全部言ってもらったけど.それがフミさんには旦那様を繋ぐとっても大事な文字のようで.
っていうかさ,暗号にしては長すぎない?どこかの宝箱開けるにもこの長さって!
考えていても全く埒が明かなかった.
今日は仮歌のお仕事だ!稼ぐぞー!
結局ミドリちゃんを見つけてきた報奨金は....
遡ること1時間前.
「と,ところでフミさん!」
「はい.」
「あ,あのミドリちゃんを探してきたので...」
恐る恐る例の件を切り出す.
「あ,お礼ね!もちろん!」
とフミさんは笑顔でポチ袋を差し出した.
あれ.薄い....ここは言っていいのか悩むところ.
「あ,あのー.チラシには10万円って.」
「えっ!」
えっ!えっ,ってええぇっ!!?
ほら,ここに!
とチラシを見せようとしたけど,フミさん目が見えないんだった.
「貼り紙にそう書いてあったんです.」
「まぁ!だから悪戯にインコを持ってくる人が多かったのね.まぁどうしましょう.」
「本当はいくらのおつもりだったんですか?」
「1万円...いつもの調子でパソコンで打ってたんだけど,読み上げソフトの調子が悪くて.早く見つけたいからって慌ててしまって.0ひとつ打ち間違っちゃったまま貼ってしまったんだわ.」
がーん.辺りが暗くなる.
そりゃね.インコ1匹で10万円ってそんないい話ありませんよ.えーえー.私が甘かったです.
「ありがとうございます.」
と心の中ではかなり,ものすごくしょんぼりしながら笑顔でポチ袋をいただく.さすがにもう働いていないおばあさんからお金をせびるのも心が痛い.
「あ,ちょっと待って!」
とフミさん.
奥にいって戻ってきたフミさんの手にたくさんのタッパーが.
「これね.昨日の夜作った煮物とかおかずなんだけど,もしよかったら.全然9万円に届かないんだけど.」
現物支給!これはこれですごく嬉しい!
「ありがとうございます!じゃお言葉に甘えていただきますね!」
「ほんとごめんなさいね.見つけてくださった方があなたみたいな人で本当に良かったわ.」
まぁ今回は比較的簡単に見つかっちゃったし,ミドリちゃんもいい子だったから1万円でもお釣りがくるくらいだもん.良しとするかぁと心の中では半べそをかきつつ,自分で自分を慰める.クロエになんて言おう・・・
頭の中が数字でいっぱいのまま仮歌のお仕事へ.仮歌っていうのは作曲家さんやコンポーザーさんが制作したメロディーを仮で歌うお仕事なんだけど,結構なアーティストさんの歌を歌えたり,一つの歌にもいろんな解釈があったりして勉強になる.たまに依頼が来るくらいだけど,そこそこお金にもなったりする.
曲だけ送られてきてスタジオで録ることもあるけど,今日は昔からお世話になっている作曲家のミヤさんのスタジオでお仕事だ.
一通り歌い終わって,片付けをしているときにふと数字のことを思い出した.
「あのーミヤさん.ちょっと聞いてほしいことがあるんですけど.」
「ん?何だい?」
実は...と事の顛末を話し出す.ふむふむ,と聞いていてくれたミヤさん.
「これは何だろう.何か規則的な感じもするけどねぇ.」
「そうなんですよ.でも全く分からないんです!」
「携帯で打つひらがなの番号とか?」
「それもちょっと考えてみたんですよね.」
「昔のポケベルの番号とか!」
「あ,ありましたねーポケベル!!ちょっと調べてみます!」
ググるとすぐに出てくるポケベルの読み方!使ったことがなくても分かるって便利だわ!『543217650』二桁読みだと『とくはU0』
は?わけわからんー.
「ミヤさん,なんか違うみたいですー.」
「ピアノで使う指の番号かとも思ったけど7とかあるしねぇ.」
さすが作曲家さん!ピアノの指使いかぁ...
二人で色々考えてみたけど,なかなか答えは見つからなかった.
「また考えてみます!ありがとうございます!」
家につくとちょうどクロエからメッセージが来た.
『今日の夕飯は10万で買った松坂牛とか?』
あー.思い出してちょっと悲しくなる.
『ごめんね.お金そんなにもらえなかったんだ』
電話が来た.
「どうした?大丈夫?」
「うん.かくかくしかじか・・・・・」
「そっかぁ.とりあえず夕飯でも行く?」
「うん.」
とりあえず駅までてくてく歩く.
仕事帰りのクロエとの待ち合わせはだいたい近くの駅だ.クロエの職場の沿線に住んでてよかったなぁなんてぼんやり想う.まぁいつ転勤になるか分からないんだけどね.忙しかったら逢えないし,呼び出されることもあったり,まぁ大変な仕事だなぁと思う.そういう方がいるお陰で平和な世の中なんだってちゃんと感謝しなきゃ!
「お待たせー.」
ちょっと待っているとクロエがやってきた.
夕飯を食べながらミドリちゃんの話,番号の話,フミさんの話をした.
「さすがに10万は高いと思ったらそんなからくりだったんだねぇ.」
「うん.ちょっと残念だったけど,変な事件とかじゃなくて良かったよ.」
「そうだねぇ.で,その番号は何か分かりそうなの?」
「んーまったく.今のところはお手上げ.」
「そっかぁ...」
次の日,珍しく母から連絡があった.たいてい母から連絡が来るときは自分のパソコンが動かないとか,メールが見られなくなったとか,困ったときだけなんだけど.
「もしもしー.どうしたー?」
「それがエクセルの表を書こうと思ってるんだけどセルの中に文字が収まらないのよ!」
あーエクセルですかぁ.分かりますけどね.とりあえずググるとかしてくれちゃってもいいのよ.
そんなことを思いながらとりあえず教えてあげる.まぁこの年からパソコンやろうっていうんだから偉いもんだな.
ふとフミさんを思い出す.目が見えなくてもパソコンって使えるんだな.読み上げソフトとか今は便利になっているんだろうなぁ.
「そうそう.今からメッセージで送るけど,この番号って何の意味があるか分かる?」
「え?どこに送ったの?なになに?」
ツーツーツー.電話を切られた.
こういうことはよくある.何かやろうとして間違って切っちゃうやつな.きっとすぐかかってくる.
ほら!
「はい,もしもし.」
「ごめんねー.間違って切っちゃったわ.」
「いつものことね.それで,番号見た?何だろうこれ.分かる?」
「この人何か音楽やってる人?」
またそう来たか.音楽やってる人共通なのかこの発想.
「ん-分からない.ちょっと聞いてみる.何か音楽関係?」
「もしかするとそうかも,っていうくらい.7までしか数字がないからそうかなぁって.私も慣れてないからちゃんと見ないと分からないけど.他の記号とかないの?上とか下に点とか」
「ない.」
さすがにミドリちゃんの言ってる文字に記号があるかなんて分からない.
「じゃちょっと分からないけど,もしかすると数字譜かなぁって.」
なにそれ.数字譜!?
「和楽器とかで使うのよ.私も専門じゃないから分からないけど.こういう番号の羅列っていうと私たちの間では数字譜くらいしか思いつかないわ.」
まさかの楽譜だった!?
「ありがとう!お母さん!!!」
電話を切って慌てて数字譜を調べる.
『数字譜とは文字譜の一種.1234567がドレミファソラシに相当し,休符を0で表現する.』
ふむふむ.
『音域を区別するために,低音域は数字の下に,高音域は数字の上に点を書く.』
なるほど.だからお母さんは記号って言ってたんだ!
えぇと,ドが1,レが2...
慣れない文字列とにらめっこすること30分あまり.
「分かった!!!」
とりあえず早くフミさんに知らせたい!けど仕事が!!
そんな葛藤を抱えつつ,やっとお休みの日になった.
お休みだったクロエを引き連れてフミさんのお家にいく.
心の中はうっきうき.違ったらどうしようというちょっとした不安を抱えつつ.
「フミさん!」
「あらヨツバちゃん!あの数字の意味わかったって?」
「そうなんです.多分ですけど.あの,旦那さんがお亡くなりになったのって12月だったりしましたか?」
「あら,よくわかったわね.そうなの.突然12月の中旬に倒れてしまって.」
思い出させちゃったかな.ごめんなさい.
「それと,旦那さん何か楽器とかやってました?」
「そうそう!引退してからだけど大正琴やってたわ.下手だからって一回くらいしか聞かせてもらわなかったけど.」
ビンゴ!間違いない.
「その大正琴ってまだあったりします?」
「えぇ.あるわよ.ちょっと待ってて.」
フミさんが席を立った.
「ねぇ.ヨツバさん.大正琴なんて弾いたことあるの?」
「へへん!伊達に音楽に触れてないやい!」
これかも!って思ってから慌てて母の友人を訪ねただなんて口が裂けても言えない.(きっとバレるけど!)
奥からフミさんが丁寧に包まれた大正琴を持ってきた.
「旦那さんの形見なのに触っていいでしょうか.」
実物を目にするとちょっと気後れした.そりゃそうだ.大切な人が使っていたものを他の人に触られるの嫌かもしれない.
「もちろんよ.閉まっておいても夫は喜ばないと思うもの.」
良かった!
「ミドリちゃん.一緒に合わせて歌ってくれる?」
「いいわよ.」
返事はみんなにはぴいぴい,にしか聞こえてないと思うけど.
慣れない大正琴を目の前にちょっと緊張した.旦那さんの想い,私が代わりに伝えられるかしら.
「せーのっ!」
『ソーファミレドシーラーソー♬』
一番だけで汗だくだった.まったくの初心者がやるもんじゃないよ,これ.と思いながら.
「多分この曲をフミさんに弾いてあげたかったんだと思います.」
「これって...!!」
フミさんの眼に涙がいっぱい溜まっていた.
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