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「人外聞き屋始めました」  第2話 数字が奏でる歌 1

「お待たせー!」
やっとクロエが戻ってきた.
「おそーーーい!」
文句を言ったけど,時計を見たら30分くらい.まぁ許容範囲だわ!
心の中で強がりを言う.
「まったく,行った瞬間に雨がポツンって.どれだけ俺に依存してるんだよー!」
クロエがニヤニヤする.
「うるさいわー!そんなんじゃないんだから!ミドリちゃんの羽が濡れちゃうと思って心配してただけよ!.」
けど本当にぱらっと来ただけで土砂降りにならなくて良かった.びしょ濡れのインコを飼い主さんのところに持っていくのはさすがに気が引けるからね.

「とりあえず車に乗って.」
「はい.」
と鳥かごとともに車に乗り込む.
「どうしよう.飼い主さんのところ行ってみる?」
「そうだね.このまま一緒にいても仕方ないし.10万は早く欲しい.」
「正直者だなぁ.」
「だってー!」
そりゃそうですよ.もらえるものは早くもらいたい.
「ちょっと高すぎる報酬が気になるんだよなぁ...」
まぁそうですよね.警察官の勘がなくてもちょっと高いと思う.
「けどそれだけ待ってるってことかもしれないし.」
「まぁな.」
「一晩くらいお家に置いておいたほうがいい?」
「んー出来たら.その間にあのお家のこと調べてみようか.」
頼りになる!じゃ,一晩一緒にいるかぁ.
運よく私が住んでいるボロアパートはペット禁止ではないので,一緒に帰ることは出来るかな.正確には禁止というより,そのことに何も突っ込まれない,というだけなんだが.
「ミドリちゃん,今日はうちに一緒に来てもらうんでもいいかしら.」
「あら,それはそれでお泊り会みたいでいいわね.」
前向きなインコちゃんで助かるわ!
「良かった!じゃちょっと狭くて汚いけど一晩うちで一緒にいようー.」
こっそりあの数字についてとか何か聞けるかもしれないし.

クロエの車に乗ること30分.気が付けばうちのボロアパートの前にいた.ボロ,とか言ったら大家さんが悲しい顔をするんじゃないかというくらい優しいおじいさまなので口に出しては決して言えない.
「着いたよー.」
ぼーっと色々考えているうちに寝てしまったらしい.助手席にいるのに申し訳ない.
「わ,ごめん!寝てた!」
「いいよー.途中で話しかけても反応しなくなったから,寝たなって.朝早かったからねー.」
それはお互い様なのに.いい人すぎて泣けてくる.
「ほんとありがとう!あ,コーヒーでも淹れるよ!飲んでく?」
「それは嬉しいお誘い!けど今日はちょこっと調べものしてくるからさ.とりあえず夕飯までには連絡するよ.」
「分かったー!」

よっこらしょと鳥かごを持ち上げて車から降りる.
鳥と一緒に帰ってくるのは初めてではなかろうか.
「ミドリちゃん,ここがお家だよ.」
「あら,素敵なお家じゃない.」
なんと優しいことを言ってくれる!
女子の一人暮らしでは到底選ばなそうな木造アパート.これも貧乏が悪いんだ!!!

夕飯までの数時間,とりあえずミドリちゃんと歓談でもするかー.
「お腹すいたりしてない?」
振り返るとミドリちゃんはスヤスヤと寝ていた.
インコってちゃんとした夜に寝るイメージだけど,やっぱり慣れない外の環境で疲れてたのかな.
慌ててタオルケットを探してそっとケージにかける.
これで少しゆっくり休めるかな.
あ,けど寝られたら数字の意味が分からんじゃん.まぁ一晩一緒だしゆっくりお話でも出来たらいいか.
そう思ってコロンと畳に横になるとミドリちゃんの睡魔が移ったのか,私もいつの間にか眠りに落ちていた.

「おーい!寝てるの―?」
はっと気が付くとノックと共にクロエの声.やばっ!何時間寝てたんだろう.慌ててスマホを確認する.良かった,まだ3時間くらい.え!?3時間!?昼寝にしては長すぎる!
クロエから着信がたくさん....申し訳ない.
「ごめん!!寝てたよ!」
ドアを開けるとそこにはコンビニ袋を下げたクロエの姿.
「車の中でも眠そうだったから,そうかなーとは思ってたけど.いくら夏とはいえそこらへんで寝てたら風邪ひくぞー.」
何故そこらへんで寝てたのがバレるんだ...

「で,何か分かった?」
「まぁ分かったと言えば分かった.」
「お,おぅ.で,何か宝物持ってる感じの人?」
「んーいや,そんなことはない.ただの一人暮らしのおばあさんみたいだよ.一般市民に言える情報はこのくらいかなぁ.まぁ犯罪者集団とか,悪い人ではないみたい.」

友人だからといってそんなにペラペラと情報を話せない職業であることは百も承知だ.クロエが悪い人ではないというのだから,きっとそうなんだろう.
それだと一羽の鳥に払う報奨金がちょっと高すぎるような気もする.

「明日返しに行けばいいかな.今日ミドリちゃん寝ちゃったし.」
「そうだね.明日休めないんだけど一人で行ける?」
「うん.バイトの前に行ってみるよ.」
そりゃね,私だっていい大人ですから!ミッションがあると結構一人でも行動できるんですよ.

「今日のご飯はこれでいい?」
クロエが持ってきたコンビニの袋をひょいと持ち上げる.
「わぁぁーありがとう!」
一人が苦手な私が何が一番出来ないって,一人でご飯を食べることだ.
なんというか,一人で食べても全く美味しくない,というか,美味しいねって言える相手がいないと食べる気がしないというか.
どこか欠陥品なんだろうか.実は結構本気で悩んでいる.一人でランチしている女性とかほんと憧れる.
まぁそれは置いといて.

「ミドリちゃんずっと寝たままだねぇ.」
「そうなんだよー.もう少しお家のこととか聞きたかったんだけどね.なんか部屋が暗いから嫌だみたいなことを言ってたくらいで.」
「暗い?それは電気の問題じゃなくて?」
「あはは.私も同じこと言ったわ!」

次の日.
「ちょっとー!暗いわよー!ここもなの!?ちょっとーー!!」
大きな声で目が覚めた.
「あっ!」
ミドリちゃんのケージに布かけたまま朝になっていた.
「ごめんねー.もう朝だよね.おはよう.」

簡単に身支度をしてレッツ10万円!
違った!
ミドリちゃんを飼い主さんに届けるぞ!

鳥かごを抱えて貼り紙のあったところまで行く.撮っておいた写真で住所を再確認.よし,この近く.
ここかー.着いた場所は昔ながらの一軒家.クロエは大丈夫って言ってたけど怖い人だったらどうしよう.
「ミドリちゃん,飼い主さんってどんな人?」
「優しいおばあちゃんよ.」
「ピンポーン.」
そこは迷わず.

「はい,どなたかしら.」
優しいおばあさんの声.
「セキセイインコのミドリちゃんを連れてきたんですけど.」
「・・・・・・!」
インターホンの向こうでちょっとだけ戸惑っている様子が伺える.
少しだけ時間があり扉が開いた.
「まぁわざわざありがとうねぇ.本当にミドリちゃんかどうか見せてくれないかしら.」
「もちろんですよ.」
と鳥かごを差し出す.
といっても,さすがにおばあさんの腕には重い気がしたので,玄関の中に運んだ.
「ミドリちゃん?いつもの言ってくれない?」
「フミチャン!フミチャン!54321765....」
「まぁ本物だわ!」
え,なに?合言葉??
ちょっとポカンとした私におばあさんが笑いかけた.
「ごめんなさいね,お金目当てでミドリちゃんじゃないインコを持ってきた人が数人いたものだから.」
そりゃそうだろう.あの額じゃそういうことをする人がいてもおかしくない気がする.
「いえいえ!フミさんって仰るんですね.」
とおばあさんの顔を見てはっとした.そっかーこの方,目が見えていないんだわ.部屋の中を見ると白杖が立てかけられていた.
「あら,気が付いた?」
私の気持ちを察したのかおばあさんが優しく笑いかける.
「全然気が付かなかった!ちっとも分からなかったです.」
「全く見えないっていうわけじゃないんだけどね.もともと弱視だったんだけど,だんだん羞明しゅうめいっていってちょっと明るいところが苦手になってきて.」
あ,それでミドリちゃんがお部屋が暗いって言ってたんだ!
ミドリちゃんを部屋の中に運びながら,頭の中で話がつながる.
「2年前に夫が亡くなって,夫が買ってくれたミドリちゃんは大切な家族だったから.見つけてくださって本当にありがとうございます.」
「家族がなくなったら悲しいですもんね.フミさんのお役に立てて本当に良かったです!」
まさかお金に目がくらんで頑張りました,とは到底言えない.
そこで気になることを一つ.
「あの...さっきミドリちゃんに最初にお話していた番号?ってどういう意味なんでしょうか.」
フミさんの顔に一瞬影が宿る.
あれ,聞いちゃいけないやつだったかな.
「あ,すみません...色々ご事情もおありでしょうに.立ち入ったことを聞いちゃいました.」
「いえ,いいのよ.気を遣わせちゃってごめんなさいね.」
フミさんが訥々とつとつと話し出す.
「実はこの番号,私もなんだか分からないの...」
え!?やっぱり宝の在り処か!?
「夫がいたころからミドリちゃんが話すようになって.夫に聞いても笑うだけで教えてくれなくて.でもきっとあの人が言っていた言葉をミドリちゃんが覚えちゃったんだと思うんだけど...結局何のことか教えてくれないままあの人逝ってしまって.」
「そうだったんですか...」
「今となっては謎しか残っていないのよね.」
とフミさんが力なく笑う.
そりゃ長年連れ添った夫婦ですもん.旦那さんが何を隠していたのか知りたいですよね.
私の頭の中はまだ旦那さんが残していった財宝の数々...だったけど,目の前のフミさんを見てると力になりたいと思ってしまった.

私に出来ることなんて限られているんだけど.

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