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【開水路補修】無機系被覆工法の新たな長寿命化・高耐久化 手法の提案 / 農林水産省 官民連携新技術研究開発事業の成果紹介

1.開発技術のコンセプト

 本研究開発は、農業用開水路の補修工法として多用される無機系表面被覆工の新たな長寿命化・高耐久化手法を提案するものである。
具体的には、けい酸塩系表面含浸材を無機系表面被覆工の補助材として併用することで、被覆材の厚みを従来よりも薄くして経済性や施工性を向上させるとともに、表面含浸材の改質効果で被覆材の耐久性も満足することができる工法である。

2.開発技術の概要

 本事業では、後述する様々な試験を通して選定した
・けい酸塩系表面含浸材1種類 と
・無機系表面被覆材(ポリマーセメントモルタル、以下PCM とする)1種類
を組み合わせて、表面含浸材とPCMの複合工法とした。

2-1 使用材料
 使用材料は、けい酸ナトリウムを主成分とした反応型けい酸塩系表面含浸材および速硬セメントにアクリル樹脂と繊維を配合したPCM である。

2-2 工法概要および施工手順
 本工法は、高圧洗浄などの表面処理を施した既設躯体に対して、表面含浸材の塗布とPCM の被覆(コテ塗り)を行うものである。
 本工法の施工手順は図-1に示す通りであり、以下に工程の詳細を記す。

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(1)高圧洗浄
 高圧洗浄により脆弱部や汚れを除去する。
(2)表面含浸材塗布(1回目)
 表面含浸材を噴霧器で散布し、ローラー等で引き延ばす。
(3)湿潤散水(1回目)
 水を噴霧器等で散布し、ローラー等で引き延ばす。
(4)PCM コテ塗り
 PCM をコテにより塗りつける。(被覆厚さ:不陸調整+3mm)
(5)表面含浸材塗布(2回目)
 表面含浸材を噴霧器で散布し、ローラー等で引き延ばす。
(6)湿潤散水(2回目)
 水を噴霧器等で散布し、ローラー等で引き延ばす。

2-3 本工法の効果
 本工法について、従来の一般的な無機系表面被覆工(被覆厚さ:不陸調整+5mm)と比較した効果を図-2に示す。

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3.技術開発に至る社会的背景および目的

 我が国の農業水利施設は老朽化が進行しており、特に取水施設から農地まで用水を輸送するために張り巡らされた膨大な延長の農業用水路の機能保全は、喫緊の課題となっている。

 農林水産省では、平成25 年に「農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル【開水路補修編】(案)」を策定し(平成27年4月改正)、補修工法ごとの品質規格を明示している。
 これにより、事業の発注者は、耐久性、経済性、施工性などの総合的な観点から最適な補修工法・材料の選定が可能となる環境が整いつつある。

 表面含浸工法は、農業用水路の補修工法としての適用例は少なく、単独工法および無機系被覆材との複合工法について、耐久性、経済性、施工性の検証を行った例は少ない。
 そのため、同工法の農業用コンクリート水路における補修効果については未だ十分な知見が得られていないことから、補修・補強工事に関するマニュアル等において、要求性能やその照査方法に関する情報は記載されていないのが現状である。

 けい酸塩系表面含浸材は、既設コンクリート躯体自体を緻密化させ、耐久性などの性能の向上を図るものである。よって、適用方法として、一般的な既設躯体の表面改質のみならず、断面修復時などの下地処理材や無機系被覆材との複合材として、農業用水路補修における適用性は高いと考えられる。

 本研究開発事業では、研究開発組合【水路補修改修工法研究会 会員企業】が施工実績を有する『けい酸塩系表面含浸材』と『PCM』を使用した複合工法の確立を目的とした。
 具体的には、被覆材の被覆厚さを従来よりも薄くしつつ、表面含浸材の表面改質効果で被覆材の接着安定性および耐摩耗性を向上することで、農業用コンクリート製開水路に適用可能かつ経済的な補修工法の開発である。

4.事業内容および実施方法

4-1 使用材料について
 本事業の実施事項を図-3に整理する。

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 本事業では、表面改質複合工法を構成する材料の性能確認と実証実験による性能確認の二つを柱として研究開発を進めた。
 材料の性能確認として、これまで当組合が施工実績を重ねてきた2 種類のけい酸ナトリウム系表面含浸材と2 種類のPCMを開発対象材料として使用し、比較用としてその他の市販材料(けい酸塩系表面含浸材8種類、PCM:4種類)を含め、研究開発を進めた。

4-2 実施事項

(1)工法選定のための性能確認

1) 表面含浸材の基礎特性/表面含浸材単独工法の性能確認
 表面含浸材を水路補修用にPCMの下地処理材および表面保護材として、複合工法に使用した場合の効果を明確にするため、表面含浸材単独での性能確認を、主に土木学会規準【JSCE-K 572 けい酸塩系表面含浸材の試験方法(案)、(公社)土木学会『コンクリートライブラリー137 けい酸塩系表面含浸工法の設計施工指針(案)』】を参考とした適用性評価試験で実施した。

 使用したけい酸塩系表面含浸材は、開発対象材料2種類と市販材料8種類の計10種類である。

 まず、表面含浸材の基礎特性について確認試験を行った。
 種類判定試験の結果、市販の1種類の材料はけい酸塩系表面含浸材以外の材料と判断され、以降の試験では対象外とした。
 次に、表面含浸材の単独工法について、性能確認試験を行った。
表面含浸材の各種劣化因子に対する抵抗性の評価に加えて、付着性および耐摩耗性を左右するコンクリート表層部の緻密性を確認した。
 結果として、2種類の開発対象材料は、すべての試験を通して、その他の市販の材料と比較して総合的に良好な試験結果が得られた。
 なお、この段階で、表層引張強度試験の結果を踏まえて付着力への影響を考慮し、市販の6種類の材料を以降の複合工法の性能確認試験の対象外とした。

2) 無機系被覆材単独工法の性能確認
 開発対象材料2種類と市販材料4種類の計6 種類のPCMについて、単独工法の性能評価を実施した。
 試験項目は図-3に示す通りの3項目である。開発対象材料である2種類のPCMは、基本的な配合は同一で使用セメントが普通型と速硬型という特徴の違いがある。
 結果として、開発対象材料である速硬型PCMが、その他の材料と比較して総合的に良好な試験結果となった。

3)複合工法の性能確認
 けい酸塩系表面含浸材およびPCMのそれぞれの単独工法の性能確認試験の結果を踏まえて、6種類の表面含浸材と6種類のPCMを使用して、複合工法の性能確認試験を実施した。試験方法は、図-3に示す通りである。
 結果として、開発対象材料である2種類の表面含浸材および2種類のPCMは、他の市販材料と比較して、概ね同等以上の性能を示した。

(2)小規模実証実験

1)工法の概要
 前述した基礎試験の後、2種類ずつの開発対象材料を組合せた計4工法について、図-4に示す通常環境下にある比較的小規模な既設RC 開水路で実証実験を行った。

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 この水路は、初期の乾燥収縮や温度応力に起因するひび割れと喫水線以下に摩耗が発生していた。
 開発対象工法である4工法について、PCM の塗り厚や表面含浸材塗布の有無などを変化させて、計14区画の試験対象区を設定した。試験対象区を表-1 に、工法概要図を図-5に示す。

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 区画番号No.1~ 4および7~10は、図-5 左図の複合工法を適用し、No.5~6 および11~14は、図-5 右図のPCM 単独工法を適用した。


2)施工性比較
 ①~⑩の工法について、日進量による施工性比較を行った。
 ①~⑧の複合工法では、速硬型モルタル塗り厚3mmの薄塗り工法⑤および⑦が最も日進量が多く、施工性に優れることが確認できた。
 塗り厚が薄いものは施工時の作業効率が大幅に優れており、特に速硬性の材料を施工する場合でも施工性を確保でき、コテ塗りの際に支障なく施工することができた。
 ただし、⑨および⑩のPCM被覆工のみの単独工法と比較すると、速硬性材料を使用した⑩に対しては、施工性が劣る結果となった。

3)経済性比較
 ①~⑧の複合工法では、速硬型モルタル塗り厚3mmの薄塗り工法⑦が最も経済性に優れることが確認できた。
 この理由には、表面含浸材C がA と比較して材料費が安価であることと、PCM2が速硬性の材料であるため、被覆後のコテ押さえなどの工程が不要であり、労務費と諸雑費が安く抑えられたことがあった。
 ただし、⑨および⑩のPCM被覆工のみの工法を含めると、表面含浸材の塗布工を含む分、同等もしくはやや劣る結果となった。

4) 被覆材の塗り厚の差異による耐久性比較
 PCMの塗り厚の差異による挙動の変化を確認した。
 既設躯体のひび割れを処理せずに被覆工を施工した区画において、PCM被覆厚が厚い区画No.14(図-6の写真右)では、施工後24時間程度でゼロスパン現象によるPCM被覆材上のひび割れが発生した。図-6の写真は約2年後の追跡調査時のもので、浮きの発生へと劣化が進行していた。

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 一方、PCM被覆厚が薄い区画No.13(図-6 の写真左)では、同様に施工後、被覆材上にひび割れが発生したものの自閉し、写真の通り現在まで不具合が確認されていないことから、PCMの薄塗りの有効性が確認できた。

5) 小規模実証実験から得られた結果のまとめ
 施工性および経済性比較の結果より、1種類の表面含浸材と1種類のPCMおよび被覆厚さは不陸調整+3mmの工法(表-1中の工法番号⑦)をベストマッチングとして、凍害想定地域実証実験で採用する工法に確定した。

(3)確定工法の性能確認

1)現地適用性の確認

a) 初期凍害に対する抵抗性の評価試験
 確定工法について、凍害想定地域で施工する場合を考え、低温環境下におけるPCMの硬化特性を実験的に検証した。
 養生温度5℃環境における圧縮強度の発現性を検証した結果、確定工法に使用するPCMは、3時間経過時から約5N/mm2程度の強度を発現した。
 よって、養生時間を最低3 時間程度確保できれば、一般的に初期凍害を防ぐために必要な圧縮強度(3~5N/mm2 以上)を発現することが確認できた。
 このPCMは、速硬性という特性を有していることから、このような結果が得られたといえる。

b)粗度係数の測定
 確定工法について、水理模型実験による通水性能の評価を行った。
 試験結果から推定された本工法の粗度係数は0.0102であり、通水性能は十分に確保できていることが確認できた。

c)水砂噴流摩耗試験
 耐摩耗性について、水砂噴流摩耗試験を実施した。PCM単独および表面含浸材との複合工法のいずれにおいても、無機系被覆材の品質規格値を満足する摩耗深さ比を確認できた。
 また、複合工法では、PCM単独より摩耗深さ比が低下していることから、含浸材の塗布が耐摩耗性の向上に寄与することを確認した。

d)第三者機関による品質確認試験
 確定工法について、表面含浸材単独および複合工法の第三者機関による品質確認試験を実施した。
 表面含浸材の品質評価は、土木学会規準試験に従った。ただし、品質規格値の定めはないため、メーカー目標値を採用した。
 表面含浸材の試験結果を表-2に示す。試験の結果、確定工法で使用する表面含浸材は、いずれの目標値も満足する結果が得られた。

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 複合工法の試験結果を表-3に示す。複合工法は、無機系被覆工法の品質規格に準ずることとした。
 表-3より、確定工法はいずれの規格値も満足する結果が得られた。以上のことから、確定した工法の農業用水路補修における適用性が第三者機関において確認された。

2)凍害想定地域実証実験
 確定工法について、過酷な環境下における施工性および耐久性を評価するため、凍害想定地域の二現場を対象とした大規模実証実験を実施した。

a)長岡市信濃川左岸実施概要
 一つ目の対象地は新潟県長岡市信濃川左岸に位置する鉄筋コンクリート製開水路である。
 この補修工事においては、被覆から約6 時間後に、曝露状態の仕上面が降雨に見舞われたが、施工完了時点で表面の仕上がりおよび表層強度に問題はなかった。
 このことから、本工法は、現場環境においても早期に強度を発現し、養生の簡素化・期間短縮に有意であることが確認された。

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b)那須塩原市那須野ヶ原実施概要
 二つ目の対象地は栃木県那須塩原市那須野ヶ原に位置する鉄筋コンクリート製開水路である。
 こちらの補修工事においても、仕上げ後に雨天に見舞われたが、長岡市信濃川左岸と同様、施工完了時点では仕上げ面と強度ともに問題は発生していないことが確認された。

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 また、凍害想定地域であっても、両現場ともに材料の予熱などの特別な措置をすることなく、対象工法により支障なく施工完了することができた。

(4)機能監視による確認
 施工から比較的短期における機能監視として、二つの凍害想定地域実証実験現場において、事前調査と一年後の追跡調査を実施した。
1例として、那須塩原市の調査結果を図-7に整理する。

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追跡調査では、いずれの試験においても良好な試験結果が得られたことから、施工後1年時点では補修効果を発揮していることが確認できた。
 本事業の期間内では、小規模実証実験では施工後2年、凍害想定地域実証実験では施工後1年の追跡調査を実施したが、すべての試験において複合工法の補修効果を確認することができた。
 長期にわたる工法の耐久性などを詳細に確認するため、今後も定期的な追跡調査を継続して長期にわたるモニタリングを実施し、補修効果の経時変化を評価していく予定としている。

5.まとめと今後の課題
 本事業の成果から、次のような効果が想定される。

1) すでに全国の一部で適用されている含浸工法について、農業用水路補修における適用性や留意点の一部を示すことが可能となる。
2) 開発工法では、表面含浸材の表面改質効果により被覆材の接着安定性や耐摩耗性を向上させるなど、効果的な補修効果を得ることができる。
3) 開発工法は、凍害環境での水路補修工法として適用することができる。
4) 現状では、無機系補修材の耐久性を向上させる場合、被覆材の塗り厚を厚くするという考えが一般的であるが、本事業で確認した表面含浸材を併用することで、必ずしも被覆材の塗り厚を厚くする必要がなく、施工性やコストの面でも有利に施工することができる。

 今後の課題としては、本事業で開発した複合工法の長期にわたる耐久性の評価が挙げられる。また、開水路補修における含浸工法のマニュアル化などを進める場合、複合工法における材料ごとの組合せには性能確認が必要であるため、品質規格化が必要である。

         水路補修改修工法研究会(株)アストン(株)総合開発

最後までご覧いただきありがとうございました。
本記事は、季刊 ARIC情報132号(P46-53)に掲載された「表面改質複合工法による農業用水路の長寿命型新補修技術の開発」の転載(一部再構成)です。

本事業の成果 詳細については、
農林水産省:官民連携新技術研究開発事業 : 番号82(H27-29)
 >表面改質複合工法による農業用水路の長寿命型新補修技術の開発
  *新技術概要書 *成果報告書
をご参照ください。

また、本事業で優位性が検証された『CSモルタル工法』【 特許:第4664949号 】の施工実績・施工事例など、最新情報・詳細につきましては、
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