第52回フリーワンライ ひとりでいる理由

伸ばした手
偶然、3回続けば必然

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

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僕は、いつからか一人だった。
いや、最初から一人だった。

記憶というものは本当に不思議で、
覚えているはずのことを忘れていたり、
忘れたとばかり思っていたことを覚えていたり――忘れたいと思っていることをずっと覚えていたりする。


だから、君が僕に笑ってくれた時、体の中で何かが音を立てた。


「どうしたの?」

「なんでも、ないよ」

「ふふ、そうなの?」


君は笑う。

僕の目の前で、
手を伸ばせば届きそうな距離で、
周りの騒音が全て無音になるほど君にひきつけられて。


無意識に伸ばした手は、君の腕を掴んでいた。
驚いた表情で、だけどやっぱり優しい声音で


「まだ、話があるの?」


と聞いてくれる。

そうだ、僕は帰ろうとする彼女を引き止めていたのだった。


今日は休日で、彼女が買い物に付き合ってほしいということで僕はついてきていた。
ここは、繁華街。
たくさんの人が周りを行き交う。


「あの、さ」

「うん」


頷きながら聞いてくれる君の腕を僕はそっと離した。
すると、君は僕に向き直って話を聞こうとしてくれる。本当に、優しい人だ。


「聞きたいことが、あって」

「うん」


僕は、たどたどしいながらもなんとか聞きたいことを口にした。


「どうして、僕を誘ってくれたの?」


今日の買い物の目的はお父さんへのプレゼント、らしかった。
父の日が近いから、って。

休日を一緒に過ごそうと言ってくれたのは嬉しかった。


でも、僕は一人なのだ。
地味で、何も取り柄がなくて、
普通に生きているだけの、一人としての人間で、
彼女の心に僕がいることのほうが信じられないほどだ。


「理由、気になる?」

「うん」

「前に、たまたま図書室で会ったよね、私たち」


なぜか君は僕達が出会ったときのことを話し出した。


「借りる本が一緒で、君は私に譲ってくれた。それが一回目」

「一回目?」

「そう。二回目は、帰りの電車が一緒で車両も一緒だった。電車通学って知らなかったから」

「だって僕達、クラスが違うじゃないか。
図書室で会っても、顔を知ってる程度だったし」

「うん、そうなの。で、三回目」


そう言うと手にしていた袋を軽く上にあげた。
紙袋が小さく音を立てる。


「選んだものが同じだった」


プレゼントは、扇子。これから暑くなる季節にぴったりだ、ということで意見があい、二人で相談して決めた。


「え、じゃあ君も……」

「私がこれにしようって言う前に、君がこれはどうかって聞いてくれた時、同じだって思ったの。言わなかったけどね」

「同じって、選んだものが?」

「そう。三回続いた偶然がさ、まるでこうなるかのように……かっこよくいえば、必然だったかのように思えて」


図書室での出会い、
電車での一時、
同じ価値観。



「必然」


僕は君の言葉を繰り返す。
すると、君は困ったように、でも照れたように笑った。


「そうだといいなぁっていう私の願望もあるよ」

「じゃあ、四回目の偶然、あるかな」

「あるとしたら……私と君の想いが同じってこと、かな」


今度は君が僕に手を伸ばす。
僕も左手を差し出して、彼女の右手をつかんだ。


忘れたいと思っていた。
僕が君を好きだと思ったこと、
僕が君に恋をしたこと、
忘れたいと思っていた。

僕と君は釣り合わない。

でも、忘れられなかった。
忘れたいと思っていた、けれど本当は何よりも忘れたくなくて、大事にしたかった。

一人だったのは、君に出会うためだった。


伸ばした手にあたたかみを感じながら、僕は彼女と一緒に歩きだした。

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