『おせんべいくんとぷりんちゃん』十話
十話
おせんべいくんは、よく同じ夢を何度も見ました。
たとえば、自転車に乗ったまま、デパートの中を駆け抜ける夢。
おせんべいくんは、お気に入りの自転車で、広いデパートの中を、縦横無尽に、走り回ります。
色とりどりのアイスや、様々な形のコーン、トッピングなど、何百種類という組み合わせの中から選べる、アイスクリーム屋さん、子供服からおじいちゃんおばあちゃんまで、あらゆる年代、あらゆる生活シーンに対応した、大型ファッション店、中華料理からイタリアン、フレンチはおろか、世界中の料理が食べられる、夢のような集合レストラン。
そんな中を、誰にも咎められることなく、自由に、気の向くまま、自転車で走り回るのです。
その時、おせんべいくんの気分は高揚し、いつも彼の頭の中にかかっている、もやもやした霧のようなものは、澄み渡る青空のように晴れ、自転車ごと宙に浮いてしまいそうなくらい、身体は軽く、もういっそ、このまま死んでしまってもいい、というくらいの圧倒的な楽しさ、充実感に取り囲まれていました。
罪悪感からの解放が、そこにはありました。
そう、罪悪感からの解放。
それこそが、おせんべいくんが求めていたものでした。
産まれてきたことに対する罪悪感。
おせんべいくんは、自分の全人生、全存在が、この、産まれながらの罪悪感という見えない鎖につながれていると、常々感じていました。
自分ではどうしようもない、この生き地獄のような苦しみから、唯一解放される場所。
それが、夢の中でした。
おせんべいくんにとって、夢というのは、非常に重要で、残酷でつらいことばかりが起きる現実からの、たった一つの、居場所だったのです。
母親からはよく、産まなければよかった、と言われました。
電話で母親の友達らしき人と話しているときに、おせんべいくんの悪口を言って、嘲笑っているのが聞こえました。
憎い、鬱陶しい、目障り、やかましい、気持ち悪い、不快、ぞわぞわする。
ありとあらゆる憎しみや悪意、敵意を、実の母親から受け続けてきたおせんべいくんは、常日頃から、自分なんか死んでしまった方がいい、この家からいなくなってしまった方がいい、と感じていました。
そんなおせんべいくんにとって、唯一の、自由で、解放的で、充足された、自分が自分であるための空間。
それが夢の中でした。
夢の中だけが、自分が自分であると証明できる場所でした。
空洞で、ぽっかりと空いた、虚無の穴を埋めてくれる、絶対的で圧倒的な充実感を、おせんべいくんは、自身の夢の中で感じていました。
例えるならそれは、奇跡的に、自分の隣の席に座ることになった、ぷりんちゃんとの、なにげなくも楽しさに満ちた会話が、永遠に続いていくようなものでした。
つづく