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『おせんべいくんとぷりんちゃん』六話
六話
おせんべいくんは、教室でお掃除をしていました。
床を掃いて、ゴミを集めるのが、おせんべいくんの係りの仕事でした。
おせんべいくんは、床が綺麗になっていくのが好きで、いつも端から端まで、教室の床のゴミを丁寧に掃き、細かいチリひとつ残さずに、掃除をしました。
「おせんべいくん、おせんべいくん」
ふっと、自分が誰かに呼び止められたことに、おせんべいくんは気付きました。
掃除に熱中していたおせんべいくんが、話しかけられたことに気づいたのは、二度、三度呼ばれてからでした。
「ねえねえ、おせんべいくんの好きな子って、ぷりんちゃんでしょ?」
おせんべいくんは最初、相手が何を言っているのか、わかりませんでした。
けど、だんだん言葉の意味がおせんべいくんの心と頭に染み込んでくるにつれ、おせんべいくんは、なにか生死に関わるような、大変なことを指摘されたような気になりました。
「おせんべいくんがいつも、掃除の時間にぷりんちゃんのお尻を見てるって、噂になってるよ、おせんべいくんの好きな子って、ぷりんちゃんなんでしょ?」
おせんべいくんは、頭をハンマーで殴られたような気分になり、ふらふらとめまいがしてきました。
そのうち、立ってられなくなり、心臓の動悸や、いやな汗が全身を駆け巡り、言葉を発することができなくなりました。
その場に倒れこみそうなくらい、おせんべいくんは激しく動揺し、また、このくらいのことで、取り乱してしまう自分は、なんて心が弱く、だめな人間なんだ、という強い自己嫌悪で、まるで無数の針があらゆる角度から自分の脳みそめがけて、刺さるのではないか、という脅迫観念に、一瞬のうちに支配されました。
「ねえ、答えてってば。ねえったら」
なおも、クラスメイトの女の子の執拗な詰問は続きました。
そのクラスメイトの女の子は、みんながいる前で、大きな声で、聞こえるように、問いただしました。
おせんべいくんが、なにか重大な過失を起こし、みんなに迷惑をかけたから、その償いをしないといけない、そのために私は、あなたにこうやって真実を問いただしているのだ、といわんばかりでした。
せめてもの救いは、その場に、ぷりんちゃんがいなかったことでした。
おせんべいくんはすっかり参ってしまい、挙動不審になり、変な汗をいっぱいかきながら、かたことで答えるのが精一杯でした。
「ちっ、・・ちがうよ」
ようやく絞り出した、反抗の言葉は、弱々しく、相手を納得させ、あるいは言い負かすためには、あまりにも、貧弱で、消えてしまいそうなくらい、か細いものでした。
「なにが違うのよ、みんな言ってるよ、おせんべいくんは、ぷりんちゃんのお尻とか、足とかを、ずーっと見てるって」
ただ、男の子が女の子を好きになる、それだけなら、いいのかもしれません。
純粋で、美しく、汚れなき恋の物語として、たとえ、言いふらされたとしても、その場限りのひやかしで終わるのかもしれません。
しかし、このクラスメイトの女の子の指摘は、そんな聞こえの良いものではありませんでした。
女の子のお尻や足をずっと見て、なにも言わず、心の中でにやにやと妄想にふけっているという、汚らわしい行為そのものでした。
好きなどという感情は、いわば二の次の、副次的な要素に過ぎず、女の子のお尻さえ見れれば、あとはどうでもいいというような、およそ、軽蔑されて当然な、あさましき人間性、ずるくて、汚らしい、人間のくずのような魂そのものを、心の底から、嫌悪したものでした。
おせんべいくんは、その蔑視を一人で受けました。まわりのクラスメイトたちもみんな、自分のことが嫌いで、この女の子と同じことを、自分に対して思っているんだ。
なにが掃除が好きだ、ただの変態野郎じゃないか。
おせんべいくんは、激しく自分を責め、こうなったのは、全部自分のせいだ、自分の中に、こんな薄汚い欲望があるから、こんな目にあうんだ、と思いました。
おせんべいくんは、その日、教室を飛び出し、まっすぐに家に帰りました。
泣くことはありませんでしたが、トイレに一人でこもって、神様にお願いをしました。
お願いです。どうか、明日学校に行ったら、みんなが今日のことを忘れてくれるように。
あの、女の子が、もう二度と、今日のようなことを口走らないように。
悪いのは全部僕です。
これからは行動を改めます。
どうか、お願いです。神様。神様。神様。
おせんべいくんは、すがるような気持ちで、必死で祈りました。
続く