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『おせんべいくんとぷりんちゃん』13話

十三話

おせんべいくんは、自分自身の同化性について、よく理解していました。

よく言えば聞き上手、悪く言えば主体性がなく、人の言う通りにしか、行動ができないのです。

おせんべいくんは、他人と接すると、いつも混乱しました。

人の話を聞きすぎるあまり、自分と他人との境目がなくなり、他人の意見や思想が、まるで自分のもののように感じられてしまうからです。

二人きりになると、おせんべいくんは、喋り始めます。

三人以上だと、空気を読み、あまり発言しません。

相手に合わせ、自分の意見をコロコロ変える。

マンツーマンである以上は、相手は、自分の話をどこまでも聞いてくれ、かつ、全てを肯定してくれるおせんべいくんは、実に都合の良い話し相手でした。

しかし、おせんべいくんにとってそれは、相手に依存しながら、ただうなずきながら、うわべだけ調子を合わせているだけの、ただの苦行のようなものでした。

そのため、非常に疲れました。

おせんべいくんは、その方法しか、人と交わる術を知りませんでした。

他人の意見は自分の意見。

他人の考えは自分の考え。

相手の哲学が、自分の中に入ってくるような感覚。

支配されようとする感覚。

操られているような感覚。

自分の考えがだんだんだんだんなくなっていき、自分ではない何者かに、脳の中すべてが、グチャグチャにされてしまったような感覚。

頭が麻痺し、なにも考えられなくなってゆく、とりわけそれが、自分の苦手な人、個性が強く、男性としての象徴のような、パワフルで、気概にあふれ、やる気や生きる力が漲っているような人であればあるほど、おせんべいくんは、その相手に強いシンパシーを覚え、かつ、心の底から、恐怖しました。

他人が怖い、相手が怖い、そんな風にしか他人を、捉えられない自分自身がなによりも怖い。

不特定多数の人間が自分を監視し、あざ笑い、馬鹿にし、よってたかっていじめにくる。

そのような妄想に、おせんべいくんは、しばしば囚われました。

とにかく他人の視線が怖い。

そんなとき、おせんべいくんは、ろくに外を出歩けなくなりました。

ふらふらとめまいがし、自分の身体が自分のものではないような感覚、身体から魂が抜け、浮遊しているような感覚、大変なことをしてしまったという感覚、生まれてきてしまったことが、そもそもの間違いだったのではないか、そして、僕を産んだ、お父さんお母さん、その二人にこそ、原罪があるのではないか、だとしたら僕はなんだ、なぜここにいて、こうやって心臓を動かしながらおめおめと生き延び、腹を空かし、息を吸って吐き、地べたに這いつくばりながら、わけのわからない文章をかき夜になったら陰茎をこすりあげ自己満足にふけり他人と触れ合うことも話しかけることもできずにありもしない裏切りや疑いをつぎつぎにでっちあげそのなかで目に見えない他人の視線に恐怖しながらびくびくと六畳一間の賃貸アパートでちいさくなっているのだ?この僕という小さな生命体はなんなのだ?鏡を見ようそうだ鏡を見てみようどんな顔をしているんだろう?ぼくはどんなかおをしていたっけ?鏡を見ないといけない顔をみないと忘れてしまいそうだ自分の顔を思い出せない世の中には人間が多すぎて自分の顔がわからないんだだれか助けてくれ助けてだれかぼくの顔を教えてくれうわっ大変だ僕のかおが僕のくちびるが大きく腫れはがっているこれはなんだどこかでみたことがあるぞそうだドラクエのモンスターだくちびるおばけ?いやわからないけど怖いよ怖いよ怖いよなんでこんなことになってしまったんだだれか助けてお父さんお母さんごめん憎んでごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしません悪いことはしませんから許してくださいこれはあなたたちの呪いなんでしょう?あなたたちが僕にかけた一生解けない呪いなんでしょう?あなたたちが憎んだ僕にかけた見えない鎖なんでしょう?だから謝りますよ、ね?ほらこうして土下座して謝ってるじゃないですか、え?目が卑屈?口元があやふやに笑っていて気持ちが悪い?だってそれはあなたたちが作ったんでしょう?ぼくをそういう風に産んだのはあなたたちですよほらよくみてくださいよグチャグチャになったぼくのかおを腫れはがって醜く歪んだ僕のかおをよーくみてよーくみてあなたたちの分身逃げられないよ僕が生まれてきたからには一生追いかけるよあなたたちがいなくなるまでそれが僕のさだめ生きる目的だから怖いかい?僕の方が怖いよ自分が怖いよどうしたらいいのか教えてくれ参考書にも教科書にも、書いてないんだよお父さんもお母さんも教えてくれなかったじゃないかどう生きるべきかを答えなんてないのはわかってるよそんなこと言われなくても知ってるよだけど年齢を重ねても重ねても謎が解けない気がするんだ、ねえ?どうしたらいい?吐き出させてくれよ毒をだれにぶつけたらいいんだいずれ生まれる僕の子供にもおんなしことをきっときっとしてしまうんだ間違いないよあなたたちが僕にやったようにそして僕の子供とそのまた子供におんなしことをするんだ何百年もそうやってにんげんはおんなしことを繰り返して生きてきたんだよもう2000年以上経ってるんだ変わりゃしないようわかってるよでもここにいる僕っていう魂はたった一つしかないんだこうやっていろんなことをめまぐるしく考えている僕っていう存在は、いまここにしかないそれだけは確かだありがとうわかったよ答えが見つかった気がするありがとうありがとうありがとうさあつぎはだれと同化しようかどこにでもだれとでもシンクロできるよいまの僕はあなたたちが与えてくれなかったアイデンティティーはほら立派にこうやって一つの才能として社会に解き放たれた犯罪者だって成功者だって紙一重さ英雄だって人殺しだってさあつぎはどうしよう太陽と同化すべきか月と同化すべきかそれが問題だそうそれだけなんだよ問題はああまた頭がおかしくなっていくいい感じだスイッチが切れてまた一つの劇場が始まるんだつぎは何を見せてくれる文明の利器が発達しても結局一緒さやってること考えること何回も何回も繰り返すのさみんないいことを平気なかおして嘘ついてみんなで笑ってその実は陰口叩いて罵り合って揚げ足とって叩き落すのさみんなやってる知ってるよあーあなんかめんどくさくなってきた気持ち悪くなってきたあほらしくなってきたよ明日になれば嘘つきの隊長に会えるのかな?ほらあの目の中に虫がいるあいつだよ待ってるのかな時間がないよいそがないとぼくの生命が時間によって消されてしまう100年しかないんだ嘘つきの隊長ならぼくのアタマ、治してくれるかな?お願いいたしますどうかお願いいたしますお願いいたします。

おせんべいくんは、悪い夢にうなされながら、なんとか地獄のような1日を終えることができました。

翌朝、おせんべいくんは、晴れ晴れとした気分で、目覚めました。

続く。