鍵と漢字テストの話

小学生の時、100問ある漢字テストがあった。

確か何度かやって私は97点とか99点とか惜しい点数で満点を逃していた。悔しくて悔しくて、あの頃は家族や先生に褒めてもらうためだけに勉強していたからずっと漢字の練習をしていた記憶がある。だからその頃の成績だけは本当に良かった。

ある時、お父さんと漢字のテストの話をしていて「じゃあ100点取ったらアイスを買ってあげる」と私と約束をした。その時の私の家は4人兄弟で、弟もまだ小さくて、おじいちゃんも亡くなった時期だったからとても忙しく、余裕がなかった。アイスなんてたまに箱で買ってくるやつかチューペットをボリボリかじっているぐらいで、100円するアイスを食べることなんてそうなかった。

だから私は本当に嬉しくて一層勉強をがんばった。

ある日のテストで念願の100点をとることができた。帰ったらお父さんとお母さんに早く見せなきゃ!と思ってウキウキしながら家に帰った。しかしランドセルのいつも入れているポケットに鍵が入っていなかった。

お父さんも仕事でお母さんもおじいちゃんの家に行くから家には誰もおらず、兄弟も誰も帰って来ていない。焦って焦ってどうしたら良いかわからず、半ベソをかきながら先生に助けてもらおうと学校に戻った。とぼとぼ歩きながら「お母さんに怒られる」「せっかく100点取ったのに」などいろんな考えが頭を巡る。

職員室に入ることなんて今までなく入り口付近でうろうろしている時に「どうしたの?」と声をかけてくださった保健室の先生のおかげで担任の優しい先生を呼ぶことができた。

職員室の中は記憶が曖昧で覚えていないけれど、その時は狸のような優しい校長先生がいて、「こっちにおいで」と校長室で座り、引き出しから「内緒だよ」と言っておせんべいを出しもてなしてくれた。この時のドキドキ感は尋常じゃなかったと思う。小学生が考える校長室なんて、お説教をされること露というイメージしかなかったのだから。

時間を見ると16時を周り、そろそろ幼稚園の弟を迎えに行かなくちゃいけない事を話すと、なんと校長先生のふかふかで高級そうな車で直々に弟の幼稚園まで迎えに行ってくれたのだ。緊張しながら道案内をして間違った道に案内しても「迷っちゃったねえ。ははは」と笑ってくれた。

弟を連れまた学校の校長室まで戻ると、担任の先生が「ゆかちゃん」となんだか少し意地悪そうな顔をして呼んだ。先生の手には無くなったはずの鍵があったのだ。

「鍵!」と大きな声で叫んで、先生のところへ行くと、くちゃくちゃになった奥に押し込められたプリントの間から出て来たそうだ。恥ずかしくなって「ごめんなさい」と謝ると「早く100点の漢字テスト見せに帰らなくっちゃね」と茶目っ気たっぷりに先生が言った。弟は初めてくる学校という場所に興奮して走り回っていた。

帰りも校長先生の車に乗って送ってもらうと、家の前で怖い顔のお母さんとお父さんが待っていた。校長先生に何度も謝った後、何も話さずに家に入った。

リビングに入りお母さんに一頻り怒られた後、泣いているところに「ゆか、こっちおいで」とお父さんが手招きをした。お父さんにも怒られるのかとしょんぼりしながら向かうと「テストはどうだった」と小さな声で聴いてくれた。

震える声で「100点」というと、お父さんは思いっきり抱きしめてくれ「やったじゃん」といった。鍵紛失の件に関しては「気をつけろ」というだけで、いつもは怒り散らして外に放り出されるくらいはされると思っていたのに、それ以上は何も言わなかったし怒らなかった。(お母さんは数日引きずって怒られた)

数日して、近所のスーパーにアイスを買いに行ったところまでは覚えているけど、何を買ったかは覚えていない。

こんないくつかの、お父さんとの大切にしたい思い出があるからその他のいろいろな嫌なところがあっても、私はお父さんを嫌いになりきれない。

と夜勤で暇な時間にぼんやり思い出して書き起こしている。仕事しろ。


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