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母の最後を撮ったワケ

もう半年も前のことなのか。去年の盆入りの日、その日わたしは仕事で池袋の高いビルの屋上にいた。父からの電話に動揺しながら電車に飛び乗り向かった。家に帰ると母の姿はない。母に会えたのは葬儀会場の霊安室だった。

その日、一日母のそばにいながら思った。「母の最後を記録したい。しなければならない。」そんな謎の使命感が込み上げてきた。

わたしは「記憶を記録し、記憶に残る写真を撮りたい。」そしてそんな写真が好きだから撮っている。

気持ちや空気感や匂いや温度、そして記憶。全てをぎゅっと閉じ込めることができる。そんな写真が大好きなんだ。

今撮らずに後悔しないないだろうか。そんな事を思いながら冷たくなった母の手を握ったり髪の毛を整えたりしていた。

母の最後に立ち会えなかった人。その人の為にも母の最後の数日を記録したかった。これは残された人たちが受け止めるためにきっと必要なモノだと思う。そんな気がした。

ただ、少し思うことがあった。普通の人。というか写真を日常的に撮らない人にしたら亡くなった人を撮ること、葬儀の風景などセンシティブな場を撮ること事態に嫌悪感をいだくんじゃないだろうかと思った。自分が今まで参列してきた中で写真を撮ってる人なんていなかったからかもしれなきない。

気持ちをストレートに父と弟妹に話してみるとふたつ返事で「いいと思う」だった。

そして、わたしは一生、絶対に。死ぬまで母の最後を鮮明に思い出すことができる写真が撮れた。 

最後に会えなかった人達に見たいと言ってくれた人のみにアルバムをお見せしている。

「〇〇の綺麗な最後の写真をありがとう」
「辛いだろうに、こんな素敵な写真をありがとう」
「こういうの私の時も欲しいな」
「見れてよかった。信じられないけど・・現実なんだ。ってちゃんと認識できた。ありがとう。」
「遺影とか葬儀とか撮って欲しいな。」

などたくさんの声をいただいた。ホントのところはどう思っているかわからない。私がもし逆ならどう思うだろう。もしかしたらちょっと「えっ?」ってなるかもしれない。

でもね。きっとこの世で最強で永遠の味方であり無性に愛され愛する人を亡くしたことのない人にはもしかしたら理解できないかもしれない。わからないけど。

でもね。わたしはね。このアルバムは母の周りの人を助けてくれると思う。だから最後を撮れてよかったと思っています。



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1988年2月に日本に生まれ。神奈川で育ち、今東京の人混みの中を歩いてます。ライター兼フォトグラファー、オンラインカメラコンシェルジュ、アクセサリー作家、カメラ販売員と四、五足の草鞋を履き変えながら『スキ』を大切に生きています。#旅と写真と文章と コミニュティクルー #蜷川組

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読めてよかったです。また読みます!

コメント (6)
本当に繊細なことだなと思います。使命感を強行突破するのではなくって、周りの人の気持ちを思いやる大切さをあすかさんから教えてもらいました😊
強行突破したことも一つある。でもしてはいけない時との線引きは未だに間違っていたのかもしれない?と思うこともある。けど、なによりたいせつなのは、ヒトを想うことかな?っておもいました!
ヒトを想い記憶する。ヒトを想い記録する。時は流れ、記憶は薄れていく。そんな時、その記録の大切さに気付くよ。サクラの頃、そのアルバムを見ながら酒を呑み、号泣したいと思った。
時が過ぎ記憶が薄れていくのが怖いだけだったかもしれないですが。。想いは見えないけど、自分で表現することは可能で、写真がわたしの表現の一つです。ぜひ、見てあげて下さい。母といっしょに呑みましょう。
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