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よみがえる記憶

厄除けをしてもらったあと、地元の蕎麦屋に友人を連れて行って、少しだけ時間をもらい母の大好きなお花屋さんによって実家にいきお線香をあげにいった。

やはり地元に来るのはまだ少し心がくるしい。実家もそうだ。変わらないけど変わってしまった部屋の様子、毛が伸びきった愛犬、撫でると毛玉が何箇所かあった。いつもちゃんとしていた母がいないということを痛感するから…

大好きな国道134。フラッシュバックが強い場所。ファインダーをのぞくと増すのはなぜだろう。

たくさん走ったなぁ。

テニススクールに送ってもらったり、鎌倉で一緒にショッピングしたり、江ノ島でしらす丼食べたり、トンビにお煎餅とられて母激怒事件とか懐かしいな。寒川ローンテニスとかも懐かしかったなぁ。ダブルを母と組んで試合出たなぁ。

辛いわけじゃない。こうして母を思い出すことは私にとって活力になっていると思う。それに、思い出すのは大抵きまって「母が楽しそうにしている姿」だから。

母が羨むほど最高に楽しい人生を生きてやるんだ。過剰なほど心配性な母のことだ、きっとどこからか見ているだろう。

コロナの時代を知らない母、もし生きていたら…そりゃもう大変だっただろうな。父は糖尿病だから気が気じゃないだろう。

わたしもすごく心配なんだけど、仕事へ行くなとも言えない。父がいなければ、祝いの席も別れの席もとてもさみしくなってしまう。父はそんな仕事をしている。
不要不急ではないが、必要不可欠な仕事だ。だから、父を止めはしない。もう自分のために生きたらいいと思うんだ。

2021年に最初に記録しておきたいと思った、記憶と家族への想い。そっとおいておく。

ここの夕陽が綺麗なのも母に教えてもらった場所だ。夕陽をみてなぎさ珈琲でコーヒーを飲んで帰る鉄板コース。この写真プリントして墓参りする時に持って行こう。

って、ふと夜な夜な書き始めたnote。
1月16日か…お母さん誕生日おめでとう。

応援ありがとうございます! お花を飾ろうかな。おいしいコーヒーを飲もうかな。 ちょこっと幸せな気持ちになれるサポート機能っていいですね。 わたしも誰かにおとどけしにいこう。