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バーチャル組織の実践課題 ~第1回 駐在員の非駐在化とその課題~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第1回「駐在員の非駐在化とその課題」を転載したものです。

1. はじめに

日系多国籍企業は、伝統的に、現地法人に駐在員を配置し、その配置された駐在員を起点として現地法人の経営・管理を行うグループ企業管理体制を実践してきました。近年、一部の機能部門に限って法人の枠を超えたグローバル組織の形成を企図する企業グループが出てきていたとはいえ、まだ実践段階には至っていない状況です。

ところが、新型コロナウイルスのパンデミックはそのような実務に大きな影響を与えました。世界各国がロックダウン等の強制措置を講じるなか、物理的な人の派遣を前提としたグループ企業管理が実行できない事態に陥ってしまいました。パンデミック発生当初は一過性のもので短期的に元の世界に戻ると考えられていましたが、その影響が長期化するにつれ、一時的な対応策を講じるのみでは不十分と考えらえるようになりつつあります。

著者らは、日系多国籍企業はむしろこの状況を逆手にとって、グループ内に法人の枠にとらわれず、その人的リソースの有機的・機動的に活用することを目指す上でまたとない機会ととらえるべきであると考えます。そこで本連載では、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を「バーチャル組織」と呼び、その税務、ガバナンス及び法務上の課題及びその解決の方向性について考察したいと考えています。初回となる本稿は、「緊急一時帰国」下での課題の考察をおこなったのちに、その課題を解決する方策としての「駐在員の非駐在化」に焦点を当てて考察を行います。


2. コロナ禍での駐在員の一時帰国期間の長期化

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、多くの企業で駐在員を帰国させる判断がなされました。その後、一時的と思われていた帰国期間が想定以上に長期化し、国際課税上の様々な課題が顕在化することになりました。これらの課題に適切に対処できない場合、国際的二重課税に陥り、企業業績に重大な悪影響を与える結果になりかねません。以下、その課題を具体的に検討します。

(1)一時帰国中の法人所得課税

まず、駐在員の一時帰国が長引いた場合の法人所得課税上の課題について検討します。

一時帰国中の駐在員が、日本国内に滞在しつつも出向契約に基づき現地法人の業務に従事し、その人件費について引き続き現地法人が負担していることを前提にすると、日本での法人課税所得には重大な影響を与えることはないと考えられます。つまり、日本の課税所得は出向という「法形式」に基づく処理が継続されることでマイナスの影響を受ける可能性が限定的となると判断できるためです。

しかしながら、日本本社がいわゆる「格差補填」として、当該駐在員の給与の一部または全部を負担しているケースは注意が必要です。法人税基本通達9−2−46において、「給与格差補填」を行い、出向元法人が出向者の給与の一部を負担した場合、出向元法人の損金として処理することが認められています。しかし、一時帰国中の駐在員に対する負担金の支払いは、当該一時帰国中の駐在員が帰国後、日本本社の施設等を利用して業務をおこなっている場合は特に、格差補填ではなく、単純な給与と考えるべきではないかという疑問が生じます [1]。単純な給与と認定された場合、当該一時帰国中の駐在員が提供している役務は、日本本社から現地法人に対する役務提供であるとの主張を受け、現地法人に対して合理的な報酬の請求を行うよう指摘を受ける可能性が生じます。この点、留守宅手当などとして、日本本社が負担している格差補填金の金額的重要性などを勘案の上、必要な対応策を検討する必要があろうと考えます。

他方、現地法人側では、有効な就労ビザを保持した駐在員が日本に帰国し、リモートで現地法人の業務に従事しているという状況は、現地税務当局から懐疑的にとらえられる恐れがあります。すなわち、日本に帰国した以上、日本本社の業務に従事しているとみなされ、現地での給与費用の損金算入性を否定される可能性があります。一時帰国中の駐在員がリモートで現地法人の業務のみを行っていることを証明できれば、このような現地税務当局からの指摘を退けることが可能ですが、一時帰国中の駐在員の業務には日本の本社との調整、連携などが含まれることを勘案すると、本社向けの業務は一切実施していないという主張を貫き通すことは容易ではありません。言い換えると、駐在員が日本に帰国しても不都合なく現地法人の業務が回っているという状況は、もはや現地法人において出向契約を存続させる意義はないととらえられかねず、ここに税務上の重大なリスクが生じる可能性があると考えられます。

以上の通り、法人課税上は、現地への出向契約を維持した状態で日本において現地法人向けのリモートワークを実施することは、伝統的な出向という法形式とリモートワークという新たな勤務実態との間に乖離が生じているがために、国際的二重課税を誘発するリスクを増幅させると考えます。

(2)一時帰国中の個人所得課税

次に、一時帰国中の駐在員の個人所得課税に関する問題点を検討します。
給与所得に対する個人所得課税については、働いている場所で課税することが原則ですが、これを全ての場合に適用すると、短期の海外出張などを行っただけで、国外で納税義務が生じることになってしまいます。そこで、短期滞在者免税制度(いわゆる「183日ルール」)が設けられ、短期的な国外勤務(出張)のうち一定の要件を充足するものについては、出張先国での課税が免除されることとされています。本邦が締結している租税条約の基本とされるOECDモデル租税条約第15条2項において、短期滞在者免税が適用できる3要件は、①当該他国に183日を超えて滞在していないこと、②当該他国の居住者・法人が支払うものでないこと、③居住地国の雇用者の当該他国におけるPEが支払うものでないこととされています。

OECDモデル租税条約の要件を前提として検討を行うと[2] 、駐在員の一時帰国期間が長期化し、日本での滞在日数が183日を超える場合、一時帰国中の駐在員の所得に対して本邦個人所得税の課税が生じることになります。他方で、現地法人への出向契約を解除していない場合、一般的には、一時帰国中であるか否かにかかわらず現地居住者と見なされ、駐在員の所得に対して現地でも個人所得税課税が継続されることになり、国際的二重課税の状態に陥ります。この点、外国税額控除を適用することで、国際的二重課税を排除することも可能な場合がありますが、外国税額控除は手続が煩雑であるケースが多いこと、外国税額控除制度の適用に様々な制限があるために実質的に機能しないケースもあることから、結果的に国際的二重課税の状態を甘受せざるを得ない事態に陥るケースが散見されます。

加えて、ここでもう一点注意すべき点は、②の「当該他国の居住者・法人が支払うものでない」という要件です。多くの日系多国籍企業は駐在員の便宜に配慮し、「留守宅手当」などの形で駐在員本人の日本国内の銀行口座に「支払い」行為を実施していますが、その結果、短期滞在者免税の適用要件を充足しないことになります。「留守宅手当」の支給は、単なる立替え払いであり、同額を現地法人に付け替えている場合であっても、支給していることには変わりはなく、短期滞在者免税要件を充足することができません。新型コロナウイルスのパンデミック以前に、駐在員が日本に出張のため数日間、帰国するようなケースでは、短期滞在者免税の要件を充足しないとしても、本邦での課税所得は留守宅手当など日本で支払われている金額のうち、日本に滞在した日数に相当する部分のみとなることから、金額的影響は僅少と判断することができました。しかしながら、今回のパンデミックによる帰国では、一時帰国期間が長期化することになるため、影響額が大きくなる傾向にあります。

3. 恒久的な非駐在化

上述した通り、一時帰国が長期化する事態においては、その実態(帰国)と法形式(出向)に乖離が生じます。新型コロナウイルス感染症の収束の目途が立たず、また、今後も様々な新たな感染症の発生が懸念されること、様々なデジタルツールの発展によりリモートワークが社会に受け入れられてきたことなどを考慮すると、今後、非駐在化が可能な駐在員については、恒久的に非駐在化することを積極的に進める企業が増加することが見込まれます。以下、駐在員の非駐在化に向けた課題を検討します。

(1)非駐在化の実践形態

以下、非駐在化した日本本社の従業員が、日本本社の所属のままで現地法人に対してサービスを提供するというケースの課題を検討します。

このようなサービスの提供を行う場合、日本本社と現地法人の間でサービスの提供に関する業務委託契約を締結することが考えられます。このような取引はいわゆるグループ企業間での役務提供取引であるため、税務当局から、そもそも役務提供取引が生じていない、もしくは恣意的に対価が設定されているとの指摘を受ける可能性が高くなります。したがって、サービスの内容やその対価などを客観的に決定する必要があります。中でも、①取引の実在性及びその合理性、並びに②対価の妥当性については十分な配慮を払っておくことが重要です(参考:Para 7.5, 7.6, 7.19, OECD Transfer Pricing Guidelines, 2022)。

グループ企業間の役務提供取引については、各国税務当局の間で見解が分かれる分野、すなわち、事実の認定結果に差異が生じやすい分野と言えます。サービス提供者側の立場であるか、もしくは受領者側の立場であるかによって、事実認定の結果、例えば請求に値する経済合理性のある取引が存在しているか否かについての判断が異なることや、妥当な報酬設定方法の考え方に相違が発生することは想像に難しくありません。すべての課税当局にそのまま受け入れられる税務ポジションは存在しないと考えて対応策を検討する必要があります。逆に言えば、特定の税務当局の意見を必要以上に受け入れる必要もなく、企業としての事実認定を拠り所に、適正な税務判断を実施することに注力すべきであると考えます。税務判断を行う際は、グローバルな税務リスクの管理という点にも十分配慮することが肝要と考えます。

(2)サービス内容の具体化

駐在員の非駐在化を具体的に検討する場合、まずはその対象分野をどのように設定するかが課題となります。この点、製造や販売など現場を管理する必要がある分野はリモートワークに馴染みづらいと考えられます。また、研究開発やマーケティングなど、知的財産に関連する業務については、別途検討すべき課題が多数あり、慎重な対応を求められます[3] 。そこで、第1回である本稿では、管理部門系の業務を非駐在員によるサービスへの移行対象として検討を行います。

管理部門系の業務には、戦略決定などのサポートのように高度な専門性、経験が求められる業務から、単純な作業と認められる業務まで、その内容は千差万別と言えます。どのような業務であれ、経済合理的な具体的なサービスが提供されており、かつ対価が適切に設定されている限り、本邦税務上の問題点を指摘される可能性は低いと考えられます。しかしながら、日本本社の非駐在員が実施する業務は、日本本社のガバナンス目的で実施しているものであって、現地法人に請求すべきものではないとし、非駐在員サービス関連コストの全部もしくは一部を日本本社が負担すべきガバナンスコストであると整理するケースもあろうかと思います。このようなケースでは、本邦課税当局から、対象となっている業務によって現地法人が直接的な便益を享受しているのではないかとの疑念をもたれる可能性が高まります。この点、これらガバナンス活動がどのような理由でグループ内役務提供に該当しないのか、例えば、株主活用((参考:Para 7.9, OECD Transfer Pricing Guidelines, 2022))に該当する活動なのか、重複活動((参考:Para 7.11, OECD Transfer Pricing Guidelines, 2022))に該当するものなのかなど企業としての処理根拠を整理しておくことが肝要となります。加えて、国外関連者が複数ある企業グループにおいては、各法人との取引を俯瞰し、全体的な整合性にも配慮しておく必要があります。

これに対して、請求を受ける側の現地法人においては、請求を受ける事実があるのか、その対価の額は妥当なのかという点について疑問を持たれることになります。論点・課題は本邦のものと同様となろうと考えられるところですが、請求者である本邦税務当局とは違った視点で、つまりサービス受領者としての観点から分析がなされることとなります。本社として、各国別の個別対応を行うことは、各国別の取引の全体を俯瞰した際に整合的に説明できなくなる可能性を生じさせることにつながります。本邦税務当局に示す方針を企業方針として明確に示した上で、同方針に基づき、現地での対応を進めることが肝要と考えます。このように日本本社が設定した企業方針に基づき、現地での対応を実践するためには、現地法人での税務当局との交渉を具体的に担当する現地法人担当者との有機的・機動的な連携が必須となります。つまり、現地法人担当者は、現地での問題回避行動に偏りがちであり、現地法人に限定した「個別最適」を指向しがちです。「全社最適」の観点から判断を行うことが必要である点を理解してもらうとともに、会社方針に沿った対応をおこなっていただくため、事前に現地法人担当者と十分な協議をおこなっておくことが必要です。従前、多くの日系多国籍企業では、現地課題は現地に任せにする、もしくはその対極で一方的、強制的な指示のみを行うという対応を実施されているケースもあったように考えますが、非駐在化を進め、「バーチャル組織」を有効に機能させるためには、両者の十分な意思疎通の上で必要な改革を実践していく必要があると考えます。

その上で、契約内容の適正化を行っておくことで、グループ内役務提供取引に関連して惹起される税務リスク、例えばPE認定課税や、サービス報酬の損金性の否定、さらには移転価格税制などに対応する有効な基礎を形成することにつながります。

4. まとめ

連載第1回目となる本稿は、バーチャル組織という観点から、新型コロナウイルスの影響を受けて発生した駐在員の一時帰国にまつわる税務上の課題を中心に問題点を整理しました。次回以降は、新型コロナウイルスの対応を離れ、より積極的に「バーチャル組織」を導入する場合を想定し、ケースも織り交ぜつつ問題提起したいと考えております。2ヶ月ごとの連載を予定しておりますので、今後の記事にもご期待ください。

以 上


[1]法人税基本通達9−2−46解説参照:「使用人を関係会社等に出向させたとしても、出向元法人とその出向者との雇用関係は依然として継続していることから、出向者は、出向後といえども従前通りの給与条件その他の雇用条件が維持されることを出向元法人に要求する権利を持っている。加えて、出向先法人における給与ベースが低い場合には、出向元法人が格差補填を行う事例も多い。出向者はもっぱら出向先法人に労務を提供しており、出向元法人では就労していないことからすれば、出向元法人が負担する格差補填金をどのような性格の支出と考えるかについては疑問があるところではあるが、出向者と出向元法人との関係を考えると出向元法人にとってこの給与格差補填は、出向を円滑に行うための必要不可欠な事業上の経費と捉えることに合理性が認められる」

[2]具体的な検討に当たっては、適用される租税条約の内容を確認いただく必要がございますので、ご留意ください。

[3]価値ある無形資産形成に関連する活動をグループ企業間で分担の上実施する場合、その活動の結果発生する無形資産の帰属、すなわち活動に関連した法人のいずれかの所有となるのか、もしくは複数の関連法人での共同所有となるのかなどを検討する必要があり、DEMPEの観点から企業としての考え方を分析、整理しておくことが必要となります。また、無形資産の帰属主体との関係性を考慮の上、授受される報酬の性格(役務提供対価か無形資産の使用料/譲渡対価かなど)も検討する必要があります。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



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