見出し画像

バーチャル組織の実践課題 ~第3回 バーチャル組織を活用したクロスボーダーガバナンスの実践~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第3回「バーチャル組織を活用したクロスボーダーガバナンスの実践」(月刊国際税務 2022年8月号)を転載したものです。

1. はじめに

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、企業においてリモートワークの導入・普及が進み、オンラインでのコミュニケーションツールや、プロジェクト管理ツールを用いたプロジェクト推進が日常となっています。加えて、このようなプロジェクト管理ツールを有効利用することで、関与者が世界中に散在する、いわゆるクロスボーダープロジェクトも簡単に実現できる環境となりました。これは、時間や場所の制限を受けず、世界規模で人財を活用し知識を共有する、真の意味でグローバル化された事業環境が整ったといえるかもしれません。

このような環境のもと、事業サイドは経営資源の有効活用を図るためにクロスボーダープロジェクトの推進を急速に進めようとしますが、得てして企業の管理サイドはコンプライアンス管理、その他未確認の不確実性の存在から、クロスボーダープロジェクトの推進のブレーキをかける傾向にあります。結果として、事業サイドは管理サイドを無視・排除した形でクロスボーダープロジェクトを進めてしまい、本社の目が行き届かない海外子会社の現場において、コンプライアンス違反や重大な税務リスクが生じかねません。加えて、多くの多国籍企業では、地域統括拠点を設置し、各地域統括拠点に担当地域での方針決定、コンプライアンス対応、内部統制機能を担わせる体制が取られていますが、クロスボーダープロジェクトは、従前の地域単位を前提とせず機動的な枠組みで実施されることが想定されるところであり、地域単位での統括機能についても今般の事業環境に合わない可能性が生じているといえます。この点、旧来の「地域統括拠点」という概念に捉われない、国境や業際を超越し、機動性を兼ね備えた「地域統括機能」が必要となっているのではないでしょうか。

筆者らは、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を「バーチャル組織」と呼び、従来型の指揮命令系統に囚われず、場所さらには組織の枠を超えた企業管理形態の考察を行います。

連載第3回となる今回は、企業が「バーチャル組織」を活用して、「地域統括拠点」に代わる「地域統括機能」を実現する場合の課題について、ケーススタディの形式を用いて考察します。


2. ケーススタディ① 地域統括拠点機能の再考

日本法人A社は、米州、欧州、東アジア、ASEAN地域に地域統括拠点を設置し、各地域の戦略の策定、販売や調達等の事業機能、並びに経理財務、法務等の管理機能を集約しており、各地域統括拠点の社長その他、各機能部門のリーダーはA社から派遣された駐在員が担っていました。
近年の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、各地域の駐在員のうち、管理機能を担当する駐在員は日本への帰任を余儀なくされましたが、統括会社で行っていた管理業務は、リモート環境下で大過なく遂行できています。現地駐在員の削減は、大幅なコスト減につながることもあり、A社の経営陣は、地域統括拠点への人材配置の適正化、ひいては機能の最適化を検討するよう求めています。駐在員を大幅に削減しつつ、ガバナンス機能を維持するために留意すべき点はどのようなことがありますでしょうか?

従来、地域統括拠点は本社の経営意思決定機能や、管理機能の一部を各地域に委譲することで、各地域に則した経営戦略の実現と、地域レベルでのガバナンスの確保を目指して設立・運営されてきました。特に事業特性の影響を受けにくい間接部門の業務については、地域内の会計業務のシェアードサービスの統括、余剰資金のキャッシュプーリングや統合的な為替リスク管理等による資金管理、地域内における統一的なコンプライアンス対応、地域統括拠点に設置された内部監査部門による傘下拠点に対する機動的なモニタリングの実現などの様々なガバナンス機能が、地域統括機能に期待されます。

現地駐在員が統括会社で行っていた管理業務について、日本への帰任後でも行うことができるということは、コスト減や人材配置の適正化の観点から、ひいてはガバナンスの高度化の観点から、地域統括拠点をバーチャル組織化し、地域統括拠点の機能と人財配置とを切り分けて検討する、よい契機になりえます。他方で、海外拠点のガバナンスは、現地駐在員と、現地従業員との直接的なコミュニケーションに基づく信頼関係の上で達成されてきた側面もあります。バーチャル組織による間接的なコミュニケーションに基づく管理を目指す場合には、現地従業員による不正リスクが高まることを踏まえて、海外現地法人の業務の透明性を確保するためのルール・業務プロセスを設計することが重要です。

また、地域統括拠点の機能と人財配置とを切り分けることを指向する場合には、管理運営が法的な組織体を超えて実施されることになります。この点、法人間をまたがる管理活動をどのような契約関係を用いて実行するかによっては、課税関係に影響を与えることがあるので、移転価格税制、PE(恒久的施設)認定課税、さらにはタックスヘイブン対策税制なども考慮しておくことが必要です。例えば、地域統括拠点をシンガポール現地法人内に設置し、その100%子会社であるフィリピン現地法人内にAPAC地域の会計・財務シェアードサービス機能を設置するようなケースにおいて、経理財務機能の責任者をフィリピン現地法人の従業員に任せる場合、フィリピン現地法人が実施する業務内容の複雑性、リスクの程度などに応じてフィリピン現地法人が確保すべき利益率が異なることになります。また、フィリピン現地法人のシェアードサービス機能についてシンガポール現地法人が管理統括を行う場合、その統括機能の設計によっては、フィリピン現地法人の従業員がシンガポール現地法人のPEとして認定される可能性も生じます。さらに、本邦タックスヘイブン対策税制上、シンガポール法人を「統括会社」、フィリピン法人を「被統括会社」として、適用除外要件を充足する場合、以上のバーチャル組織化が与える影響の有無にも配慮を行う必要があります。すなわち、従前はシンガポールで実施していた機能(現地駐在員の存在)が日本に移動していると主張されることも考えられるため、バーチャルな組織でのシンガポールでの統括機能によって、本邦タックスヘイブン対策税制上の適用除外を充足するのかについても十分な検討が必要となります。

さらに、地域統括拠点を設けることで各種税務上のベネフィットを受けているケースもあると思われます。これら税務上の恩典を受ける前提となっているのは、現地での雇用者数や、現地で費消するコスト総額などとされているケースも少なくなく、今回のケースのように統括機能のバーチャル化を実施することで、これらの基準を充足できなくなる場合も考えられます。現地での恩典税率が使えなくなるようなケースでは、将来の影響のみを考慮すればいいのか、もしくは過去便益にも遡及的に取消しが行われるのかについても確認することが必要です。加えて、恩典税率が認められなくなるケースでは、繰延税金資産・負債の残高にも影響を与え、結果的に会計上に重大な影響を与えることもあり得ますので、この点にも注意が必要です。

3. ケーススタディ② バーチャル組織による中国子会社のガバナンス

日本法人B社グループは、中国市場を自社グループの重要なマーケットとして位置づけ、中国国内に複数の製造拠点、販売拠点を有しております。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、多くの日本人駐在員が帰国し、地域統括拠点の現地従業員も、政府によって散発的に実施される移動制限措置によって、中国国内の移動がままならない状況にあるところ、一部の中国製造拠点の帳簿に計上されていた在庫の多くが滅失していることが判明しました。これを受けて、原因調査と共に、再発防止策の導入を計画しています。しかしながら、コロナ禍での移動制限があるため、従前のように現地訪問して現地担当者とともに作業を実施することが叶いません。現地担当者主導で策定された再発防止策について、日本本社の海外管理部門が、遠隔でその有効性の確認し、その実行を管理することを検討しています。このような遠隔でのガバナンス強化を実施する中では、どのような点に留意すべきでしょうか?

一般的に、在庫の滅失の原因としては、出庫や破損時の記帳漏れ、紛失等の過失を原因とする場合に加えて、社外の者による盗難、並びに従業員による横領等の不正行為が考えられます。中国を含む海外の製造拠点においては、特に、在庫管理等の現物管理体制に留意する必要があります。原因調査の際には、滅失の原因を調査し、その背景にある現物管理体制の脆弱なポイントを識別することが肝要となります。その上で、効果的かつ実行可能な再発防止策を検討しなければなりません。

本ケースでは、再発防止策の実行管理について、日本本社の海外管理部門により遠隔に実施する必要があります。この点、新型コロナウイルスの感染拡大下、企業において導入・普及が進んだ各種デジタルツールの有効活用を基本的なガバナンス手段として実行管理プロセスを設計することが必要となります。しかしながら、本件課題の本質は現物管理上の問題であり、現地側の管理体制の向上、作業プロセスの改善を合わせて実施することも極めて重要です。すなわち、倉庫のセキュリティ環境の見直し、倉庫在庫の受払いプロセスの改善、事業部門から独立した第三者立合いの下での実地棚卸の実施、内部通報システムの導入等、現地側での現物管理体制の強化を行いつつ、これらの活動を適時適切に記録し、保存させ、日本本社側から遠隔に、随時かつ機動的にモニタリングができる体制を構築することが求められます。

また、在庫の管理不備による在庫の滅失が発生した場合には、税務の観点からも留意が必要です。中国における企業所得税法上、在庫の管理不備による滅失に伴う棚卸減耗損は、非正常な損耗として、税務当局へ特別な申告をする必要があり、管理不備と認定されれば、当該棚卸減耗損の損金性が否認される可能性があります[1]。加えて、中国の付加価値税である増値税法上、上記のような正常でない棚卸減耗損に対応する仕入税額の控除は認められないものとされており[2]、仕入税額の既控除額が否認される場合は、追加納税に加えて、過少申告加算税、延滞税などのペナルティの対象となります。

中国のみならず、海外の現地税制においては、在庫の管理不備を事由とした損失に関して、税務上の損金性を否認する取扱いをしている国も少なくありません。在庫管理プロセスの再構築を検討する際には、現地の税制に関しても留意が必要です。なお、このような子会社で生じた損失を、合理的な理由なしに日本親会社で負担すると、国外関連社寄付金との認定を受けることにつながりかねません。海外現地法人での突発的な損失が生じた結果、現地法人への支援金を送るケースにおいては、日本本社の責任によるもの以外の処理については、慎重に検討を行う必要があります。

また、本ケースでは、ガバナンス体制の強化のために日本本社の海外管理部門が一定の機能を果たすことが予定されています。これらの活動は、本来は中国子会社が自らの責任で実施すべき活動と判断される場合、日本本社から中国子会社への経済的便益の提供と認定されることになります。このような認定を受けた場合、日本の税務当局は提供しているサービスに係る適切な報酬を中国子会社に請求することを求めます。他方で、日本本社がこれらの活動の対価を、いわゆる「マネジメントフィー」という名目で中国子会社に請求を行ったとすると、中国側で、損金にならない可能性が生じるだけでなく、送金も実施できない可能性も生じます。管理機能のバーチャル化については、実行に移すことが比較的容易であるところ、その税務的な処理方法を十分に検討できていない場合は、関係する法人において、さまざまな税務リスクを躍起し、結果的に国際的二重課税の状態に陥りかねません。会社としての費用負担方針を明確にし、各国の制度も確認した上で、その会社方針をサポートする適切な契約書など文書を準備して、適切な名目で費用請求を実行することが肝要です。

 さらに、本ケースでは、日本本社の海外管理部門がバーチャル組織の一翼を担い、中国子会社の情報を日本本社に移転することになります。この点、中国国内で収集・生成されるデータに関する規制、いわゆる中国データ3法(サイバーセキュリティ法、個人情報保護法、データセキュリティー法)の遵守が求められます。経理財務データ等、通常のビジネス活動で生じるようなデータの越境に関するリスクは低いかもしれませんが、個人データや重要情報の定義に該当するセンシティブなデータに関しては、規制の適用可能性について検討しておくことも求められます。

4. まとめ

本稿は、バーチャル組織を活用したクロスボーダーガバナンスの実践することの課題について、ケーススタディの形で考察を行いました。実際の検討時にはより多くの事実が複雑に絡まり合うことが想定されますが、そのような中での考え方の整理の一助となれば幸いです。次回以降も、バーチャル組織を活用したビジネス実践について、ケースを織り交ぜつつさらに考察を続けたいと考えています。今後の記事にもご期待ください。

以 上


[1] 国家税務総局公告2011年第25号 企業資産損失所得税税前控除管理弁法 第10条

[2] 中華人民共和国増値税暫定条例 第10条


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



© AsiaWise GroupAsiaWise Groupはアジアを中心に活動するCross-Border Professional Firmです。国境を超え、業際を超え、クライアントへのValueを追求しております。本稿の無断複製・転載・引用は固くお断りいたします。