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バーチャル組織の実践課題 ~第4回 バーチャル組織を活用したIP管理とグローバル人材プールを活用した内部監査~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第4回「バーチャル組織を活用したIP管理とグローバル人材プールを活用した内部監査」(月刊国際税務 2022年11月号)を転載したものです。

1. はじめに

事業活動のグローバル化によって、国内外を問わず、世界の拠点間で人材、資産の最適配置に向けた施策がますます重要となっています。

筆者らは、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を「バーチャル組織」と呼び、従来型の指揮命令系統に囚われず、場所さらには組織の枠を超えた企業管理形態の考察を行います。

連載第4回となる今回は実際直面しているであろうテーマとして、企業が「バーチャル組織」を活用して個社に分散所有されているIPの管理、活用を行うケース、並びにグローバル人材プールを活用したグローバル内部監査の実施を行うケースを取り上げました。それぞれケーススタディの形式を用いて考察してまいります。

2.ケーススタディ① 被買収企業IPの管理、活用

日本法人A社(製造業)は、国外に本社を有するB社(製造業)を買収し、子会社化しました。B社は多くの特許を有するテクノロジー企業であることがA社として買収を決めた重要な要素です。A社としては、買収後B社とA社のIPを総合的に活用し、業績、業容の拡大を図ることを目論んでいましたが、買収後の統合作業がうまく進まず、逆に買収時に増加した負債の返済に窮する可能性が顕在化しつつあります。このような状況で、事業部門からB社のIPをA社に集約したいとの提案を受けました。どのような点に留意すべきでしょうか?

一般的に、株式取得で企業買収を行うケースでは、被買収企業が保有する特許などのIPは買収後も被買収企業が法的な帰属主体となります[1]。他方で、買収対価は当該IPの時価も含めた形で決定され、連結財務諸表作成上は「取得原価配分(PPA)」を通じて適切な科目で連結貸借対照表に計上されます。つまり、グループ経営の観点からは、すでにグループが買収しており、かつ(連結)貸借対照表にも計上されていますが、リーガルエンティティベースでは買収後も被買収会社が保有しているため、買収会社がそのIPを利用するためにはライセンスなどの手当が必要となります。この点、買収後の統合作業が良好に進展していれば、買収会社と被買収会社のリーガルエンティティ間でライセンス契約などを適切に設計することもできますが、両社間での実質的な統合が進んでいない状態を前提とすると、両者の間で意見の食い違いが生じ、シナジーを発揮し難い状況に陥ることが想定されるところです。このような状況を解消するため、事業部門がIPの帰属自体をA社に移管することを提案することが考えられます。

しかしながら、単純にIPを移転した場合、さまざまな課題が生じます。まず、課税所得計算はリーガルエンティティベースで実施することになるため[2]、譲渡時点に譲渡法人であるB社において譲渡益に対して法人所得税課税がなされることが懸念されます。一般的にこのような譲渡益に対する法人所得課税に関しては、課税の繰延べなどが認めらないため、その所得税額は一時的なキャッシュアウトとして発生することになると考えられます。他方、譲受法人であるA社では、この取引により無形資産(もしくは税務上の繰延資産)を取得することになるので、本邦課税所得計算上は、その耐用年数に渡り減価償却費を計上することが可能と考えられます。損金算入の効果は将来一定期間(耐用年数)にわたり徐々に発現することになるので、グループ全体での税金費用にかかるキャッシュフローにはネガティブに働きます。譲渡対価が多額となる場合は、影響が甚大になりかねないので、慎重に対応する必要があります。

加えて、本件取引については、グループ企業内取引となりますので、いわゆる移転価格税制の対象とされます。通常、市場価格の存在しないIP価格については、後の税務調査において問題視される可能性が高く、その対価算定根拠について、適切な文書化が望まれるところです。さらに、BEPS最終報告書で報告され、日本でも2019年度税制改正において導入された所得相応性基準(租税特別措置法第66条の4第10項)が適用された場合、譲渡後も5年間にわたり対価の妥当性を確認することが求められることになります。譲渡時点で対価に重要性が認められる取引はもとより、将来的に価値が著しく増大しかねないIPの取引については慎重な対応が必須となると考えます。

また、本件取引については、その実態面にも十分配慮しておくことが必要と考えます。つまり、譲渡対象となっているIPについては、譲渡前からA社グループのIPであるところ、本件譲渡を行なった後もB社が継続的にその使用や管理をしているようなケースでは、そもそも譲渡の実体が存在していないとの認定を受ける可能性も否定できません。譲渡が存在していないとの認定を受ける場合は、本邦税法に照らせば、譲渡対価の支払いはA社からB社への国外関連社寄付金(租税特別措置法第66条の4第3項)との認定を受ける可能性が高いと考えられます。他方で、B社所在地国では、譲渡対価ではなく使用料として入金額の収益計上が求められるとともに、IPは継続的にB社に帰属するとの主張を税務当局から受けることも考えられるところです。このような指摘を受ける可能性を下げるために、譲渡を行う目的を明確にするとともに、IPの登録名義の変更を適切に実行することや、譲渡後のIP管理活動をA社が主体となって実施するなど、実質的な機能移管を適切に行っておくことが求められます。

以上の結果として、税務リスク、手続きコストを勘案したところで、IPの帰属の移転については費用対効果が十分でないと判断されるケースが多いのではと考えられます。このようなケースでは、IPの帰属を移転するのではなく、IPを統括するためのエンティティ横断的なバーチャル組織を立ち上げ、IPの管理機能をバーチャル組織に移管するということが合理的な場合も存在すると考えられます。このバーチャル組織において、それぞれのエンティティが保有しているIPの総合的、統合的な活用を検討し、実際に活用していくことでA社グループとしてのシナジーを効果的に発揮できることが可能となります。他方で、バーチャル組織はA社グループの各エンティティをまたがった組織であるところ、IPの法的な帰属主体はそれぞれの構成エンティティとなります。つまり、バーチャル組織を組成するためには、各エンティティの役割、責任を明確化し、エンティティ間で適切なサービス契約を締結することが必要となります。無形資産の税務的な検討においては、「DEMPE」に基づく分析が重要だとされていますが、ここで締結される契約書においては、それぞれのエンティティの「DEMPE」にかかる役割、権限、責任が適切に設計されていることが必要です。仮に、IPの帰属主体であるエンティティの役割、権限、責任が不十分となっており、結果的に利用者としての権限、責任しか有していないと認定された場合、実質的なIPの譲渡が発生したとみなされるリスクがあります。バーチャル組織によるIPの管理を行う際は、その参加エンティティ間の契約内容、取引実態などについては十分な検討、検証を行う必要がある点には留意が必要です。

3.ケーススタディ② グローバル人材プールを活用した内部監査

日本法人C社(製薬業)は、グローバル内部監査チームのバーチャル化を進めており、内部監査メンバーは、日本本社、米国法人、イギリス法人で雇用している内部監査部門メンバーで構成されています。今回、日本本社にて次年度のグローバル内部監査方針を計画しているところ、南米拠点に対する監査の実行については、時差の問題の少ない米国法人のメンバーが、Web会議システム等のオンラインツールを活用したリモート監査を実施し、日本本社のメンバーがその監査業務を統括することを検討しております。
上記のようにグローバル人材プールを活用し、国籍が異なる内部監査メンバーで構成された内部監査の実行を検討する場合には、どのような点に留意すべきでしょうか?

グローバルに事業を展開する企業において、海外拠点に対するガバナンスの重要性が増しています。他方で、日本本社の内部監査部門にとって、海外拠点に対する内部監査は対象拠点との地理的な距離、言語的な制約、文化・習慣の相違などの事情によって、国内拠点に対する監査と比べてその実施が難しいものとなっています。このような海外固有の事情を考慮すると、海外拠点に対する内部監査の実施においては、監査対象拠点の所在国の言語に対応でき、文化や法制度に対する親和性をもち、かつ必要な監査スキルを保有している人材が必要となりますが、多くの日本企業では、特に本社において社内にこのようなスキルを保有している者がおらず、海外拠点の監査の実施に対する大きな障壁となっていました。

このような海外拠点に対する監査の障壁を乗り越える手段として、バーチャル組織としてのグローバル内部監査チームを組成した上で、海外拠点の人材を活用し、プロジェクトベースで適任者を選定、対応するアプローチは有効なものとなりえます。さらに、コロナ禍で急速に発展したWeb会議システム等のオンラインツールや、パソコンやタブレット・スマートフォン等のモバイル機器を組み合わせた、リモート監査(遠隔での内部監査)の実施を検討することで、海外拠点に対する内部監査を有効に進めることができるものと考えます。

このような多国籍メンバーから構成されるチームによる内部監査プロジェクトにおいては、国籍や所属法人を同じくする均一的なチームメンバーによるプロジェクトよりも、誤解や認識の齟齬が生じる可能性が高くなります。そこで、対象拠点に対する個別監査計画において、明確な監査目的を定め、その目的を達成するために各監査チームに求められる期待役割に基づいて、監査フェーズごとの監査業務の役割と責任の範囲を明確にすることが重要です。また、リモート監査の性質上、現場往査型の監査よりも、監査対象拠点の現場を十分に観察できなかったり、監査発見事項の検証に時間を要したりする傾向にあります。これに対応するため、監査現場をWebカメラで動画撮影する等のモバイル機器の活用や、被監査対象会社の担当者の対応可能な時間に応じた柔軟な監査スケジュール設定など、リモート監査に合わせた工夫が必要となります。

本ケースでは、南米拠点に対する内部監査プロジェクトに関して、日本本社C社の内部監査チームが統括し、米国法人の内部監査チームがその監査の実施することを計画しておりますが、日本本社と米国法人のそれぞれの内部監査チームの役割分担として、例えばグローバル監査の年度計画の策定、監査スコープの決定、グローバル監査における標準的な監査手続書や監査報告書の整備を日本本社の内部監査チームが担当し、その年度監査計画のもとで南米拠点に対する詳細な個別監査計画の策定、監査アプローチの決定、内部監査の実施、そして日本本社の内部監査チームに対する監査報告を米国法人の内部監査チームが担当する、等が考えられます。そして、このような役割分担とその責任を、日本本社と米国法人との間のグループ間契約において明確に定めておく必要があります。

また、日本本社の内部監査チームが海外拠点に対する内部監査業務の最終的な責任を負っていると整理する場合、本来日本本社が実施すべきである南米拠点の内部監査業務を、地理的な親和性等の事由で米国法人の内部監査チームへ委託することとなるため、米国法人に対してその委託報酬を支払う必要があります。この点、日本本社から米国法人に支払う対価については、独立企業間原則を基にした金額設定を行う必要がありますが、監査プロジェクトとしての各関連者の役割分担と費用負担方針が明確化されたグループ間契約を締結し、監査担当者から監査報告書などの内部監査プロジェクトの成果物が提供され、適切な名目で費用請求を実行することは、会社ポジションを税務当局に強く主張する上で必須の要素となると考えます。

他方で、内部監査の実施は、各国の会社法によって、一般的には各法人のマネジメントに求められる機能とされています。本ケースでは南米拠点のガバナンス体制の強化のために、グローバル内部監査チームが一定の機能を果たすことが期待されています。これらの内部監査活動には、本来は南米拠点が自らの責任で実施すべき活動と判断される部分も含まれていることもあり得ます。このような現地会社法に基づく内部監査機能については、当然に現地法人が負担すべきものであり、そのようなコストを日本法人が現地法人に代わって負担していると認定されると、国外関連者寄付金などに該当するものとして、日本において、その損金性が否定されることになりかねません。この点からも、グローバル内部監査チームの活動内容、役割などの整理は非常に重要と考えます。

4.まとめ

本稿は、バーチャル組織を活用したIP管理及び内部監査の実施の意義、課題について、ケーススタディの形で考察を行いました。実際の検討時にはより多くの事実が複雑に絡まり合うことが想定されますが、そのような中での考え方の整理の一助となれば幸いです。次回以降も、バーチャル組織を活用したビジネス実践について、ケースを織り交ぜつつさらに考察を続けたいと考えています。今後の記事にもご期待ください。


[1] 買収時にIP部分を区分した場合、本文記載のような課題は生じません。もっとも、IP部分を区分して譲渡を行うためには、IPの登録名義変更が必要となり、手続きが非常に煩雑となること、株式譲渡と異なりVATなど間接税の課税対象となり追加コストの発生が見込まれることなどから、買収実務を行う上では頻繁に行われる取引ではないと考えられます。

[2] 連結納税制度または所得通算制度を採用しているケースであっても、国外子会社との所得の通算は認められていないため、本ケースにおいては、B社との所得通算は認められません。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



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