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バイク免許合宿2日目──逍遥

体が重い……。朝一番に思ったことだ。昨晩夜行バスであまり寝られなかったからか、倒れたバイクを何度も起こすのに慣れない筋肉を使ったからか、マットレスが固いからか。どれも正しいような気がする。宿舎で用意してくれる朝食に間に合うようになんとかベッドから身を引き剥がして階段を降りる。朝食を食べた後の記憶はあまりないが、本を何節か読んで、それからまた眠りに落ちたように思う。今日の教習は午後からだ。

昼食を食べてから、食後の一服をしにいこうとしていたところ、2人組に声をかけられた。大型バイクの免許を取りにきているAさんとRさんだ。Aさんは背丈の高い好漢といった風采で、記者をしているといった。非喫煙者で、Rさんの一服に付き合いで同行したということだ。Rさんはかなり煙草に凝る人で、手巻き煙草を持ってきていた。それも2銘柄。あとから、パイプや嗅ぎ煙草も持ってきているということを知る。彼とはのちにもっと仲良くなることとなる。

今日の教習は実技2コマで、天気には大変恵まれた。日焼け止めをもっと塗っておけばよかったと思うほどの快晴である。1コマ目で左折の小回りを練習したあと、2コマ目では、一本橋と坂道発進の練習をした。これらは卒業検定で見られるところなので、特にしっかりと覚えたいところだ。一本橋は少し不安を残す結果だった。

ニーグリップをするように、と言われる。しっかりとニーグリップをすると、バイクの熱が内腿を伝わってきて、なんとなく「人馬一体」という言葉を思い出す。バイクは馬ではないが、自分が今またがっているこの乗り物が熱を持っていてそれが伝わってくるということに、どうにも生き物らしさを感じてしまう。感じてしまう、というよりは「人格」を付与しているというのが体感に近い。

今日は夕方頃にはすべての教習が終わったので、一旦宿舎に戻って、いくつかの買い物をしに(そして煙草を吸いに)出かけることにした。化粧水の類を忘れてしまったのでまずニベアを、それから、教習所に来るまでの道中で破損したリュックを補修するために瞬間接着剤を買わないといけない。それらの買い物を終わらせてコンビニに行くと、昼頃に会ったRさんがいる。

雑談に花が咲く。彼曰く「ぼくのポリシーですけれど、安くてもいいからタンクの容量が大きくて乗りやすいバイクがあるといい、散歩の範囲が広がる」とのこと。彼は節約のためとも言っているが、煙草を自分で巻いたり、バイクも自分でメンテナンスしたり、実際に細かい手作業を介して物事と付き合うのが好きなひとなのだと感じる。連絡先を交換して一旦は別れるが、その少し後に電話がかかってきて、ラーメンを友人と食べに行くが一緒に来ないか、との誘い。断る理由はない。

Rさんと友人のYさんは2人とも東京の都市圏出身なのだが、不思議とそれを思わせない余裕がある。ラーメン屋に行くのにあえて遠回りをして、それが裏目に出てかなり時間がかかってしまっても、さも当然のことのように飄々としている。彼らと話しているのは(あるいはしばしば彼らの話を聞いているのは)心地よいと感じる。

ラーメンはとても美味しかったし、店の構えにも大変味があった。残りの教習日でまた来れたら来たいと思う。そのあとは誰の口から出たのか、銭湯に行く流れ。3枚のタオルと3つのリンスインシャンプーと、1つの石鹸を買って湯に浸かる。硫黄の臭いがするお湯で、体の凝りや疲れが取れるのではないかと思う。湯船に浸かったのはいつぶりだろうか。

暗い道を帰る。道中Rさんが嗅ぎ煙草を吸わせてくれて、なんなら貸してくれて、今手元には彼から借りた嗅ぎ煙草のケースがある。こんなに楽しくて残りの教習生活大丈夫だろうかと心配になるが、Rさんは「これからも楽しいですよ」と言ってくれる。たくさん歩いて足は疲れたけれど、心地よい眠りに就けそうだ。

今日はRさんが薦めてくれた曲の歌詞から引用する。

いくつかの思い出は
泡のように弾けて浮かぶ
不器用に進めるんだ
かき集めて ピアスをはめてゆく

NEON「クラブハウスで口づけを」

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