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小五の誕生日プレゼントは「ラサール石井のチャイルズクエスト」だった

小学生時代の同級生からの誕生日プレゼントといえば、「ミニ四駆」か「ガンプラ(BB戦士)」が主流だったが、小学五年生の時の同級生2人からの誕生日プレゼントは、ファミコンカセットの「ラサール石井のチャイルズクエスト」と「ファミコンジャンプ英雄列伝」だった。

当時、ファミコンは既にスーパーファミコンに勢いを奪われていたが、まだまだファミコンカセットは子供には高いものだったので、私にとっては若干引いてしまうプレゼントだった。でも聞けば、2人は中古ファミコンショップを回ってコレだ!と思うものを探してくれたらしく、どちらも500円ポッキリだったという。

いつしか私には単なる中古ファミコンカセットが何か特別な物に感じられてきて、しばらくそれに熱中したのだった。特に、「ラサール石井のチャイルズクエスト」に。

アイドルなのに尿意を催す、それも頻繁に・・・・・・おむつプレイの至高さは子供なので感じはしなかったが、ごまをすってごまをすって苦労して苦労して売れていく喜び、それを味わえた大切な思い出のRPGだ。今は、ソーシャルゲームの時代になり、クソゲーの溢れる時代になった。ユーザーが簡単にゲームを作成できるプラットフォームが増えてきて、ますますクソゲー市場は活性化するだろう。今の子供たちは、「ファミコンの思い出」に投稿できるような、投稿したくなるような胸に刻まれるゲームに果たして出会えているのだろうか。

お金が無い。でも暇だけはある。じゃあファミコンでもやるか。で、ひとつのゲームをとことんやりこむ時代ではなくなった。無料ゲームが溢れ返り、数分の時間を繰り返し繰り返し消費するような時代になった。今の人らの中で、「たけしの挑戦状」を根気を持ってクリアしてやろうという人は少ないのではないだろうか。一時間待つような、それこそ酔狂なゲーマーしかもう楽しもうともしないジャンルになっているのではないだろうか。だりぃ、簡単でちゃちゃっと済ませて楽しいのがいいわ、そんな感覚は、今の若い人に揶揄される生き方そのものに感じられる。

人間には一日に7分間の隙間の時間が5回あるという。この隙間時間にピッタリはまったのがソーシャルゲームだと言われている。5回の7分間にはまるようなゲームは、本当に簡易なもので、無料ゲームの無い時代に金を払ったからにはやりつくさねば、の精神で迎えられたような「たけしの挑戦状」のようなチャレンジャーなゲームはもう生まれてこないのではないかと思う。例えばパズドラが人気だが、果たしてパズドラはゲームとして、名作だろうか? ソーシャルゲームから名作は生まれるだろうか? どうもライトノベルが登場した流れと同じ臭いがしてきている。ライトノベルは文学か? 騒動と同じで、ソーシャルゲームは果たしてゲームなのか?

調べていて意外だったのだが、ファミコン、スーパーファミコンを持っている小中学生は、少なくないようなのだ。これは親が持っていたままだったというのもあるかもしれないが、やはり本当に面白いゲームを子供ながらに求めているのではないかと感じる。今の世代のゲームは、RPGにしたってなんだって、非常に簡易化されていて、取り敢えず示された道順通りに進めれば、簡単にクリアができる。映像技術の進化も相まって、まるで映画や物語を客観的に観ているだけのような印象も抱く。絵本を母親に誘導されているような感覚に似ているかもしれない。自分の意志の働かない、暗にやらされているゲームが増えただろう。ゲームに困難さと根気が無くなって、ゲームに対してイライラが募らなくなった。これは良いことなのか、悪いことなのか。少なくとも、感情の起伏が無いものは、人間にとってはつまらないものでしかないはずだ。

過去の「ドラゴンクエスト」と「ときめきメモリアル」は、ゲームのキャラクターの体験を自分の体験として認識できる稀有な作品だったと表現した人が居たが、まさにそういったゲームは葬られてしまったような印象だ。ルイーダの酒場で選ぶパーティー、ビアンカとの結婚の決断、キャラクターの悩みがそのままプレイヤーの悩みだった。

有野のゲームセンターCXが人気なのは、やはりどこかで昔のゲーム性を欲しているからなのではないだろうか。だがしかし、世間は隙間ゲーム、ソーシャルゲームにはまっていて、もうあの時代の困難なレベルのゲームをやる根気が無くなった為、それを有野に投影して満足しているのかもしれない。今、あの時代の難易度のゲームが新たに登場しても、受け入れられないかもしれない。いやどうだろ、分からないが、もう手遅れな気がしている。

現代人はもしかしたら、ゲームと共に我慢と忍耐を退化させてしまったのかもしれない。自分の都合でお手軽にお気軽に遊べることが当たり前になっていて、困難へのチャレンジ精神が無くなってしまったのかもしれない。世の中の不条理さは、子供時代にゲームを通じて学ぶべきだったのかもしれない。

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ライター。幼い頃の自分の髪型が、まるで森下裕美の漫画『少年アシベ』の芦屋アシベのようだったので、それを名前の由来にした。主な著作に『ねえ、「電子書籍」ってどうやって作るの? おじさんが丁寧に教えてあげるよ・・・』『OTAGO』などがある

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コメント (6)
愛着が思い出って、確かにその通りですね。
太陽の神殿、スウィートホーム、とかも好きです。
愛されるゲームは世代を越えるんだなぁ
やっぱりどこか不条理な感じが潜んでいたゲームっていうのは、思い出に残りますし、世代を問わないと思うんです。
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