2. がんセンター・都立駒込病院へ 手術までの1ヶ月

紹介状を書いてもらってMRIのデータを持って、いざ病院へ!
の前に、外来の予約は自分で取らないと行けない!
えっ!
今まで紹介状を書いてもらった事ないしよくわかんない、紹介って言うくらいだから病院同士で口利きしてくれるんじゃないのー?って思ってました。


大間違い!

そうです自分で電話します!
しかも大きな大学病院は平気で1カ月から3カ月くらい待たされる!
えっ!
そんなに!
9割5部 卵巣がんなんだからーーそんなに待てないよー!
私は、比較的予約が取りやすく設備も整っているとオススメの『がん・感染症センター 都立駒込病院』へ
2週間後くらいの予約が取れました。
この2週間がなんと長く感じたことか。

とにかく平常心でレッスンをしていた!

そして2週間後

外来に行ったら受付して、小さな端末(フードコートなどで使われる呼び端末みたいなものです)を受け取り、緊張しながら順番待ち。

大きな病院初めてで、渡された小さな端末でなんでも管理されて、なんだか変な感じでした。

液晶に名前などが表示されてて。順番が来たら音楽が鳴ってお知らせしてくれます。便利な時代だ!


やっと辿り着いた駒込病院 婦人科 診察室!
流石に人生の一大事!
ママと妹と3人で!
主治医となる先生に対面!
物腰柔らかい55歳くらいの男の先生 優しそうでよかった。
MRIのデーターを見てもらって、やっぱり9割5部卵巣がん!

わかっていたけど、やっぱり辛い。
すぐに手術しないといけない状況でした。
その日は、早速術前検査をして帰ることに。
色んな検査したので忘れてしまいましたが、心電図やら肺活量だとかそんな基本の検査をファイルを持って大きな病院内を行ったり来たりした覚えが、無事に検査を全て終えて、手術の日を待つ事に。
行ったり来たりはしたけど、ファイルに次進むべき所の番号が書いてあって
これまた親切。
最後のお会計まで番号で進めたので、初めてでも安心でした。
病院に行くだけでも不安な事が多かったので、親切で綺麗で技術や設備が整ったと病院でよかった。


そしてこの日からベット待ちという段階に入りました。
これから起きる事への恐怖が一つ大きくなった日でした。


家に帰ってからも暇な時間ができてしまうと、ネットで「卵巣がん」「卵巣癌生存率」「卵巣癌余命」こんなワードを検索しては泣いてました。

ポジティブな私も、さすがにダメージデカかった。

ベット待ちの間にも何回か受診して、手術の方針なんかを話し合いました。

もっと詳しい検査をしながら。

私の希望はステージ1くらいに収まってくれてらたいいなと。

ステージ2でもまだマシかな。

なんとかステージ2までに納めて5年生存率65%に入りたい。

しかし私の卵巣癌は見つけた時には結構育っていて、手術前にCT検査したとこと私の願いも届かず、ステージ3C!

なんと骨盤の外に転移・鼠蹊部リンパ節に転移 あと少しで他臓器転移してしまうという最悪なところまで来てました。

主治医の先生から言われた事は「子宮も卵巣も全摘出・リンパ節も取らないといけない。」

すでに温存手術を選択する余地はなかった。

とにかく命を最優先する為の手術をしてもらう事に。必要であれば全て摘出してもらって構わないと決めました。


この時のやり取りを振り返ってみると、主治医の先生は私が普通の生活に戻れる確率はかなり低いって想定してたんだと思います。

お仕事が運動なので、リンパ節をとってしまうとインストラクターどころか歩行困難になってしまう可能性があるから、リンパ節の手術は少し考えた方がいいと。

きっと残り少ない人生なら、好きなことを少しでも長くできた方がいいと言う思いからのアドバイスだったと思います。

その時の私は、自分がどうなって行くのかの想像が全くできなかったので1日でも長く生きれる選択を安易に考えていたんです。

そして手術の方針は、先生と私の考えの間をとって2回の手術に決まりました。

最初に、リンパ節以外の癌に侵されてるところを出来るだけ摘出。

その後に抗がん剤治療をして、必要であればリンパ節の手術をする流れになりました!


その間の私はと言えば、1日でも長くインストラクターとして生きていたかったので、なんとかメンタルを保ちながら通常通りのレッスンを頑張ってました。

結局手術までのベット待ちは1ヶ月。

ベット待ちって結構無謀で、急に電話が来て「明日から入院です!」って言われる。

いつから代行を出せばいいのか?

全然わからなくて。

でも、私のワガママで入院前日までレッスンしていたい!

もう一生レッスンできなくなるかもしれないから。

クラブの担当社員さんと、知り合いのインストラクター何人かにお願いをしてギリギリまでレッスンをさせてもらいました。

協力してくれた方々には感謝しかありません。

当時レッスンを受けてくれてた方には、何も言わずに長期代行になってしまったこと申し訳なく思っています。

レッスンの半分以上はそのまま抜けてしまったので、挨拶もできずにお別れになってしまいました。

言い訳ですが、当時の私は自分が置かれている状況を理解しようと必死でしたが出来ないでいました。

自分が死んでしまうかもしれない状況を受け入れられなかったので、公表はできませんでした。

ごめんなさい。

今となっては笑い話ですが、クラブでは色んな噂があったみたいです。

・フランスに3ヶ月留学説

・結婚説

・他のクラブに引き抜き説

他にも結構聞きましたが、病気説は一切なかったみたいです。

癌告知からの私の1ヶ月半くらいのレッスンが平常通りだったと褒めてあげました。

因みに、クラブに問い合わせれば「体調不良」で回答が出るようにお願いしてありました。



そしてもう一つ大切なエピソードがあります。

私は、どのくらいの期間仕事を休むかわからいので極力出費は控えようと考えていました。フィットネスインストラクターはフリーランスなので基本実働しないと収入はないんです。(この時に仕事のあり方も色々と考えましたね)
いわゆるパジャマなど普段家では着てなくて、いつもTシャツと短パンといったスタイルなのでそんな感じで入院する予定でした。
術後に着る前開きのパジャマは用意が必要でしたので購入予定でしたが・・・
極力お金は使わないように準備はしようと決めていました!


そんな時
妹(以下T);「 買い物に行くよ!」
私(以下A); 「なんの?」
T;「パジャマとか色々」
A;「買わなくていいよ、あるもので入院するから」
T;「全て新しくして、可愛い物で揃えて旅行に行くみたいに楽しい気持ちで入院しないと治る病気も治らない!お金の心配いらない全部買ってあげる!」
妹も私と同じでスーパーポジティブ
A;「 いいの?」
結局甘える事に
全て可愛く
妹の言葉に打たれて考え方も変わっていたので、楽しい気持ちで入院しなきゃ!
とことん楽しむ!
これも私の人生だしね!
どんなのにしようかと考えて、今まで一度も買ったことがない『ジェラートピケ』に決定!
これがこの時のジェラピケです!

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2セットも買ってもらって!小物まで揃えてテンションあげて帰宅!

ママ(以下M);「ホントにそれで入院するの?」
A;「うん。」                                         M;「前開きのパジャマは?」
A;「これ前開きだよ」
M;「ダメだよー!」
A;「そうなの?」

この頃完全に入院を舐めてました(笑)相当な旅行気分!
どうしてもママが前開きのパジャマを1着用意しろと言うので用意する事に!
その時の私はテンション上がる可愛いもので入院すると決めていたので。

さらに調子に乗り出します。
シルクのパジャマが欲しいと言い出すしまつ

今まで1度も着たことないのに、完全に調子に乗ってました(笑)
いざ探すと意外にないのがシルクのパジャマ!
なんとか探すも気にいる物に出会えず、結構高価な買い物になりそうなので妥協もしたくなくて。
探すこと2週間くらい
やっと出会いました。
めちゃくちゃ可愛いシルクのパジャマ予算をはるかに超えていたんですが、ここは奮発!

ツモリチサトのシルクのパジャマに決定!
色んな物揃えてると自然に悲しい気持ちも薄れて前向きに治療へと向かって行ったなって思う!
今思うと、何も揃えずに適当に準備して入院していたら本当に気持ちが沈んで前向きな治癒ができなかったと思う!
入院中は身の回りの物が全部可愛かったので、病院なのに楽しく過ごせて回復もめっちゃ早かったです。

こんな感じで入院してたので、患者って思われなくてエレベーターとか譲ってもらえない時ありました(笑)

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