SOS
ある朝目を覚ますと南の島にいた。
キラキラ光る海と熱い砂浜。聞こえてくるのは波の音や鳥類の鳴き声。カラフルな花々が咲き誇る森の中には、昔読んだ絵本に描かれていたような大きな椰子の木だって生えている。どこからどう見てもこんなの、南の島に違いない! それはさておき、寝起きの私は空腹だったのでとりあえず果実をもいだり、魚を捕まえたり、火を熾したりすることにした。人間は、ものを食べなければ死んでしまう。
本当を言うと納豆ご飯だとか味噌汁だとかを食べたい気分だったのだけど贅沢は言っていられない。それによく熟れて水分をたっぷりと含んだ果実も、虹色の棘に覆われた謎の魚も飛び上がるほど味が良かっのだから文句のつけようもないというものだ。
食料を確保した後に必要になったのは体を落ち着ける場所だ。名前も知らない木の枝と、やけに大きな葉を集め、組み合わせていく。最終的にそれなりに心地よいテントを作ることができたのだから、なかなかどうして、自分が思っていたよりはサバイバル能力や順応性といったものは高かったようだ。それからの私は木陰で微睡んだり、気まぐれに歌を歌ったり、未知の果実や魚を味わったり、海ではしゃいだりしながら、この突拍子もないバカンスを謳歌する。
そんな風にこの島で暮らす内に、一つの日課が出来た。海岸に流れ着くありとあらゆるものを物色することだ。
サングラス、ペンギンのぬいぐるみ、異国の菓子箱、勉強机、年代物のワイン、自転車のサドル、ギター、物干し竿、洗面器、動物の骨、扇風機、幾何学模様の布地、ルービックキューブ、耳かき棒等エトセトラエトセトラ・・・・・・。
そんなある日、砂浜に一台の電話ボックスが流れ着いた。そのグリーンの筐体を見た瞬間、私の脳裏をひとりの人間がよぎる。
そういえばキリちゃん、この前海に行きたいって言ってたよな。
ふたりここで過ごすのは、きっと、悪くないと私は思った。
それにここには何だってある。有り余るほどの美味しい食べ物も、お酒も、娯楽も、ふかふかの寝床も、時間も、砂浜も、太陽も、何よりキリちゃんの望む海もあるのだ。
勿論、世界各国のコインもここにはあった。私はコインを山盛りにした籠を抱えて電話ボックスのドアを開ける。
どうやらこの機械は日本製だったらしい。聞き覚えのある電子音に心を弾ませた私はその時、はたと思い当たった。
そういや、きいたことなかったな。
しびれを切らした電話機が吐き出した十円玉の、ちゃりん、という音も、足の裏を波が撫でていく感触も、やけに遠い。
途方に暮れた人差し指が真っ赤なプッシュボタンに縋るまで、そう時間は掛からなかった。
〈了〉
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