ネバーランド跡地
キリちゃんが「メリーゴーランドに乗りたい」と駄々をこねるので、私たちは隣町の、そのまた隣の町の外れにひっそりと存在する遊園地へと向かう。
正直なところこの年頃の女ふたりがメリーゴーランドではしゃぐ画というのは、なんというか、こう、だいぶぎりぎりだったりするんじゃないかとこっそり気を揉んでいたのだけれど、しかし結局のところキリちゃんとメリーゴーランドとの相性はのっぴきならず良かったので私の心配はいつものごとく杞憂に終わることとなる。彼女はむやみやたらと綺麗なので何をしても様になるのだということを私はつい忘れていたのだ。
とにもかくにも、私の隣で白馬に揺られるキリちゃんは圧倒的に完璧だった。それはそう、傷だらけの白馬が心なしかプラチナ色の輝きを帯びているように見えてしまうくらいに。使い古されたBGMがフルオーケストラの生演奏に思えてしまうくらいに。この時間が永遠に続くんじゃないかとうっかり、錯覚してしまうくらいに。
キリちゃんがいなくなって数年が経った冬のある日、隣町の、そのまた隣の町の外れにひっそりと存在する、このあたりで唯一の遊園地が取り壊されることになったという噂が私の耳に入る。
数年ぶりに訪れたその場所は、記憶の中にあるそれと比べてひどく閑散としていた。「関係者以外立入禁止」の立て看板、張り巡らされたフェンス、錆びた時計台、無音のお化け屋敷、剥き出しの鉄骨、マスコットキャラクターのぼやけた笑顔、ひびの入ったコーヒーカップ、苔と泥に覆われた噴水、風に揺らされるだけの観覧車、もう二度と動かないメリーゴーランド。
微かな選択の余地も一滴の迷いさえもなかった。ぱきぱきと小さく鳴りながら燃えてゆく、乾ききった白馬の群れが私の皮膚を明るく照らす。
だってもう、こうするしかなかった。
夜は一層色濃くなる。風も強くなってきた。ごおおおお、ごおおおおおおおと鮮やかに炎上するメリーゴーランドの姿を私はこの目に焼き付ける。
どうかこの光景もあの日のあなたも、せめてこの身が朽ちるその瞬間くらいまでは私とともにあってくれと、ただひたすらに祈りながら。
〈了〉
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