5月19日

 失恋したので中華料理を食べにいく。
 油でべとつくメニュー表や頭上を流れるポップソングが無性に鬱陶しくて私はつい料理を頼み過ぎた。
 餃子、春巻、ニラ饅頭、小籠包、麻婆豆腐、担々麺、回鍋肉、青椒肉絲、辣子鶏。テーブルいっぱいに並んだ料理はやらしいくらいに鮮やかで、今にもはち切れそうな餃子の腹に「ぶちり。」と犬歯を突き立てるとじゅわりと舌の裏側まで肉汁が染みた。瞬間、私の身体は焼け付くような空腹を思い出す。
「失恋には唐辛子とニンニクですよ」
 いつかフミちゃんが口にしたそんな言葉が妙な説得力を孕んで脳をじわじわ侵食していく。何かをおいしいと思ったのは失恋してから初めてのことだった(別に初めての恋ってわけでもなかった癖に)。てらてら艶めく料理はどれもこれもびりびり痛くてとっても濃くて、大きなくしゃみが出たと思ったらぼろりと鼻の横に落ちてきたものがあって舐めてみるとそれは涙だった。しょっぱい。肌を湿らせた唾液と外気が触れ合ってつめたくひりついた。
 はち切れそうなお腹を抱えて家に辿り着いた私は堪らず布団に倒れこんで、それからニンニク味のげっぷを出して気絶するように眠った。 意識が遠のく寸前、明日は風呂場の掃除をしようと思った気がする。

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