心中

僕と蟹は駆け落ちに失敗した。なぜなら今日の朝バス停に向かう途中で、蟹は、猛スピードで歩行者道路に突っ込んできた軽トラックに轢かれて死んでしまったからだ。トラックの運転手がどうなったかは知らない。生きていたかもしれないし、もしかすると死んでいたのかもしれない。
 潰れた蟹を抱えて事故現場から逃げた僕が向かった先は、もう二度と戻る予定のなかったアパートのキッチンで、そこで僕は、愛する蟹を茹でて食べたのだ!
 鍋から取り出した身体は僕が知るどの姿より美しかった。みずみずしい肉に唇を寄せて一気に頬張り咀嚼すると、引き裂かれた繊維が口内で何度も弾けた。殻の破片が舌に刺さって血が出たのがわかる。手足が痺れ、呼吸もままならない。けれど、蟹のすべてをしゃぶり尽くすまで僕は止まらなかった。
そうして急速に失われていく意識の中で僕はざまあみろとだけ呟いてそのまま死んだ。

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