共感という孤独

いじめられ、疎外され
何度も死のうとして死ねなかった。
だから平気だと笑って言えるのだ。

人生の前半のわずか10年余りの苦しみが
こうも尾をひくものとは思わなかった。

16歳で働き始め
考えてみたらもう20年も社会にいる

それなのに時々夢に見る
いじめた方は忘れているだろう
いじめた意識もないだろう

別にそれでいい
なにも求めてはいない
それに、僕自身も思い出せないのだ
蓋は固く固く閉められてしまった

だけど、開けることも出来なくなってしまった過去のそれを
僕は大切に持ち続けている。

それは、あの日の僕自身が選んだことから
決して眼をそらしたく無いからだ
ここを抜け出し、孤独を捨てて
心地の良い共感の世界に逃げ込んだ途端

そこには理解のふりをした
もっとも冷たい断絶があるだけだからだ。

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