独善と思いやり
人は皆、独善的だ。
だからこそ等しく愚かしく故に美しい。
個々が暖めた美しさや優しさや正しさは
個々の内側にあるからこそ輝きを保てる
外に出た途端に酸化し黒く滲んでしまう。
だから祈りとは
厳かな心で、真摯な心で儀礼に乗っ取った形で行うべきものだ
がむしゃらにデカイ声で声援を送るのとはまるで違う。
僕らはアスリートではないし
良い結果を残すために生きているのではない
ましてやオリンピックを目指しているわけでもない
僕らは日常を生きたいだけだ。
息を切らし、馬鹿にされても諦めず
ただ、目の前の山を登り降り
そんな繰り返しを生きたいだけだ。
誰かを貶めたいわけでも
ライバルに勝ちたいわけでもない
独善的なまま
相手を思いやりたいのだ。
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