ぼくの物語
ある日を境に、階段の夢を見るようになった。
いずれ消え去る思い出を手のひらに握りしめ、
うつくしい風景を灰色の壁に探し求めた。
えんえんと続く段差から目を背け、目尻の濡れるに任せてみる。
おどりばを踏む靴裏の残酷さに、あなたは一生気づかないのか。
かつて友だちだった人々の放つ愚痴、
きのうまで確かだと信じてやまなかった現実、
くるおしいほど追い求めたあの子の影、
けっきょく全ては不確かで、底の見えない穴に落ち、闇が溢れて夜が来る。
こんなにも、こんなにも、僕の世界は脆かった。
さんさんと照る太陽光線が網膜を焼く。
しずかな夜にも、毒の光は絶え間なく降り注ぐ。
すいへいせんの向こう側で、命と命が伸び縮み、
せいぎという嘘くさい言葉が、新たな風をまとって走る。
そうして僕らは汚い大人になっていく。
ただ目に麗しいだけの文章なんて、
ちぎってしまえ、壊してしまえ、それらの切れ端が、意味をまとわなくなるまで。
つくられた現実も無垢の虚構も、あなたの手からこぼれていく。
てすりにこびりつく無数の人生と共に。
とつぜん昼の炎が弾け、
なにものでもない僕の心も弾けた。
にんげんの体というものは、どこまで替えがきくのだろう。
ぬわれた傷から染み出すのは、別の形をした涙。
ねんいりに掃除をする度、思い出の埃は失われ、疲労の色が増すばかり。
のろい動きの肉体を打ち捨てられればどんなに楽か。
はい、という言葉しか残せぬ人生に別れを告げる時、
ひはんの針は氷の冷たさをまとって突き刺さる。
ふざけるな、というかすかな抵抗も、渦に嵐に泥になる。
へっていくのは自分の尊厳。他人はいつも笑っている。
ほうっておかれる未来の影と、変わり続ける過去の残像。
まどろみの中に潜む暴力、片道切符を燃やす手は、震えている。
みてみぬふりをする恋人たち、彼らを結ぶ糸は、醜い茶色。
むかんしん、という名の、反逆罪。
めとめが触れ合い流れる電流、賞味期限の決まった関係。
もどれないみちにたてられる杭の深さ。
やがて全てが陽光に吸い込まれる、それは平等な不幸に違いない、今のところは。
ゆらゆら揺れる、ゆらゆら揺れる、きみとぼくの境界、波の切れ目の白い泡。
よぞらの狭間に流れる言葉が、星の吐息に燃やされる。
らせんに連なる秩序の網を振りほどけば、
りんねの苦痛から逃れることができるのだろうか。
るすばんでんわが鳴り続ける、誰も出ない、なぜならそこは空き家だから。
れきしの証人、そうだね、僕はれきしの証人、第五億二十六万七百二号。
ろんりの鎖に縛られた指は、とっくに真っ赤に染まっている。
わたしたちは反逆する、世界からの逃走をもって、知性という名の歪んだ牢獄から。
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