各種研究報告

報告一 時間発電
時間経過現象を引き起こす微小粒子の存在と、タイム・トラベルの不可能性については、これまで幾度にも渡り議論が行われてきた。唯一時空を可逆的に移動できる方法として、二次元的時間遡行法(通称:意識テレポート)が知られている。この度の江蘇科学技術大学の発表によれば、意識テレポートが行われた際、移動口となる時間の裂け目周辺に、多量のエネルギーが放散されることが判明した。現在宇宙の広範な地域で用いられている高度太陽光発電に比べ、裂け目を活用した発電法は、約七十八万倍の効率を誇る。意識テレポートの是非を考慮に入れなければ、汚染物質を始めとする環境へのリスクも希少である。この発電法が確立されれば、近年高まるばかりの電力需要に、たやすく応えることができるだろう。
一方で、意識テレポートは注意して行われる必要がある。テレポートが脳活動に及ぼす影響や、テレポートの回数と寿命の関連を調べる研究は、近年盛んになっている。ファー・シャオ博士の前向きコホート研究によると、一度でもテレポートを実行した群、つまり自分の脳組織を一時的にシャットダウンし、自らの意識を未来へ飛ばした群は、そうでない群に比べて、二十年程度寿命が縮まるといわれている。これが未来を垣間見たことによるものなのか、意識テレポートがもたらす過剰な身体的・精神的負担によるものなのかは定かでない。ともかく、民間人の意識テレポートは早急に停止されるべきである。また、時間を用いた発電手法の開発は、裂け目の急速拡大を誘発する可能性がある。裂け目は時間秩序が入り乱れるところに優先的に発生する傾向にあるが、多量の裂け目が現世界に及ぼす影響はまだ明確に分かっていない。どの時代のどの場所で発電実験を行うのか等、今後の話し合いには慎重を要するだろう。

報告二 記憶虫
筆者は記憶虫を用いたことがない。しかし、その効用は広く認められ、今では戦地に赴いた公益軍人の治療をはじめ、臨床現場で頻繁に用いられている。記憶虫は厳密にいうと回虫に分類される寄生虫であるが、その大きさは電子顕微鏡ですら観察することが叶わないほど微小である。記憶虫の養分は、脳細胞のシナプスと言われている。
治療法の概略をここに示す。まず、患者は静脈注射を通じて、記憶虫の成虫が入ったナノ・カプセルを体内に挿入される。カプセルは血流に乗って体内を循環し、脳の機能を保護するためのバリアである血液脳関門へ到達すると、成虫を放出する。成虫が脳内に入る直前に、患者は自分のもつ特定の記憶を想起するよう求められる。突発的に生じた強い電流応答は虫を刺激し、当該部分のシナプスが貪食される。このようにして、記憶虫は特定の記憶を亡き者にする。
発見当初は強烈な嫌悪と共に迎え入れられ、害虫と罵られることも少なくなかったが、今ではほとんどの心療内科で記憶虫を注射することができる。近年では、遺伝子ばさみことクリスパー・キャス・シリーズとの併用により、今まで治らないとされてきた強迫性障害の症候改善も望まれており、これについての臨床研究が進行中である。
常に付きまとうリスクとして、一部の正常なシナプスも共に傷害されることがあげられる。事実、記憶虫療法を数十回繰り返した人物は、主に前頭前野の広範な機能低下が見られる。重症例では高次脳機能障害に陥ることもある。記憶虫は偉大だが、人間が本来もちうる知能を大幅に損なう可能性を有し、そのために保険適用に至っていない。現在ボノボを用いた改良版記憶虫の実験が始まっている。

報告三 言語共生仮説
ジョンズ・ホプキンス大学の動物生理学研究室によれば、言語は人間の開発したものではなく、太古より存在する生命形態のひとつであるという証拠が、続々と出現しているそうだ。我々以外の生物が言語をもたないこと、言語が多種多様に分岐し、ある種の家系図を形成していることなどから、これまでもあくまで空想の範囲内ではあるが、言語イコール生物説が唱えられてきた。しかし、生命の定義からして、外的器官も細胞も代謝組織もない言語という概念が我々と同種であるというのは、極めて理解し難い話である。
ところが、意識シミュレーターにおいて、言語を与えた環境で育てられた生物は、言語の存在しない環境で育てられた生物に比べ、はるかに生存確率が高かったという。同実験はシミュレーター内の実験サンプルに対する冒涜であると、シミュレーター内サンプル保護委員会が申し出たことにより、現在中断中である。他の証拠として、人類が出現する前のものと思われる秩序を有した記号パターンが、このほど地中より発掘された。これは人類より前に知的生命体が存在したという重大な証拠であると共に、言語が人類より長い歴史を有する画期的な証明でもある。さらに、少数言語が消失する過程における方言の微小変化が、人類世界を否定するようなシグナルを発していたという噂もあるが、これに関しては明確なエビデンスが待たれる。
言語とは何なのか? ここまでくると、議論は哲学の領域に突入する。実際、当該研究室は一連の問題に関して哲学の専門家を招聘したそうだ。言語が我々との共存を選んだからこそ、我々はこの惑星における唯一の知的生命体としての地位を得ることができたのかもしれない。その考えは、ウイルス共生理論と同様、検討の価値が十分にあるものと、筆者は考える。

報告四 知性のシーリング
第一次シンギュラリティは二〇四九年の三月未明に引き起こされた。この度の研究によると、第二次シンギュラリティ、すなわち人間の脳機能が汎用人工知能のスペック水準を下回る日は、そう遠くないと予想される。我々の知能的発達はすでにストップしており、これ以上の進歩を望むには、頭蓋骨から脳を解放する他、手段はない。しかし、頭頸部以外への脳移植や脳蘇生実験は、過去に成功した試しがなく、不可能であると言わざるを得ない(唯一の例外は五十二年前に行われたアルティナイ・サハノヴィッチ氏のケースであるが、これに関しては人格の連続性を証明できず、また手術進行に重大な倫理違反が認められたため、あくまで参考記述にとどめておく)。ピークがすでに過ぎ去ったことは明らかである。多くの脳科学者はこれについて、避けられないことであるとの見解をとっている。むしろ、脳の原始的スペックを対外的な機械に移譲し、別の部分でそれらに秀でるよう努力することについては、進化の流れに従った自然な流れと主張する学派が多数を占める。
別の研究によれば、知性の発達と純粋幸福度――居住環境や経済状況によらない幸福の感受性――は反比例する。そして、純粋幸福度の低い集団は、高度社会を長期間持続できない傾向を有する。これは以前、酷い抑鬱状態を引き起こすウイルスが流行した、中央アジア地域の栄枯盛衰の歴史から、直感的に理解できよう。かのウィルスン・マグダレン氏は、人間の頭蓋骨の容積が概ね一定に保たれているのは、社会活動を維持するにあたって最もちょうどよい知能レベルを担保できるからである、と述べた。ブレイン・マップの開拓計画が進む中、人類は今後どのような知性を探求するのか、熟考するべきフェーズに突入している。

報告五 コンセプチュアル・プラネットの開拓について
銀河系において、人類の生存が不可能な惑星は、生存が可能な惑星よりもはるかに大きな割合を占める。そのため、これまでの長い歴史の中で、多くの惑星は特筆すべき価値を見出されてこなかった。しかしこの数世紀において、需要は高まるばかりである。ひとたび惑星が市場に出回れば、宇宙ホテルの永住権や、軌道エレベーターの建設費用などを軽々と上回る値段で取引される。
そういった惑星の多くは「コンセプチュアル・プラネット」と名付けられ、改造される。一流の惑星建築家の手によって、ひとつの機能を集中させた巨大な作品として日の目を見る。コンセプチュアル・プラネットの第一号が火星に類似した惑星ンコロドだという事実はあまりに有名であるが、これが巨大図書館としての役割を果たすことや、購入者のエマニュエル・ランドルフ氏が稀代の活字嫌いであったことは、あまり知られていない。ともかく、惑星まるごとにたったひとつの価値を付与する運動は、こと慈善事業において莫大な広告効果をもたらす。そこに人間が居住できる必要はない、なぜなら惑星近郊に宇宙ホテルを建設すればよいからである。娯楽施設、スーパー、駄菓子屋、美術館、スタジオ、コンサート・ホール、果てはゴミ捨て場まで、開拓された惑星群は数知れず。問題は惑星の属する国についてであるが、これに関しては今のところ、所有権をもつ人物の出生国が適用されることになっている。最も多くのコンセプチュアル・プラネットを有するのはアメリカ合衆国、次いで欧州連合が続く。コンセプチュアル・プラネットの行く末は、意識テレポートにより引き起こされたテクノロジー革命のバブルと共にある。我々はこの突飛な流行がいつまで続くか、注意して観察すべきだろう。

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