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レジデンス日記(14)浅川奏瑛四季シリーズ Spin-off 冬-デイサービス楽らく-

1月30日(火)晴れ


今日は日差しが強かったので朝の9時から窓のブラインドが降ろしてあった。
なので今日はギャラリー無しの中庭ダンス。
たまにはブラインドに映る影と踊るのも悪くない。
ぎっくり腰の具合を確認しながらゆるりと踊り、空をぼんやり眺め、夜通り過ぎたであろう猫の足跡を追いかける朝の1時間。

朝は97歳のシャキシャキお元気なEさんの側に居よう。忙しく新聞を折っている。
デイサービスには丸い大きなテーブルが5つ並んでいて、最大6人で囲むようにして座っている。
それぞれの足元にゴミ箱が設置されているのだが、Eさんはそのゴミ箱に被せるゴミ入れを新聞紙でせっせと作っていた。
職員さんに折り方を教わったそうで、1つ30秒位の鬼の速さで折っていた。
Eさんに元気の秘訣ってなんですか?と聞いて返ってきた答えは「何事にも責任感を持つことね」だと。確かにそうだ。
大正生まれの方がこの施設には何人もいて、どの方もパワフルだし記憶力がずば抜けている。
大切にしているルーティンを守り、"自分はこう思う"を大事にしている人が多いなと思う。

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ここに来て私は何度も同じ方に自己紹介をし、どこに住んでいるのか、何をしているのかを話す。そして前にしてくれた昔の話を楽しそうにまた私に話してくれる。この繰り返しがずっと続いている。
愛おしい時間。
初めの頃は、どうしたら覚えてもらえるのかに必死だったけれど、もう今はそんなことどうでもいい。今ここにいる皆さんが今日も楽しかったな、と思ってもらえることが嬉しいし、今日1日の中だけでも、その方の記憶に少しでも存在していられることだけでいい。
毎回必ず、1人でここに泊まることを心配してくれたり、夜寒いからあったかくしてねと気遣ってくれたり、ひとりぼっちは寂しいからとお煎餅を半分コッソリくれたり。嘘のない優しさと思いやりが溢れているのを感じられて、とても嬉しい。
毎日新たに出会えている気持ち。
また会った時、今日と同じように自己紹介をする。その度に私の記憶にはその人が色濃くなっていくから。何度も話してくれた言葉は私の記憶の一部になりその記憶は私がここに記すことによって誰かの記憶の一部になる。
過去といまを繋げ、いまと未来を繋げる。

時の流れがゆっくりに感じるのは、誰も急いでいないから。どうやら私はいつも生き急ぎすぎていたようだ。早くこの人の経験に追いつかないと、早く色々なことを身につけないと、と早回しするように日々を過ごしていたような気がする。
25歳の私に99歳の経験はできないし、その景色を見ることはできない。私には私にしかできないことがあるのに、私にしか見えない景色があるのにどうしてそれを大切にできないんだろう。みんな、他人のことばかり気にして自分の足元や後ろに描いてきた景色を蔑ろにしてしまう。
生まれる時はたった1人で生まれてくる。
死ぬ時も1人だ。
どう生きるかは自分で決めるしかない。
自分のことを自分が1番見ていないでどうする? 
人は自分が1番大事だし、そうあるべき。


生き急ぎすぎていた自分を正すために、明日は中庭をいつもと反対周りに踊ることにしよう。

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「独り」
地上には 大小の道が沢山通じている
しかし、皆
目指す所は同じである。

馬で行く事も、車で行く事も、
二人で行く事も、三人で行く事も出来る。
だが、最後の一歩は
自分一人で歩かねばならず。

だから、どんなに辛い事でも、
独りでするという事に勝る
知恵も無ければ、
能力もない。

/ヘルマン・ヘッセ

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